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注射針

「さ、殺せよ。」


薄暗い部屋の中で、立ち尽くす男…星賀は言った。すでに空き家となってしまった2階建て住宅の1階。家具は全て取り払われて、茶色の傷んだフローリングは妙に埃っぽい。その上に赤いシミのついた青いビニールシートがひかれ、そこに腕や足をガムテープで縛られて口を塞がれた男性…たくやが寝かされている。


その前にたくやの彼女である、かのはが薬品の入った注射針を持って立ち尽くしている。


「ほら、殺せって言ってるだろ。」


星賀は2人を交互に見ながら、一切の笑顔も見せず、かのはを睨む。


「星賀…それは…できないよ…たっくんは私の彼氏なの、知ってるでしょう…?いくらなんでもそこまでしなくたって…」


「え?今更引き下がるの?なんでもやるって言ったよね?まさか、まだこの人のこと、愛してたとか言うの?」


星賀は真顔のまま、息だけで笑った。


「そりゃ私はあなたと一緒にいたけど、それは好きだから、とかじゃない。あなたとは他の人とできないような話もできるし…それが楽しかったのよ。でも…私はやっぱりたっくんが好きなの。たっくんには私の秘密は話せないけど、あなたと違って秘密以外の、全てのことを話せた…

あなたは、真っ黒な私しか見てない…そんなの…苦しいよ…ねえ、星賀、怒ってるの…?」


星賀はさっとかのはの右手首を掴み、腕で首を上から押さえつけた。咄嗟にかのはが手に持っていた注射針を奪い取って、かのはの眼球に向けてぎりぎりのところで針を止める。


「お前、これ、なんの薬か分かってるよな?お前のお父さんの病院から盗んできたんだもんな?このまま目の後ろまで刺して、網膜から脳に直接入れてもいいんだよ…?痛いんだろうなぁ。痛くないようにゆっくり、ゆっくり刺してあげよっか?」


かのははあまりの恐怖に泣き出した。今までの光景を黙って見ていたたくやも、さすがにこの時は目を丸くして、んーんーっと唸った。


「ごめんなさい…ごめんなさい…言う通りにするから…」


「それに、ここで殺さずに警察に突き出してもいいんだからな?自分がやったこと、分かってるよね?」


注射針を目元から首元まで、肌を伝せゆっくり下ろす。かのははうんうん、と大きく頷いた。

星賀は満足したのか、その場でうな垂れたかのはを強い力で蹴った。


「はやくやってよ。かのは。」


と、その時…


「星賀…お前、許さないからな…」


ーーーーーーーーーー


「星賀…お前、許さないからな…」


間に合った…たくやがビニールシートの上で横たわっている。到着するや否や、星賀が注射針を持って、かのはさんを思っ行きり蹴飛ばしていたので驚いた。はやくやってよって、またかのはさんを脅して今度はたくやを殺させるつもりか…?一体どういう状況なんだ…?


「あーあーほら、来ちゃったじゃん!!かのは、お前がもたもたするからだよ?この役立たずが。兄さん、りせさん、それに…僕のうちで勝手に倒れてた人かな?こんばんは。よく場所がわかったね。」


星賀はかのはさんを舌打ちをすると、こちらを向いてにぃっと笑顔を作って見せた。


「おい、お前…こんな事して許されると思ってんのかよ…!」


「ちょっと、黙って。」


りせちゃんが僕が怒り出すのを冷静に止めて、前へ出た。


「星賀くん、私たちに居場所が送信されてるのを知っていて、ここまで来たんだよね?どうして?」


え?星賀、僕らが追ってること知ってたのか?


「わざわざ私たちがあなたの家の前で待ち伏せているのを見計らって、たくやくんを誘拐したんでしょ?本当に殺したい訳じゃ無いんだよね?どうして?」


え?僕たちを誘き寄せるためにわざわざ誘拐したのか?どうして…?というかりせちゃんなんでそんなこと知ってるんだ…?


「ふふふ…やっぱりバレてたかぁ。さすが兄さんの彼女さん。お見事です。確かにかのはが持ってきた模型の中から、携帯電話を一度取り出しましたよ。あなたたちを誘き寄せたたかった、というのも間違いないです。

でも、たくやさんは元から殺すつもりで連れてきました。残念ですね。お友達、もうすぐ死んじゃいますね。」


あはは、と星賀は場違いな高い声で笑っている。いらいらしていた僕は、星賀を睨みながら聞く。


「なんで僕たちを連れてきたかったんだよ。」


「それは、あなたに来て欲しかったんじゃないの?」


りせちゃんが咄嗟に答えた。

え?僕に来て欲しい?どういう事…?


「つまり…」

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