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僕の彼女の鞄の中は  作者: やゆよ
隠し事
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たのしさ

夜になった。

僕はまだ気分が落ち着かない。どこか、自分に違う人間が取り憑いてしまったように違和感がある。りせちゃんはまだ帰ってこない。りせちゃんとお父さん、大丈夫かな…

と、突然電話が鳴った。

それは、水肩という刑事さんからだった。


『すみません。あなたの父親に腹部を刺された火高という刑事から、あなたたちのことを聞きまして…

りせさんのお父さんの刑事部長と、あなたのお父さんの居場所をご存知ないですか…?』


『え?僕のお父さん、そのまま警察に連れて行かれたんじゃ無いんですか…?』


『実はあの後警察が来る前に逃げ出したそうで…あなたならもしかすると居場所を知っているかと…』


『すみません…父とは全く連絡を取っていなくて、わからないんです。りせちゃんのお父さんの居場所も知らないです…

刺された刑事さん、大丈夫ですか?』


りせちゃんがお父さんを説得しに行った、なんて言うと匿っていると思われるかもしれない…そう思った僕は、2人の居場所を知らないと答えた。


『そうですか…火高は無事です。今近くの病院で入院しています。』


その後、何かわかったらまた教えてくださいと言われて電話を切った。


あの父親…どこまでクズなんだ…人を刺しておいて逃げるなんて…


父親に対する怒りはあるが、今はそれどころじゃ無い。刑事さんがりせちゃんの家に行くと、面倒なことになりかねない。

僕はりせちゃんの鞄を背負って、りせちゃんの家に行くことにした。


りせちゃんの家に行く電車の中で、もう一度鞄の中を見てみる。全部処分してくればよかった。核心には迫っていないものの、これだけ証拠があれば僕が母さんを殺したことがバレる可能性も無くはない。


そのまま鞄の中を漁っていると、何やらくしゃっと丸められた紙があるのに気づく。

なんだろう。ゆっくり開くと、子どもの字で何か書いてある。


『お父さんの指』


お父さんの、指…?りせちゃん…まさか、ね…


その言葉の下に、丁寧に描かれた指の絵と、本で調べたのだろうか…何やら組織の名前や骨の構造などがびっしりと描かれている…


小指の絵…お父さんの、指…


電車が止まる。駅を出て、りせちゃんの実家へ向かう。


ーーーーーーーーーー


ガチャ。


りせちゃんの家の扉を開ける。扉は開けっ放しだった。夜の暗い部屋。電気はついていない。


りせちゃんの実家に入るのは初めてだ。が、明らかに違和感がある。何かがここで起きた。その何かが、経験から、僕に答えを迫ってくる。


本能的に吸ってはいけないとわかる、強烈な刺激臭。


りせちゃんと別れてから3時間。まともな人ならこんな部屋にずっといるなんて耐えられないだろうが、僕はもう臭いなんてどうでもよかった。むしろこの臭いが、僕たちをさらに人間から遠く、どこか深い暗い場所へと連れて行った。廊下を抜ける。


「りせちゃん。」


りせちゃんはソファの淵にもたれて、放心状態だった。泣いている。


「りせちゃん、来たよ。」


ソファにお父さんの体のパーツが散らばっている。足、髪、内臓、血、血、血。


「ねえ、私、お母さんに言われたこと、破っちゃった。ルールの外に出ちゃった…」


りせちゃんが疲れた声で話し始める。


「私、お父さんに、認めてもらえなかった。ずっとお父さんが嫌いだった。娘がこんなことが好きだなんて、とても人に言えたものじゃ無いって。それで喧嘩になって…気がついたら、こんなことになってた。」


りせちゃんは嗚咽で息が苦しそうだ。


「こんなことするのが好きって、一番はじめにお父さんにバレた。あなたのお母さんの指を持って帰ったのがバレたの。やめなさい、何をしてるんだって、ものすごく否定された。

それがあまりにもショックで、怒りのままカッターでお父さんの手を刺した。奪った指を返してって。すごい勢いで。左の、指の、付け根。カッターじゃ骨は切れない。骨の周りを回るように、肉を一周切った。


