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私、サーシャ・マドリードとカイル・オッドウェイの結婚は親同士で決めたことだった。

 でも私は物心ついた時からカイルを未来の旦那さまだとずっと思っていたから不満に思ったことは一度もなかった。

 今日、カイルの下宿先に訪ねたのも彼に食べてもらえるように作った(料理人が)ミートパイを渡したかったからだ。カイルが王宮に勤めだしてから会うことも少なくなっていて寂しかったからでもある。そして私はある決意を胸に秘めていた。

 私の屋敷と彼の屋敷は隣町にあるので通うのが難しく、王宮で働くカイルが家を出たのは仕方のないことだった。でも本当の理由に気付いても良かったのだ。

 カイルは五つ年下の私を可愛がってくれたけど、恋人として接してくれたことは一度もなかった。

 私の頭の中ではカイルは未来の旦那さまだったけれど、誰もが本当に結婚するとは思っていなかったのではないかと今では思う。

 下宿先はとても立派な作りのアパートだ。私は三階まで階段を登り、彼の部屋の前に立つ。

 ブザーを押したけど誰も出てこない。仕事だから留守なのは知っていた。私は彼の母親から預かった鍵でドアを開けた。今日は私の誕生日で、どうしても一緒にお祝いをしたかった。

 隣町への最終の乗り合い馬車の時間は二十時。隣町までは馬車で二時間かかるから門限には間に合わない。でも私は今日は門限を守らないつもりで最終の乗り合い馬車のチケットを買っている。  どこに行くかは言ってるのだから心配はしないと思う。

 カイルは驚いてくれるかしら。私は今日十六歳になった。まだ結婚には早いかもしれないけど結婚できる年齢にはなったのだ。彼が望んでくれればいつでも奥さんになれる。まあ、望んでくれればなんだけどね。私は料理や洗濯や掃除は使用人がいるからできないけど、刺繍というか裁縫全般は得意で、最近はキルトに挑戦している。

 このアパートは三部屋もあり、キッチンも広い。テーブルに重かった荷物を置くとホッと息を吐く。久しぶりにカイルに会える。彼は王宮に就職してから忙しいのか実家にあまり帰ってこなくなった。だから彼と会ったのは年が明けた時に挨拶をした半年前が最後だ。


「ねえ、何か音がしなかった?」


 静かだった部屋に女の声がした。あれ?って思う。まさか部屋を間違えた? でも鍵を開けて入ったから間違いではないよね。


「ちょっと見てくる。ケイトは危ないからベッドに入ってろ」


 カイルの声だった。今日は仕事だから私の誕生日だけど帰ってこれないと聞いてたのに、違ったみたい。私は嫌な予感がしたけどカイルに会える喜びの方をとった。


「カイル、仕事だって聞いてたけど休みだったのね」


 カイルが部屋から出てきたのを見て声をかけると、驚いたような顔で私を見た。


「なんでサーシャがいるんだ?」


 カイルは上半身裸だったので目のやり場に困る。


「カイルの好きなミートパイを持ってきたの」

「いつの話だよ」

「でもおばさまがおっしゃってたわ」

「サーシャ、君にはいつか言わないといけないと思ってた。私は君と結婚するつもりはない。学費を君の親に出してもらったが働いて返す予定だ」

カイルの目は冷たかった。昔はあんな目で私を見たりしなかったのに。

「どうしてそんなことを言うの? 父様は返してもらおうなんて思っていないし、私とあなたのことだって...........」

私はカイルの誤解を解こうとしたけど、怒っている彼に遮られた。

「そういう事を言ってるんじゃない。もう嫌なんだ」

「私、今日で十六歳になったのよ。もう子供じゃないわ。私だって色々考えて訪ねて来たの。今日だけは私と一緒にいてほしいの」

「どこから見ても子供だよ。今日はとにかく帰ってほしい。改めて挨拶に行くからって君の両親にも言っておいてくれ」


 カイルは私を玄関の方へと追い出して行く。


「ねえ、カイル~、まだベッドに潜ってないといけないの?」


 やっぱりそうだ。女の人がいるんだ。だから私を追い出したがっているんだ。どうして今日にしたんだろう。違う日にすれば良かった。カイルが嘘をつくと思っていなかった私が馬鹿だった。


「誰なの? 都会には騙す女がいるって侍女たちが噂をしていたわ。付き合うのなら調べてからにした方がいいわ」


 パシッと音がした。自分が叩かれたことが信じられなかった。カイルが私に暴力を振るうなんて信じられない。でもジンジンする頬の痛みは本物だ。


「彼女のことを悪くいうのはやめてくれ」


 大きな声だ。カイルが怒っている姿を見るのも初めてかもしれない。


「で、でも…」


「鍵を返してくれ。もう二度と君の顔を見たくない」


 私は初めての暴力と彼に対する恐ろしさで震えながらカイルに鍵を渡した。彼は鍵を受け取ると私を外に突き飛ばして扉を閉めた。

 私はしばらくの間、そこに突っ立っていた。手には何も持っていない。お金も帰りの乗り合い馬車のチケットもこの部屋の中にある。でももう一度この中に入る勇気はなかった。ブザーさえ押す気にならない。

 私はそのまま玄関に背を預けて座り込んだ。カイルの怒りがおさまるのを待とう。きっとカバンの中のチケットに気付いてくれる。

 寒さを感じていれば、違う方法をとったと思う。だけどその時の私は頬の熱さで何も感じなかった。

 だからカイルが私が手ぶらだった事に気付いた時には、熱を出して廊下に倒れていた。


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