TSした相棒への接し方に困るおっさん冒険者の話
一瞬の出来事だった。
ダンジョンの天井から突如襲い来る、異様な色合いのスライム。
突き飛ばされた俺の身体。
さっきまで俺の立っていた場所で、代わりに呑み込まれた相棒。
その瞬間は、半年以上経った今でもありありと思い出せる。
そして、俺をかばった相棒は……
「聞いてるのかぁ~、がりうすぅ。お~い」
銀髪の美少女エルフとなって、宿の部屋でへべれけに酔っ払っていた。
◇
剛剣ガリウスと疾風クラウド。俺たち二人はかなり名の知られた冒険者だった。
共に一流と呼ばれるA級冒険者であり、人間とエルフという珍しい組み合わせ、加えてたった二人だけのパーティだった為だ。だが、俺たちはそれで今まで戦い続けてきた。
支援魔法を受けた俺が大剣を振りかざして敵中に切り込み、崩れた相手にすかさずクラウドが弓と魔法を浴びせる。
互いに駆け出しだった頃に暫定的に決めたこの戦法は、いつしか俺たちの代名詞と言われるまでに磨き上げられていた。
そのお陰で、パーティを組み始めてから十五年。俺が三十二になるまで大過なくやってこられたのだ。
最初に出会った時と変わらない、少年のままな相棒が、「老けたね」と俺をからかう程の期間を。
だがその実績が、俺たちの油断を生んだ。
近隣のダンジョンで発生したスライムの討伐依頼。スライムは呑み込まれるとやっかいな魔物だが、知能は高くない。せいぜいが通路や洞窟の曲がり角に隠れている程度で、警戒していれば恐るるに足らない相手だ。
スライムなら幾度となく倒してきた俺たちは依頼を受け、洞窟状のダンジョンを魔法で照らしながら進む。光の魔法で照らされたダンジョンは明るく、通路の先まで見通せた。
警戒しながら進み、少し天井が低くなった部分を俺が通過したとき、突然天井の出っ張りが形を崩し俺の頭上に降りかかる。それが、擬態していたスライムだと気付いた時には、俺の身体は突き飛ばされ、クラウドがスライムに呑み込まれていた。
◇
「がりうすぅ」
ベッドに腰掛けていた俺の隣にぶかぶかの寝間着を着たクラウドが並んで座り、酔って朱が差した白い顔を近づけてくる。すると、ワインだけでなく、甘い香りも漂ってきた。
スライムからクラウドを助け出した時、その身体には変化が起こっていた。銀髪や青い瞳は変わらなかったが、その全身は一回り小さくなり、顔や体つきも美しい少女のものとなっていたのだ。その愛らしい顔を近づけられ、俺は思わず身を仰け反らしていた。
「うわっ、何だよっ」
「キミも飲めよぅ。ボク一人で飲むなんて寂しいじゃないか」
「酒臭いんだよ。おまえは!」
酒の香りを理由にして、両肩を掴んで引き離す。華奢な肩は俺の節くれ立った手にすっぽりと収まり、いやが応にもこいつが女の身体になった事を知らせてくる。
「悪いが禁酒中だ。おまえの事を解決するまではな」
こいつを呑み込んだスライムは、調べによると特異体と呼ばれるものだったらしい。岩などに擬態するだけでなく、捕食した相手の身体を変化させる事も出来たようだ。
俺をかばってこうなった。その相手に時たま浅ましい劣情を感じてしまう自分に罪悪感を抱く。しかも当の本人は長い付き合いの気安さから、こういった無防備な姿をさらしてくるから困りものだった。酔ってしまったら歯止めがきかなくなりそうなので、俺は暫く酒を口にしていない。
「つれないこと言うなよぉ。それに、今はクラウディアだよー」
「それは偽名だろうが……」
「なんだか気に入っちゃってねー」
そういってクラウドは胸元まで伸びた銀髪を揺らしながらけらけらと笑う。その様子ですら、今のこいつの姿では様になっていた。
◇
「酔い、醒めたか」
「うん」
その後、絡んでくるクラウドに無理矢理水を飲ませ、ようやく大人しくなった奴をベッドに放り込んだ。当然別のベッドだ。当初は部屋も分けようとしたのだが、倹約家のクラウドの反対に遭い同室となった。「男同士だろ」と言われてしまっては、頷かざるを得なかった。だがそんな生殺しの日々ももうすぐ終わる。
「いよいよ明日だ。変身薬があるダンジョンに潜るのは」
古の魔法使いが遺した工房。今や魔物が住み着いてダンジョン化しているそこに、望むままの姿になれる魔法薬があるという。古文書の情報であったが、最深部に到達した者の噂は聞かないため、残存している可能性は高かった。
「今まで苦労を掛けたな」
「気にしなくて、良いよ。ボクも、ありがとう」
布団の中から顔を出したクラウドが柔らかく微笑む。その表情が僅かに不安げに見え、俺は安心させるように言葉を付け加えた。
「もし今回のところで見つからなくても、必ず手立てを探してみせる。だから安心しろ」
「ふ、ふふ。そうだね。責任、取ってくれるっていってたものね……もし、見つからなかったら、ガリウスのお嫁さんにでもして貰おうかな」
「なっ」
爆弾発言に目を剥き、相棒の顔をまじまじと見る。そこに、にまにまとした口元を認めたとき、俺はからかわれていた事を悟った。
「明日は早いっ。寝るぞ!」
「はーい。お休みなさい」
蝋燭を消し、俺もクラウドに背を向けて布団をかぶる。日中探索の準備に走り回っていた為か、眠気はすぐに訪れた。眠りに入る前、何かクラウドが口にしていた気がしたが、その言葉を聞く前に俺は意識を失った。
◇
「本気――だよ」
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