変化する日常
──青春ラブコメとは、ヒロインが存在して成り立つものである──
目を開けると、頭上の青いカーテンの隙間から光が差し込んでいる。今日は五月の平日で、高校一年生の俺─上原十罪にとって、退屈な一日である。七時に余裕もって起床し、八時には家を出発する。これが俺の朝だ。
無地のベッドから体を起こし、斑模様の枕の隣にぽつんと置いてある赤い携帯電話を手に取る。そして、時間を確認する。そこには、
10:20
というように、十と二十の数字が大きく並んでいた。
時間を確認したがまだ意識がはっきりとせず、部屋の隅に置かれた机に視線が移る。机上には参考書が開いたまま放置してあり、隣にある棚には参考書や小説が並べられている。少し上を見上げると時計があり、秒針はゆっくりと動き短針、そして長針を追い抜く。数分時計を眺めていると、ようやく目が覚めてきた。
「学校は八時三十分からで、今は十時二十分···十時···二十···、ん?やっば!!!」
と、ようやく現状を理解した。─遅刻だ。小、中の九年間、無欠席、無遅刻を続けていたため、まさかの事態に思考が回らなくなる。しかも、よりによって、今日、特別授業がある日だ。
俺は急いで身支度を済ませる。黒の上着と肌着を脱ぎ、学校指定の無地の服を着る。下半身は下着しか身につけていないため、迷彩の下着を脱ぎ、一般高校生が穿いてそうなパンツを手に取り身につける。前日に用意しておいた物が入っている鞄を持ち、最速で学校に向かう。
しかし、どれだけ早く学校に行こうが、遅刻してしまった俺に未来はない。
俺の日常、いや、青春ラブコメは早くもエンディングへと向かっていった。悪い意味で。
東京の中心に位置する建物は、有名な進学校─円欄高校である。この学校は、全国屈指の進学校であり、進学率は九割を超える。男女生徒比は五分五分で、学食や、室内プール、学生寮といった様々な設備が整っている。
また、この学校には一つ特殊なルールがある。始業式や、体育祭、文化祭などの特別授業を欠席すれば即退学という校則だ。やはり、全国屈指の学校なだけはある。未だ退学者はいないが、初の退学者が誕生するところである。
俺は学校が終わるなりすぐに、生徒指導の先生─山本千聖に連れられ、校長室へと向かう。途中山本先生の顔を伺うと険しい表情で睨んでくる。校長室へ近づくにつれ、俺の心拍数も比例して高まる。
遠く感じる廊下を歩き続け、校長室へと辿り着く。入室すると、様々な方向から鬼のような視線が飛んでくる。入って真正面の椅子に腰掛けているのがこの学校の校長先生。右に教頭先生、左に担任が立っている。···3人とも髪がお亡くなりになられたようだ。校長先生をハゲA、教頭先生をハゲB、担任をハゲCとしよう。
先生方の説教が始まる。
ハゲCは日常生活を見る限り遅刻するような人ではないと言う。そして、遅刻理由を尋ねてきた。遅刻はただの寝坊ですとはっきりと伝えた。すると、ハゲCは苦笑を浮かべ、それ以降質問しなくなった。え、何この空気。
ハゲBは異例な事態なため、即退学処分で良いのではと言う。ハゲてしまえ。
ハゲAは校則にある通り退学せざるおえないと言う。ハゲて…以下省略。
俺はほぼ完全に諦めていた。すると山本先生はハゲAに説得を試みた。数十分後、話がまとまり、退学は見送られたようだ。意外とあっさり決まってしまい違和感はあるが、山本先生は救世主だ。先生、ありがとうございますと思いながら、ハゲ達にお礼を述べ、校長室をあとにした。
「山本先生?」
廊下を歩く最中俺は山本先生に話しかけた。先生は尋ねられると同時に、鳩尾へ一撃を決める。
「ぐっ、鳩尾はやばいです」
「私は呆れたよ、入学早々校則を破るとは」
山本先生はため息をつく。無理はない。先生は6年間学校に務めているが、退学の話は初だったらしい。
「何言ってるんですか、入学して一ヶ月も過ぎてますよ」
「戯れ言を言うんじゃない」
「若い高校生からすると···」
話していると殺気を感じ、ふと先生を見ると、拳を握りしめており、即座に言葉を修正した。
「いや、何というか、迷惑をおかけしました」
辞書に新しく山本先生へのNGワードに若いという単語が記録された。
「迷惑をかけることは保護者として構わない。だが、反省はしろ」
「···はい」
山本先生が保護者と言っても実母という訳では無い、俺の父は三年前に他界した。母は大手会社に務めており、忙しい日々を過ごしている。中学の間、母と会話したのは数えられるほどの単語だけだ。そして去年、仕事の関係で海外へ行った。急な事だったらしく、かわりに保護者になったのが母の友達の山本先生だ。現在は先生の家でお世話になっている。
「でも、先生が起こしてくれても良かったと思いますが」
「まだ寝ぼけているのか?起こしに行ったではないか。一回ほど声をかけたぞ」
「一回声をかけるのが起こすということ何ですか?」
「まあ、良いではないか、結果オーライということで」
先生は私は悪くないだろという顔で睨んでくる。世間で夫より妻の方が権力がある理由がわかる気がする。
「早速だが君に試練を与えよう」
「···帰ります」
「ちょっと、待ちたまえ」
山本先生はそう言うなり、俺の手を引き、両腕で挟む。手首に柔らかい感触が伝わってくる。三十代だが、まだはりがあり、豊かな胸は意外と悪くない。
「な、な、なんですか」
「何を動揺している、まさかこの私に発情でもしたか?」
「何言ってるんですか、三十代のおば···」
左から無言の圧力が迫ってくる。先生の目が怖すぎる。目からビームとか出るんじゃねぇの。
「先生美人ですね」
「ほ、本題にはいるぞ」
先生は少し顔を赤らめる。先生ちょろすぎ。
「上原の退学処分は保留になった」
「保留ですか?」
「今日から一ヶ月間、毎日放課後にボランティア活動を行い、その様子で判断するということだ」
「なるほど、具体的には何をすればいいんですか?」
「この学校に目安箱があることは知っているな?その悩みを解決してくれ」
円欄高校の昇降口前には目安箱が設置されており、日々生徒の意見を取り入れている。禁止させれている内容は無く、先生を変えてほしいという内容も大丈夫だ。後で校長先生を変えてほしいと書いとこ。
「はぁ、」
「それでだ、そのために同好会を作ることになった」
「はぁ?いや、待ってくださいよ、同好会って、ボランティアするだけですよね?後、一人で同好会っておかしくないですか?」
「お前の意見は聞いてない」
会話をしているうちにある部屋についた。
校舎の隅にあり、授業では使われていない場所だ。入ると他の部屋と同様黒板はある。しかし、机や椅子は二つずつしか置かれてなかった。
「少し待っていろ」
と、先生は言うと、俺を部屋に残し何処かへいった。とても嫌な予感がする。···帰ろうかな。
数分後、扉が開かれると先生が入ってきた。その背後には、まるでアニメのヒロインかのような、金髪碧眼の美少女が入ってきた。俺は無意識にその彼女を凝視していた。
「同好会に参加する、嶋村稚春だ」
「···はぁ!?」
青春ラブコメとはヒロインが存在して成り立つものである。
結果、ヒロインが現れた俺の退屈な日常は青春ラブコメルートへと突入した。