お父さんはとにかく痛そうだった。お前は何もかもまともじゃ無いって…お前は母さんの、あの悪魔の子供なんだって。お父さんが私を認めない限り、お父さんはお母さんを侮辱し続ける。許せない…


お母さんのこと、悪く言う奴はみんな悪い奴だ、お母さんはそう言ってた。そんな奴殺されたって仕方ないんだって。

私はお母さんの機嫌をちょっとでも損ねたら、いつも殴られた。氷水をかけられて、冬場、外に出されたり。カッターで刺されたことだってある。でも私、嫌いじゃないよ。だってお母さんが私にこんなに関心を持ってくれてるんだ。その時だけは、私のことしか見てないの。嬉しかった…気持ちよかった…私はお母さんさえ信じていればよかった。なのに、父さんは…父さんは…」


りせちゃんは泣きじゃくった。


「それで、怒ってお父さんの指を切ったんだね?こんな風にしちゃったのも、お母さんを悪く言ったから。そうだよね?」


りせちゃんは、ははっと笑った。そしてうん、そうだよ、もうお父さんなんていらないし、と言った。ねえ、私を殺してよ、お母さんに言われたことが守れないなら、生きている意味ないもん、と言って、血塗れの包丁を僕に差し出した。


僕は、りせちゃんを抱きしめた。


「大丈夫だよ、りせちゃんのせいじゃない。君の家族は普通じゃ無いんだ。お母さんを馬鹿にされて、辛かったね。」


もう、そう言うしかなかった。


「ねえ…大好き…でも、怖い…あなた…怖い…そう言っておきながら私のこと、頭のおかしい人間だと思ってるんじゃないの?あなたもいつか私のこと、全部否定するようになるの…?!」


りせちゃんがは目をカッと開いて、急に息が荒くなる。苦しそうだ。りせちゃんは、その後何かぶつぶつ言うと、僕に差し出した包丁でそのまま僕の太ももを刺した。


りせちゃんはもう、自分がどうしたいのかわからないらしい。彼女の秩序だった、お母さんの作ったルールから抜け出してしまった。もうりせちゃんは放っておいても、自分で壊れていくだろう。


ふと、僕は何かが吹っ切れてしまった。


刺された怒りだろうか?それとも自分の境遇?りせちゃんの境遇だろうか。


ありのままの自分を認められたい。それだけの気持ちで、僕らはどこまでも暴走する。


僕はちょっと、楽しくなってきてしまった。


「りせちゃん、僕、言ったよね?どんなりせちゃんでも好きだって。嘘ついてると思ってるの?刺し返してあげよっか?ねえ?聞いてる?」


「ごめんなさい…」


りせちゃんは泣きながら謝ってきた。そして僕に抱きつく。わかればいいんだよ…


「ねえ、私のそば、一生離れないで。私、警察に行く。でも牢獄まで、ちゃんと、着いてきて。」


「いいよ、約束する。」


そう言って僕は立ち上がった。


「どこ行くの?」


「約束のために、ちょっと準備をしなきゃね。大丈夫、必ず戻るよ。戻ったら一緒に、警察に行こう?」


「やだ、離れないで。お願い…」


僕は縮こまるりせちゃんを強く抱きしめた。


「今から一生一緒なんだ。最後くらい、1人で散歩させてよ。」


僕はそう言うとにこっと笑って、りせちゃんを力一杯殴った。


りせちゃんは嬉しそうだった。論理が破綻している。


「うん、待ってる。」


玄関のドアをゆっくり閉める。


父さんが警察に行く前に寄るとしたら、母さんのお墓だろう。父さんにもちゃんと、罪を認めてもらわなきゃ。

刑事さんを刺したこと、母さんや僕たちをちゃんとを愛してあげなかったこと、いつまでも僕を恨むあまり、星賀の人生を壊してしまったこと…


僕は過去を全部精算しようと決めた。


でも、それは建前。


僕は純粋に、日常が壊れていくのが楽しかった。

次で完結です。

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