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選択肢B

 エスペランザ達は半日くらいで港に着いた。

 そこからは早かった。

 もともと宇宙ステーションだった港設備であるのだ。

 潜水すると戦艦出入り口らしきものがあり、船はそこからドッグに入った。


 使われなかったドッグには部品などあるわけは無いが、修理するための補助となる設備が生きていた事で、半月後には空に飛びたてるまでに修理することが可能だと機械工のランベルト・ブリューが胸を叩いた。

 彼の後ろの彼の助手であるザンギエル・ゴルメスとケン・ニーミが、突貫工事かよと頭を抱えていたが、食料がひと月程度であるならば、すぐにでもこの星を出て他星へと逃げねば飢え死にが確実だ。


 ただし、フォルネウスの大気が俺達の船を手放してくれるのであれば。

 磁気嵐が起きるのは二か月も先の話だ。


「飛べるようになっても飛べないでしょうけどね。」


「うん。そうだね。でも、事態は流動するものでしょう。備えあればね。」


「そうですね。いざとなったらあのガーディアンさんに宇宙空間に投げ飛ばしてもらいましょうか。あの砲台に刺さった銛。あれは見事でしたね。」


「ハハハ。そうだね。」


 俺はツナギ姿で白髪交じりの茶色の髪をした大柄の男に笑い声を立てて相槌をすると、そのまま彼らと別れて歩き出した。

 今や彼女は救世主の扱いだ。

 彼女を持ち上げろと、裏でワッツが糸を引いてるのかもしれないが、常に人に話しかけられて囲まれている彼女の表情はとても嬉しそうで、俺はワッツの言う通りにオファニムに彼女を連れ帰るという案に反対できそうもないと感じている。

 いや、俺こそが彼女をこの星から連れ去りたいのである。


「少佐。ちょっとよろしいですか。」


「いいよ、リンドン少尉。歩きながらでいい話か?」


「いえ、そうですね。歩きながらの方が良いかもしれない。」


「盗聴を恐れている言い方だね。」


「そうですね。ここには恐ろしい人がいますから。」


 俺は足を止めてほんの少し俺よりも背が低いだけの少尉を見返せば、彼女は表情も変えずに口だけで、歩いて、と俺に言った。

 俺は踏み出して、リンドンの次の言葉を待った。

 しかし彼女は何も語り出そうとせず、俺は再び彼女を見返して、彼女の坊主頭だけが目に入った。


 ほとんど坊主に近いほどに刈られたその頭を、なんて形の良い頭だと眺めているうちに、俺の目は彼女の頭髪に毛が薄い部分がところどころあるという事にも気が付いた。

 彼女は俺と同じぐらいの年齢だったはずである。

 そこで、彼女が髪を刈るようになったのはいつからだったのだろうかと、いつから強いメタルカラーの銀色に染めるようになったのだろうかと、俺の中に疑問符が急に沸き立ったのだ。


 尋ねるべきかと口を開きかけ、通路に死体があった証拠の臭いを鼻がかぎ取ってしまった事で俺は口を再び閉ざした。

 消毒しても消えない、俺が主導した殺戮の証拠の匂いだ。


「少佐。お姫様が言った虫について覚えていますか?」


「急に何を。」


「思い出してください。彼女は言いませんでしたか?あの虫は寄生虫と人間の遺伝子をごっちゃにしてエラーを出した生き物だと。」


「君の言いたいことをはっきり言ってくれ。俺は馬鹿なんだと思うよ。」


 今度はリンドンがピタリと足を止め、俺をじっと見つめ返した。

 紫がかった青い瞳のなかで、チラリと銀色の何かが光ったように見えた。

 俺はウスノロの間抜けのままでいたいと願いながら、胃がキュウと締め付けられる感触に、これはこの汚れた場所から立ち昇る匂いによる体の反射的行為なのだと思い込もうとした。


 数か月前の作戦行動で、リンドンは大火傷を負った。

 復帰後の彼女に火傷の痕一つ見えないのは、衣服に隠れた部分にこそ傷跡が残っているのだろうと自分に言い聞かせた。

 頭髪が薄くなったのは、治療による薬の後遺症なのだ、と。


「リンドン少尉。歩こう。ここは嫌な臭いがする。」


「少佐、それはきっと私の臭いかもしれません。」


「リンドン?」


 彼女は辛そうにきゅっと唇をかみしめた。


「リンドン?」


「すいません。私は手を出してしまったんです。火傷で爛れた姿のまま生きたくは無かったのです。」


「それと虫がどう繋がるんだ。」


「人体のそこかしこに散ったナノは、それぞれの場所でそれぞれの完全なるコピーを作り続けるだけのものだったはずなんです。無くした腕を再生し、失った内臓や潰れた骨だって元通りに修復するって夢の技術です。失った皮膚だって再生できる。でも、食として体が取り入れた他の生き物の細胞のデータまで読み取るなんて誰も考えなかった。人の消化器にもナノが棲む事になるのだから、それは当たり前だというのに。」


 俺達はエノクの兵が俺達とキメラに殺された現場に佇んでいるのであり、現場にこびり付いたすえた臭いを嗅ぎ取りながら、キメラとエノク兵が同じ腐った匂いを発していた理由がわかったような気がした。

 わかりたくは無かったが。


「俺は何も見えていなかったんだね。」


「……そうですね。でも、お陰で私は私のままでいられました。」


「過去形は止めるんだ。君はまだ君の筈だ。」


 俺の差し出した手は彼女の肩を掴むことなく宙に浮き、身を翻した彼女は俺から離れ、ホルスターから抜き出した銃の銃口を自分の顎の下に押し付けていた。


「私は、キメラになりたくない。あんなエノクのような姿になりたくない。でも、もう、もう、変化が起きているのです。」


 彼女は空いた左手でズボンからシャツを引き出して、そして俺に彼女の臍の辺りを見せつける様にした。

 彼女の臍から緑色の植物のような葉を持った触手が芽吹いている様に、俺は彼女が草食主義者だったと皮肉に思い出しただけだ。

 リンドンは右手の指先に力を籠め、俺は自分の銃を自分の頭に押し付けた。


「しょ、しょうさ。」


「まだ駄目だ。君が助かる方法を探そう。見つからなかったら、君の頭を俺が撃ちぬく。」


 リンドンは顔をくしゅっと歪め、微笑にも見える表情で俺を見上げ、そして、

俺は銃を下ろすと素早く彼女を引き寄せて抱き締めた。


 ガッチャン!


 今まで彼女がいたところは散弾銃による大きなえぐれができ、俺はリンドンを庇いながら撃った相手を見返した。

 彼女を撃ったのは彼女の部下だった、誰よりもひ弱そうなアシュレイだった。

 彼女は俺に「駆除です。」と言った。


「この女があたし達を売ったんだ!」

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