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突入

「えっ。水肩さん、熱出たんですか?今日山界の家に行く日ですよね?どうしてくれるんですか。」


「すまん…けど40度も熱出ちゃ、さすがに無理だわ…刑事部長に代理頼めるか聞いてみるから!」


火高ははぁ、とため息をついて携帯をしまう。今日は先輩刑事の水肩と、事件を起こした山界星賀の父の元へ事情聴取に行く日だった。好奇心旺盛な火高が心待ちにしていた日だというのに、全く…


と、火高は名案を思いつく。

今まで山界が聴取に応じたことはない。いつ家へ行っても留守…

ふふふっ。水肩の代わりにメールしてしまおう!


一度やろうと決めると突っ走ってしまう火高は、水肩が熱を出したのをいいことに、訪問する日を後日にして欲しいと公衆電話で連絡を入れた。もちろん本人は出なかったが、家の中にこもって留守番電話を聞いている、という可能性も十分あり得る。

今まで星賀から聞き出したメールアドレスでしかやり取りをしたことが無かったので、都合が良かった。


電話を入れて30分後、火高は勝手に山界の住むマンションへ向かった。携帯を確認する。刑事部長から連絡が来ていた。


『水肩くんから事情は聞いたよ。今から行くから、○×駅で待ち合わせよう。』


『すいません、間に合いそうにないので、先に山界の家に行っていただいてよろしいでしょうか。』


携帯を切る。もちろん嘘だ。

しかし部長が来るまでの間に、長男のことについて脅迫すれば何かしら答えるだろう。

火高は後先考えずに、山界の部屋のインターホンを押す。


「はい…」


出た。かかった。


「すみません、下の階に引っ越してきたものですが…」


「ああ…わかりました…」


よし。怪しまれていないようだ。案外簡単に、山界はドアを開けた。中から痩せ細った男が出てくる。が、チェーンはかかったままだ。


「お昼時にすみません。下の階に引っ越してきた火高です。うちは小さい子がいるので、少しうるさいかもしれませんが…これ、ぜひどうぞ。」


火高は長方形の箱が入った紙袋を、チェーンがかかったドアに押し付けた。有名なケーキ屋の紙袋…もちろん中身は空だ。


「あ…ちょっと待ってください…」


山界は一度ドアを閉めて、チェーンを外す。そして、紙袋に手をかけた瞬間…


火高は山界に突進するような形で、部屋の中に無理やり入り込んだ。すぐに玄関の扉を閉める。


「お?おいっ!!お前、なんなんだ!!」


状況が分からず喚く山界を抑えながら、火高が刑事手帳を開く。


「山界。俺はお前の次男ではなく、長男の話を聞きにきた。お前と子どもの間には、何があったんだ?」


山界は怯えた顔で火高を見て舌打ちをした。


「くそっ、くそっ…!!警察かっ!星賀は…星賀は…どこにいったんだよ…!!何故帰ってこない!!!」


「山界さん、落ち着いてください。何度も連絡差し上げてますが、星賀さんは今拘留されています。彼は自分の罪を認めていますよ。」


「でも、あいつはまだ、誰も殺してない…そうだろ…!!星賀を返してくれ!!!!!」


「山界さん、暴れないでください。近所迷惑です。」


が、山界は執拗に体をよじる。ふと、腰から折りたたみ式のナイフを取り出して、火高の腹部に向かって刺した。


「う゛っ…」


火高の手が緩み、とっさに山界が立ち上がって玄関の扉に張り付く。腹部から流れる血に、動揺している。


辺りに飛び散る赤い色。ゆっくり、ゆっくり、血の匂いがふわふわと香っていく。それは段々と濃くなって、腹から流れ出た体液は、ぽたぽたと床に小さい水溜りを作った。


はぁ…はぁ…


男性2人の吐息が小さな玄関の中で混じっていく。同じ息でも全く持つ意味は違う。


山界は生々しい焦燥感、火高は張り裂けそうな痛みを感じている。

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