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黒猫さんの素顔

 あら、いやだ。

 覗き見に夢中だなんて、私はとっても下品な女かもしれない。

 にょっきりと金属のポールが立ったと思ったら、ヤシガニたちから乗員が一斉に脱皮し始めたのである。

 私はもちろん、あのカッツェさんの素顔を見たいと目を凝らした。

 しかし、彼はなかなか出てこなかった。

 そこで、彼以外を観察することにした。


 私に話しかけていたあのティディ君は想像通りの軽そうな若い子で、私が名前を間違えたトールさんは、黒髪を前髪と側面は顎の長さまで伸ばしているが、それ以外は短く刈り上げているという面白い髪形をした、とっても体格の良い女性であった。

 あぁ、こんな言い方は失礼ね。

 百八十ぐらいある長身で筋肉質の体に、少々吊った目と高い頬骨を持った戦士という呼び名が相応しいほどの、……という、ええと素敵な女性であった。

 そんな彼女を眺めていると、彼女よりも小柄だが、彼女よりも歴戦の勇者に見える銀髪の女性の方へと歩いて行った。


 紫色に見える瞳に整った顔立ちの彼女は眼光が鋭く、私の視線に気が付いたような目線を寄こしたが、そういえば私は彼らの敵ではないのだと、隠れている必要も無いなと気が付き、彼女達に挨拶をしようと身を乗り出して手を振った。

 すると、周囲にけたたましいアラーム音が鳴り響かせて、せっかくの彼らの休息を台無しにしてしまったようなのだ。

 私はあらあらと、自分の失敗を彼らに謝罪するしかない。


「ごめんなさい。これは私のせいね。」


 しかし、歴戦の勇者らしい彼女達は私の姿に対してゲッと言って固まり、私はこの事態に途方に暮れてしまった。


「あの、敵意は無いのよ。」


「ガーディアン!戻って来てくれたのか!」


「あぁ、カッツェさん!」


 私は声の方へと振り向き、そして、とても驚いた。

 一八〇は無いが均整の取れた体躯は細身ですらっとしており、体に似合った童顔ともいえる整った顔立ちをしていた彼だが、黒髪に金色の目という名前通りに黒猫風だったのである。

 そして、ハルベルトと全く似ていないと寂しさが沸き上がった私に止めを刺すかのように、彼の右肩には見覚えのある青いガラス玉が輝いていたのだ。


 母が私の為に私のベッドに飾ったというガラスの魔よけだ。


 彼はハルベルトの子孫だったのか。

 私の侍女だったレティシアが言った通りだったのだ。

 彼女も真っ黒な美しい髪をしていた。


「お暇をください姫様。私はカールツァイスの子を宿しました。」


 私は彼女におめでとうと言ったかしら。

 丸一日部屋にこもって大泣きしたのは覚えている。

 もう一生、私が彼の子供を産む未来など無いのだと、だけどせめて彼の子供達が幸せであるようにと、私は母の思い出の品を彼に贈ったのだ。


「ガーディアン。君が戻ったって事は、クラーケンが近くにいるのか?」


 覗きをしていたと指摘されるよりも良いかもしれないが、なぜか私はカッツェの物言いにカチンと来てしまった。

 あの青いプラプラが私の古傷をえぐるからかしら。


「クラーケンなどいませんけれど、いなければ私は必要ないのかしら。」


「え、だって、クラーケンしか相手にしないと君は言ったでしょう。」


「ええ。言いました。だからこそ、守るべき相手がどんな風体かわたくしは調べに参りましたの。あなた方の素顔を知らなければ、私はあなた方がバーガスに乗っている時にしか助けてあげれ無いわ。クラーケンが襲いかかってくるのは、人間の臭いを嗅いだその時なのにね。」


 覗きをしていた言い訳をここ迄正当化できる自分にも驚いたが、目の前のハルの子孫が金色の瞳を輝かせて物凄く嬉しそうな顔をした事には、私は純粋に驚いていた。

 私は化け物なのよ?


「そうか!わかった。おい、みんな集まれ!ガーディアン様に挨拶だ。って、あの、君を俺はガーディアンとしか呼んでいないが、君にも名前があるのだよね。もしよろしければ、教えていただけないだろうか。」


 さぁ、困った。

 真実の名は明かせない。

 どうしよう。


「あの、覚えていないのよ。私はなん百年も生きているのだもの。そのままの呼び方、ガーディアンで良くてよ。」


 カッツェは腕組みをして少々考え事をしているかのように小首を傾げ、それからにっこりと子供のような笑顔を見せると、ファビエンヌでは、と、言った。


「どうしてその名前を。」


「ひいひい爺さんが恋をしていた姫君の名前です。」


 そして彼は右肩を指さした。

 目玉のような青いビーズがプラプラと右へ左へと揺れている。


「恋人も妻もいないのにどうしてこれをくれたのかわからないって悩んでいました。でも、これが姫君の形見だと、我が家の家宝なんですよ。嫌ですか、この名前で呼ばれるのは?」


「いやです。私の名前ではありませんから。」


「すいません。では、これからもガーディアンと。」


「えぇ。それで。わたくしはガーディアンですから。もう、人では無いの。」


 彼は私の言葉にぐっと歯噛みをすると、彼が先ほど提案したように、彼の呼びかけで集まって来た部下達を紹介し始めた。

 私の頭には全く入って来なかったけれど。

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