父と子
「りせちゃん…どういうこと…?」
不敵な笑みを浮かべ、血だらけの模型を恍惚な表情で見つめながら撫でるりせちゃんに尋ねる。
「え?まさかこの模型、全部本物だと思ってたの?」
え?
いや、僕が触ったときは確かに作り物だったと思うんだけど。妙にぶよぶよして気持ち悪い感覚…え…?まさか、本物…?
「え…?りせちゃん?なんでそんなことを…?」
「うふふふふ…目的はね、誰かさんと一緒みたい…」
りせちゃんは僕に向かってにぃっと笑った。唇が張り裂けるくらいに、不自然に横に引っ張られている、まるで作り物の笑顔。僕の嫌いな、りせちゃんの笑顔…
「誰かさんって…?」
僕がそう尋ねると、突然りせちゃんは僕の父さんの方に歩き出した。
父さんの足元に落ちていた腕を拾い、前方に突き立てているナイフに向かって模型を押し付ける。ぐちゃ。気持ちの悪い音と同時に、ナイフが奥の方までしっかりと刺さる。りせちゃんはそのまま模型を投げ捨てた。
「ねぇ、山界さん。本当の肉を切る感覚って、どう…?うふっ…気持ちいい…?」
父さんはあまりの衝撃で震えている。
「奥さん、なんで死んじゃったの?星賀くんも言ってたけど、結局ちゃんと聞けなかったのよ。教えてよ、星賀くんのためにも。」
りせちゃんは上目遣いで優しく微笑む。こんな時だけど、息子としてはちょっと複雑だ。父さんはりせちゃんに圧倒されて、ゆっくりと話し出す。
「たっ…確かに、俺は妻に暴力を振るっていた…けど、それは、ストレスから…家庭を持つことのストレス…
決定的だったのは、あいつが子どもが生まれる直前、不倫していたことだった…まさかと思ったよ。子どもが生まれたらちゃんとあなただけを見るとか言って…でも、俺は耐えられなかった…最愛の妻が、俺の知らないところで、他の男と会っているなんて…
それから、俺は不安感からあいつを殴るようになった。子どもの前でも。そんなことしても、心は離れていくだけだとわかっていたのに…
俺は、このままじゃ駄目だと思って自分から離婚を切り出した。愛する人を、ましてや子どもたちをもう傷つけたくなかった…ちゃんと、お金のことはするからって…
でも、あいつは了承しなかった。どれだけ殴っても、蹴っても…首を絞めたりしたこともあるのに…」
「母さんは浮気なんてしない!!!」
咄嗟に叫んでしまった。いらいらする。父さんはいつも嘘ばかりだ。すると、りせちゃんがすごい形相で睨んできた。
「今は、あなたのお父さんが喋ってるの。あなたは黙ってて?」
う゛っ…
まるで、ゴミでも見るような目で見てくる。りせちゃんに言われるとさすがに言い返せなかった。父さんはそのまま話を続ける。
「結局あいつは、離婚を受け入れたよ。でも、子どもたちをどちらが引き取るかで喧嘩になって、離婚後も中々離れられなかった。俺は星賀を愛している。だから星賀だけはと言った。そしたら…あいつは……全員を連れて行けと怒鳴ってきた。
俺はお前を引き取るのが嫌だった…!!お前はいつも、何を考えているのか全くわからない…怖かったんだよ…!
自分の母さんが殴られているのにも関わらず、にやにやにやにやと…ただ見ていた…
だから勝手に、お前を妻の方へ入れた。それで離婚したのが気に食わなかったんだろう。妻は暴れ出した。
あの日もそんな風に喧嘩をしていた。俺はカッとなって、家を飛び出したんだ。そしたら警察から連絡があって、妻が、ベランダから飛び降りたと…」
「嘘つくなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
気がつくと僕は叫んでいた。
「母さんは!!!!お前が殺したんだろ⁈そうだと言えよ!!!!!!母さんが自殺なんてするはずない!!!それに僕を愛してくれていた!!!心から!!!」
「そう、妻が自殺するわけないんだ…!!あいつは、ひとりで生きていくと言ってた…やっとこれから自分の好きなように生きられるって…子どもなんか産まなきゃよかったんだって……
妻が亡くなってから、妻の友達にも聞いたよ…ちゃんと離婚できて1人になれたら、遊びに行こうって…それに、1番ショックだったのは、他の男と挙式の予定があったことだ…最初に不倫したあの男だよ…そんな奴が、死ぬと思うか…?」
「嘘だ嘘だ嘘だ!!!母さんが浮気なんて嘘だ…」
「嘘じゃないんだよ!!!お前はまだ子どもだったから知らなかったんだろうが、これが事実だ…それに星賀に聞いた。母さんがベランダから落ちた時、お前がいたと…お前が突き落としたんだろ!!!!」
「違う!!!僕は殺してなんかない!!!」
「山界さん、ありがとう。星賀くんがお兄ちゃんを恨んでるの、なんでか知りたくてうずうずしてたの。そういうことだったのね。」
りせちゃんが急に割り込んで話した。りせちゃん、まさか、僕を疑っているの…?
「まあ山界さん。あなたはこの刑事さんを刺しちゃったから、心配しなくても星賀くんのところにいけるよ。
星賀くんは、事件を起こす前、お兄さんを刺激してくるとか言ったのかな?お兄さんを挑発して、必ずお母さんを殺したことを認めさせる、とか。あなたと星賀くんの最大の敵は、お兄さん。まあ母親を殺したなら恨むのは当然だね。それで、あなたも星賀くんに協力とかしたのかな?
よかったね。親子揃って、罪を被れて。ふふふ…」
その言葉を聞いた瞬間、父さんは泣き出した。星賀、星賀と言いながら、膝をついて嗚咽する。
りせちゃんは安心したのか、ふぅっとため息をついて、今度は自分のお父さんの方へ向かっていった。




