思い出せ
「…落ち着いた?」
僕が昔のことを思い出して急に泣き出したせいで、またりせちゃんを困らせてしまった。りせちゃんはコーヒーを淹れて、僕の隣に座った。
「大丈夫だよ。辛いことは誰にでもあるよ。」
りせちゃんが頭をぽんぽんっと撫でた。
りせちゃんの淹れてくれたコーヒーを飲む。
少し気分が落ち着いてきた。
「ありがとう。ちょっと落ち着いてきたよ。ごめんね、急に泣き出したりして。最近昔のこと、ほとんど思い出さないことにしてたから…」
「ううん、大丈夫だよ。たくやくんから聞いたんだけどさ…お母さん、亡くなられてるんでしょう…?そりゃ辛くなるのも当然だよ。そんなの無理して思い出す必要無いよ。」
りせちゃんは僕の肩に手を回して、優しく撫でてくれた。今までりせちゃんに近づくと、どきどきしすぎて大変だったけど、今日は何故か気分が落ち着く。
「僕の母さん、僕が9才の時に自殺してるんだ。星賀はまだ5才だったかな。
まあ…父さんと母さんはその前から離婚してたから、家族の関係なんてめちゃくちゃだったんだけどね…
僕は高校に上がる時から、1人で生活してたんだけど、それよりずっと前からひとりぼっちだった。星賀は僕より父さんと仲が良かった。というより、父さんに洗脳されてたって言った方がいいかな…結局父さんの方に引き取られて、離れ離れになっちゃった。
1人でいるとさ、昔のこと思い出そうとすると、苦しくて苦しくて…息がしにくいっていうか…すごく頭が痛くなる。
でもこうやって、強制的に星賀と関わるようになってからちょっとずつ、前より自然に思い出せるようになってきた。」
りせちゃんが肩をさすりながら、僕の話を聞いてくれること。温かい眼差し。それにどれほど救われただろう。
「りせちゃんといれば、いつか、星賀や昔のことともちゃんと向き合えるかも知れない。ありがとう、りせちゃん…」
「ううん。私も、いつもそばにいてくれてありがとう。」
りせちゃんと僕は見つめあって微笑んだ。りせちゃんの頭の後ろに手を回す。
柔らかい、りせちゃんの唇…悲しいことも上手くいかないことも、全部、今、消えてしまえばいいのに…
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暗い部屋の中で、異常に大きな鞄を漁る音がコソコソと響く。
りせは安心して寝てしまった彼氏を見下ろす。
「えっと…どれだっけ…あっ、これこれ…!」
りせはほとんど息だけで呟いた。
携帯のライトでクリアファイルに入れられた、ある資料を照らす。
「ええっと…9才と5才で母親が自殺。合ってる…離婚したのは…17年前…弟の星賀くんだけが、父親に引き取られる…うん、合ってる…いい感じだ…」
携帯の真っ白なライトが、りせのシルエットを肥大させて壁に映し出した。




