襲撃
夜の地上を照らすオファニムの月明りは、日の出前の三時間前に姿を消すので、日の出までの三時間近くは完全に真っ暗な世界となる。
そんな夜更けにはクラーケンは襲って来ないが、この星には虫という暗闇にしか動けない生き物もいる。
気が遠くなるくらい私はこの星で暮らしているが、いまだに虫に関しては気が遠くなるくらいに大嫌いだ。
そんな虫が、私の守るべきカッツェ隊に襲いかかった。
最初は木か何かの障害物に当たった音で、カッツェ隊にその到来を教えた。
寝袋で寝ていた兵士達はその音で目を開けたが、自分の視界を飛び交う黒い影にさぞ驚いた事だろう。
彼らは次々と飛び起き、異常なものの影に騒めき脅えてもいた。
テントという防御シールドによってそれらはその中には入れないが、次から次へとシールドに貼り付いていき、テントが見る間に真っ黒なドームと化していくのである。
「あれは何だ!」
当たり前だが、頭だけをシールドの中にいれて転がっていた私に、虫について尋ねに来たのはカッツェ少佐である。
私はよいしょと起き上がった。
「虫よ。」
「虫?違うでしょう!」
カッツェは言い返して来たが、虫と呼ばれているのだから虫でしかない。
「あれは虫よ。どんな隙間でも潜り込む。」
「このシールドを抜けられる筈は無いはずだが。」
「私は抜けているじゃない。」
「俺が急いで君を登録したんだから当たり前だ。登録者は行ったり来たりは出来るの。」
「まぁそうね。私が半分こにされそうになっているけれど。」
座り込んだ私の身体はキレイにシールドの掛かっている所はシールド内の明りで温かみを帯びた茹であがったイカの色合いで、シールド外の部分はネオンを帯びた深海のダイオウイカのように輝いている。
ただし、私を茹でイカにしている灯りは、数分前と違って少々心もとない灯りに変化したようだが。
貼り付いた虫たちが次々と積み重なっていくことで、シールド内に重苦しい影を落としているのだ。
また、消費電力が小さく強い灯りが出る物は、光を放つ範囲が狭く、眩しいようだが隅々まで光が行き届くことは無い。
暗がりがそこかしこにできているシールド内で、ぱたりと、物が落ちる音が響いた。
パタパタパタパタ。
誰かが当てた灯りの中で、それは自分を照らす灯りを避ける様にしてパタパタと死にかけた蛾のようにして地面で羽ばたいているのだ。
悲鳴が起きた中、誰かの銃によってそれはバシュンと撃ち抜かれ、その場に黒い炭の後を作った。
「――どうして。」
「あれにもナノマシンが入っているの。データの書き換えぐらいできるわ。」
「皆をバーガスに。」
「それこそ自殺行為。機械の中こそ入り込んで来るわよ。灯りを消さなければいい。あれは完全な暗闇でしか動けないの。でも、なんでも齧るから気を付けて。生き物の血肉は特に大好きよ。」
私は瞳を夜間使用に変更すると、周囲をぐるりと見回した。
緑色の世界になるのは大嫌いだが、この目に変えなければ虫の動きを感知しきれない。
蝙蝠のような大きさと形であるが体温は無く、よって赤外線の暗視では彼らを見ることが出来ないのだ。
まぁ、赤外線の視界も私は大嫌いなのであるが。
さて、カッツェは早かった。
彼は私の言葉を聞くや、部下達を灯りの方へと追い立て、シールドを作るポールの電灯が消される前に指揮車のライトを点灯させろと大声を出していた。
しかし、あと数分しないで、この小さな悪魔たちは暗闇を彼らの上に落とし、そして全員を喰らいつくすだろう。
私は彼の背中に尋ねていた。
あなたは閃光弾か焼夷弾を持っているか、と。
彼はピタリと足を止め、私に振り返った。
「何をするつもりです。」
「約束を果たすだけよ。退治をしてあげるの。」
「これはクラーケンですか?」
「寄生虫入りの人間を喰らったクラーケンの成れの果てよ。寄生虫の遺伝子と人間の遺伝子をごちゃ混ぜにして記憶してしまった、哀れなナノマシン。」
「だから、虫。」
「そう。私が虫下し(デバッグ)をしてあげる。弾はあるかしら?」




