07
その日を泣き暮らした私は、次の日からまた働き出した。
むしろこれからは今まで以上に頑張らないといけない。
この1ヶ月、ラルとずっとセックスしていた。毎日。
つまり月の物がその間なかった。
私は規則正しく来る方なので、数えてみると最低でも2週間は遅れていた。
体調の変化は僅かだ。
だが確信めいて医者にかかると案の定「おめでとう」と言われた。
その言祝ぎを噛み締める。
きっと他の誰からも言われる事のない言葉だろうから。
そうしてさらに1週間が過ぎた頃、ちょっと窶れたラルが夜中家にやってきた。
「クーこんばんは。中、入ってもいい?」
夜中のノックなんて不気味なものに答える気はなかったが、いつまでもやまないので仕方なく出た。
何も言わない私に戸惑っているようだが、優しい言葉なんてかけられない。玄関先だなんてことも関係なく、投げやりに言った。
「セックスはしないけど、上がるだけならいいよ。」
虚を突かれたラルは目を見張り、狼狽えた。
「な、なんで?」
私も少し驚いた。
一度去ったブームが再到来する事なんてなかったから。
でも寝食を忘れてあんたは目新しい何かに夢中になっていたんだろう?と思うと、私はあんなに一人で涙と一緒に全部ながそうとしたのにと思うと、もう受け入れられないと思った。
「子供が出来たから。」
ラルは瞠目して固まっている。
「だからセックスできない。
あ、あと私は子供のことで手一杯になるから、もうラルのところに行けない。
ご飯と睡眠とって、体に気をつけてね。
さようなら。」
そう言うと玄関のドアを閉めた。
しばらく待ってみたが立ち去る音が聞こえたので、私も部屋に戻った。子供はどうやら興味の対象にはならなかったらしいことに悲しみつつ一方で安堵した。
身体だけでもいいなんて、陳腐なセリフだと思ってたし、今でも思っている。
だけどじゃあ今の私は?と聞かれると、そのセリフ以外の何者でもないと思う。
私はずっとラルが好きだった。
ラルにとっても私は特別だった。
ただそれはラルを邪魔しない前提での、私という存在の受容だ。現にお父さんのことをラルは好きだけれど、魔法の塔の部屋の結界の個別認証には受け付けていない。
本当にセフレなんてバカだと思う、特に片方だけに気持ちがある場合。
だから私はずっと、一生片思いをしていくつもりだった。
でも、ラルがセックスに興味を持っているとわかったとき、嫌だと思った。
きっとラルは他の誰かとしたとしてもすぐに飽きたろう。愛情なんかとは別次元の問題だとも知っていた。
でも他の誰かがラルの身体を知って、ラルに求められて、私は一生ラルを知らずに、求められることもないまま生きていく。その事にとても耐えられないと思ったのだ。
今回、万が一、億が一にも恋人になれるとは思っていなかった。
だから子供が出来たことは…私のエゴで、私の判断の甘さで…この子には本当に申し訳ないと思う。
いつも新しいことにハマると長くても1ヶ月くらいで飽きるから、子供ができたりする前に飽きると思っていた。
でも、見通しが甘かったせいでこの子を片親にしてしまう。
ひっそりと片思いの延長として秘密を墓まで持って行く予定だったのに、自分以外のものを巻き込んでしまった。
ラルと私はずっと産まれた時からの付き合いで、私はこれからもずっと一緒にいるものだと思っていた。
多分ラルもそう思っていたんだと思う。
そうすると、もしかして彼からしたら私の方が酷い裏切りをしたってことなのかなぁ?
本当ならばまた一晩中でも泣き明かすところなんだろうが、最近、どうにも眠い。日中もがんばってもすぐにうつらうつらしてしまうし、夜もベッドに入るともう一瞬で朝日どころかかなり高くなった太陽にご対面状態だ。
何も考える余裕がないことは救いだと思った。
一人で生きて行くつもりで一生ものの仕事を選んだ。
でもこれから多分20年くらいは2人分の人生を支えなければいけないのだから、起きていられる時間はこれまで以上に仕事に励んだ。
そうだ。余裕ができたらこの子に何か作ろうか。レース編みの靴下と、ミトンと、帽子と。愛情を形にして。
今も部屋にある、このベールとは決別して。ラルが「どんどん上手くなってるんだね。特に今回のはオレンジ色のバラが咲いたみたいだ。」と、自分も夕日に染まりながら褒めていたこのベールとは。