これからの方針
エノク兵の基地となっていた港湾設備は、残された書類によるとエノク人たちの移住計画の第一歩であったようだ。
彼らがアガレス星に侵攻したのは、自国で増殖した狂ったナノマシンによる化け物の増加が理由だ。
彼らは永遠の命のようなものを手に入れて、住む場所を失ってしまったのだ。
しかし、毎日食事をしなければ生きていけない人間と違い、彼らは数か月間飲食無しでも生きていけるという利点がる。
つまり、戦が長期になれば兵糧不足に陥るのはアガレス星の方であり、実際にアガレス星はエノク星に降伏もしてしまっている。
そして俺達には食料が無く、食料があってもフォルネウスでは生きていくことが不可能だ。
「どうしたものかな。」
俺は窓から何気なしに外を眺めると、大きな青白い月が空に輝いていた。
「そうだ。オファニム星だ。あそこに逃げ込むことが出来たら。」
「あそこは人が住めない場所では無いですか。」
「あぁ、ワッツか。君は神出鬼没だね。」
ワッツは俺ににやりと笑い返すと、手に持っているマグカップの一つを俺に手渡した。
「ありがとう。エノク人が食料に無頓着で助かったよ。ひと月分はなんとか確保が出来た。」
「そうですね。明日から船がこちらに向かいます。」
俺達の乗ってきた船の簡易修理が終わり、海からこの港へむかう準備が整ったということなのだと俺はワッツに頷いた。
「こういう時に輸送機が汎用船でもあるのは助かるね。海は危険が無いかな。」
「あなたもドローもガーディアンを前にして、必要なことをお願いしていないってどういうことですか?」
「俺は君との打ち合わせで、彼女と話せず仕舞いだよ。」
彼はこれ見よがしの溜息を吐いた。
まるで役立たずと言っているかのような。
「悪かったよ。明日の朝にでも彼女にお願いしてみるよ。来てくれたらの話だけどね。」
「そうですね。そのまま彼女を船に乗せてオファニム星に連れて行けるようにちゃんと口説いてくださいよ。」
俺は大きくむせた。
咽て、ワッツの俺を真っ直ぐに見る目を見返して、俺はやはり、と思った。
「彼女はファビエンヌ姫だと君も思うのだね。」
「思うも何も彼女です。あなたは姫君の写真も見たことが無いのですか?あなたの高祖父がハルベルト・カールツァイスなのは有名な話では無いですか。遺品に姫君の写真の一枚も無かったのですか?」
「無かった。高祖母はそれはもう死に物狂いでハルベルトの遺品を集めてはいたようだがね、姫君の写真は一枚も無い。そうだね、君に言われて初めて気が付いたよ。ハルベルトがあんなにも姫君を恋慕しているのに、彼が写真を一枚も残していなかったという事実にね。」
「全部高祖母様が焼かれてしまったのでしょうね。彼女は必死だったと聞いております。アシュレイがあなたに纏わりつくようにして、彼女はハルベルトに纏わりつき、彼を手に入れるために仕えていた姫君までも濡れ衣で売り飛ばした。」
俺は咽るどころではなく、人当たりの良い顔つきをした髪の薄い副官を見返して、彼が今まで俺が知っている顔つきで無かったと気が付いた。
「君は、ワッツ。」
「私もオファニム星の子孫ですよ。内緒のね。公爵位があるような人間ならば、他国人に成りすますなんて簡単です。フォルブス公爵、ワーレン・ワッツ・オファニスは姫君を娘同然に考えていました。いえ、娘だったはずなのですよ。」
俺は記憶するぐらいに読み耽ったハルベルトの日記に、フォルブス公爵の事が一切書かれていなかった事に気が付いた。
「俺が幼い頃に見つけたハルベルトの日記、あれは。」
「レプリカです。レティシアに見つけられたら処分されますからね、彼女が死んでからあなた方に解り易いように送りました。フォルブス公爵の部分は抹消して作り上げて、でしたけれど、他はハルベルトの書いたものそのものですよ。」
「君は何を企んでいたんだ。」
「人聞きの悪い。一度はオファニムの復興を考えていた我が家も、いまや落ちぶれてのただの一般人ですよ。ただね、死んでいたはずの姫君が生きていて、そしてこのような状態であるならば、星を生き返らせるのはどうだろうかと、そう考えているのです。姫君をオファニム星に連れていきましょう。」
「いや。君はオファニムの再生を最初から望んでいたんだ。そして、いや、だが、どうして君達は俺達にハルベルトの日記を送ったんだ。姫は死んでいたと考えていたのだろう?」
「はい。オファニムを生き返らせるには姫君の歌ともう一つあります。」
俺は右肩に手を当てた。
手の平には冷たいガラスの感触だ。
「これか。」
「はい。それはレティシアに盗まれたものです。ハルベルトはそれを取り戻すためにレティシアと寝て、けれど、渡されたのはレプリカだった。彼はそのことに気が付かないまま死んで、私達はレプリカだと知って落ち込んだ。日記を読まれているのならば、それを返して頂けますか?彼の心は姫様にしかなかった。レティシアの子孫が持っていてよいものでは無い。」
ワッツは当たりまえのように俺に手を差し出し、俺は自分の血が汚いものだと突き付けた数分前までは部下だった男を見返して、子供のようにその男から逃げ出した。
これは俺の大事なものだという風に、姫の形見のガラス玉を押さえつけながら。




