筆頭の電子レンジ
私は電子レンジだ。この家に来て既に25年働いている。
結婚の結納返しとして、平成最初期に凡そ一家庭で使うであろう他の家電製品達と共に雇われた。
平凡、と言い切ることが出来る両家だったが揃えられた家電達は皆、当時の最先端といえるであろう権能を何かしら持っていた。一家の、文字通り「生活」を守る近衛兵になるのだと皆で誓いあった記憶は、未だに残っている。因みに私の誇りは『茶碗蒸し』のボタンだ。
購入から4年ほど経った頃に引っ越しがあり、それ以来この家で働き続けている。
当時は何時までも働ける、働いてみせる!と言う感情に溢れていたが、今では流石にそんな大それた事は言えない。もはや私はただの老 兵だ。
世の同族の平均寿命が10年だとテレビから聞いたこともある。
未だに働けること事態が幸運なのだ。実際、購入当時の戦友達は殆ど残っていない。
先程のテレビは20年を目前にして力尽きた。同期の数が半分になった時でもある。
テレビは、自分が映している薄型テレビの宣伝を見て恨めしそうに、「俺もスリムに生まれたかった・・・」などと晩年漏らしていた。芸術に携わる者は美的センスに過敏になるのだろうか?私は彼のブラウン管式の武骨な体が好きだった。勿論自分に似ていたからだ。
掃除機とオーブントースターは近衛の中では真っ先に散ってしまった。
どちらもとても勇猛で、性能も良かったのだが・・・
勇敢な兵程早く逝く、といったところか。
早世と言うなら洗濯機もだろう、それでも10年は戦い続けた。
純白で、結構高額なエリートだったはずだが「僕なんて大したこと無い」が口癖だった。
今いる洗濯機は既に15年以上になるが、今も元気に働いているのは彼が10年掛けて培ったノウハウのおかげだ。もし、我ら古参が全員散った際には次代のリーダーとなるだろう。
次に早世だったのは冷蔵庫だ。彼も真っ白だったため、白の家電は早世するなどという噂が流れエアコンと扇風機、そして自分は戦々恐々としていたこともある。もっとも未だに私が生きている為、そんな噂はとうの昔に霧散したが。
冷蔵庫は気のいい奴だったが失言も多かった。じつは何度か主達が寝静まった深更にボコられている所も目撃している。皆には内緒だぞ?
だが、後輩には優しかった為か昔を知らない者達は揃って「男気のある兄貴」というイメージで固まっているらしい。直属の後輩である二代目の冷蔵庫などは崇拝に至っている。
彼らの理想を壊すのもあれなので、彼を知る古参達は皆真実を教えてはいない。冷蔵庫も隠世で喜んでいることだろう。
エアコンは20年を越した後の最初の脱落者だ。彼の場合は事故といえる、未だに同情を禁じ得ない。
物に厳しい家長が室外機の故障をエアコンの故障と誤認したのが原因だった。
彼自身は「夏だけとは言え、20年以上働いて俺っちも疲れちまった、先に逝くよ」と軽く語っていたが、白の噂の時に一番怯えていたのはエアコンだった。もはや半分もいない昔の仲間たちを不安にさせまいと気丈に振る舞っていたのか、20年の時を経て達観したのか、今となってはもうわからない。
因みに彼の後釜は清々しいほどに傲慢だった。挙句先代のエアコンを「役立たずの型落ち」等と聞くに堪えない暴言まで口走った為、炊飯器を先頭に古参全員でボコボコにした。私も勿論ボコった。今では傲慢さはなりを潜めている。極端なやつだ。
逆に古参と言われると・・・今では私がそう呼ばれている。「近衛」を誓い合った仲間は既にアイロンと扇風機だけだ。
扇風機は夏だけ、アイロンも週一度しか仕事がない為、必然的に私がこの家の家電達の筆頭という立場に収まってしまっている。
しかし私の中での筆頭は炊飯器だ。いや、古参全員が口を揃えて言うだろう。
全身が薄いピンクの・・・多分彼女、なのだろう。私と共に食卓の温物を司る双璧だった彼女は自身のことを「か弱い」と語っていたが、冷蔵庫や二代目のエアコンに先頭をきって突っ込む姿はまさしく『きっぷの良い姉御肌の美人』だった。悪口では無いのだ、これくらいは許してくれるだろう。
逆に彼女を一番怒らせたのは件の冷蔵庫だ。あろうことかピンク色の事を「ブタ色」呼ばわりしたのだ。あの時、世界の時間は一瞬止まったのではないだろうか?
あの事件の折は皆でこの世の終わりを嘆いたものである。他の仲間は翌日何もなかったかの様に振る舞う彼女に安心していたが・・・私は知っている。
丑三つ時に私の知る中で最大級の制裁が行われたのだ。
どう考えても悪いのは冷蔵庫だった為口を挟まず推移を見守ったが、あの時の光景を私は生涯忘れることは無いだろう。もしかしたら冷蔵庫が早世した要因の一つかもしれない。
そんな彼女とは昔、今生の別れを済ませた。まだテレビが生きていた頃だろう。
私の権能の一つ、内部を照らすライトが壊れたのだ。
御役御免を覚悟していた私の願いに、彼女は快く付き合ってくれたがその表情には寂しさが含まれていた。
結果から言えば私は筆頭の立場となっている通り未だに現役だ。
あの時の私は幸運だった。子息の一人が、「電子レンジの中を見ることって、そんなにあるの?」と弁護してくれたのだ。その一言で買い替えの話は立ち消えになった。
その日の夜中は皆で騒ぎに騒いだものだ。テレビが映してくれたものを見て、私もはしゃいでI'll Be Backと連呼していた。今思い返すと少し恥ずかしい。
炊飯器も感極まったのか「今生の別れなんてもう二度とやらないんだからね!ずっと私の側に居てよ?」と声を掛けてくれた。弱気になっていた自分を恥じるとともに、彼女に認められた事に自分はあの時喜びを感じた。彼女が認めるなど、滅多に無いことだ。
そんな彼女との別れは2年前だった。最後まで気丈に振る舞っていた彼女だったが「今生の別れは前に済ましたからね、先に行ってるわ。・・・遅くはなってもいいから、ちゃんと追いかけて来てよね?」と誰もいない時に声を掛けられた。勿論、その時が来たら向かうとも。私だけ仲間はずれなんてのはごめんだよ、と返したら彼女は少し嬉しそうな顔をした後、「約束よ?またいつか、昔みたいに皆で騒ぎましょ!」と微笑んでくれた。
因みに、後釜の炊飯器はダメダメだった。またあの家長が、値段だけで選んだらしい。
言うならば、近衛兵の後任に雑兵を選んだようなものだ。半年程で予備役入りとなり、今では妻と子息が選んだ3代目が働いている。
それから先の、今に至るまでの2年間の間、双璧として・相棒として頼りにしていた彼女の喪失は少なからず私に影響を与えていたらしい。扇風機とアイロン曰く、昔の様な覇気を感じられないとのことだった。
そして、ついに「その時」が来る。
私の権能の根幹、温め機能に障害が発生したのだ。
全てが機能を停止した訳ではない。しかし温める時間が長くなったり温めきれない事が起きたりと、致命傷であることは明らかだった。前の様な幸運はもう無いだろう。
最後を悟った私は扇風機とアイロンを連名の筆頭に任命する。もう君たちしかいないのだ、協力して頑張っていって欲しい。
2、3日もすると主達も異変に気がついたようだ。買い替えの話が進んでいく。
それから更に二、三日が経った頃、前に私を救った子息が状態を確かめる様に私の権能を使った。
「やっぱりだめかな・・・」コンビニで買ってきたのであろうラーメンは、規定の時間温めたにも関わらず湯気をあげていない。せいぜいぬるくなっただけだろう。
私はすでに覚悟を決めている。今度こそ炊飯器の様に気丈に振る舞うのだ。いや寧ろ、私にもう一度働く機会を与えてくれたこの子息に最後を告げてもらえるのなら幸せと言えるだろう。子息はもう一度温めを使ってラーメンを食事に適した温度に変えようとしている。
多分最後の機会だ。勝どきをあげるなら今しかない。
・・・ここまで私を大事にしてくれた子息に伝えるのだ!私は、期待された仕事を成し遂げたのだと!
ピピピピッ!ピピピピッ!ピピピピッ!
あぁ、やり遂げた。最早心残りは何もない。達成感に酔いしれながら私は最後の言葉を待つ。
子息はしっかりと湯気が出ているラーメンを一口食し・・・一人呟く。
「勿体無い・・・修理、出来ないかな」
その言葉に私は衝撃を受けた。
何故、まだ庇うのか?どうして、私にそこまで拘るのか?
家長も疑問に感じたらしく、新しいものを買った方が安くて性能もいい、といった話をしている。
その通りだ、こんな老兵よりも今の新しい電子レンジの方が美味しく温められるはずである。
だが、子息の答えは至極簡単だった。
「親父は前にエアコンと炊飯器で失敗してるんだから黙ってて!俺はアイロンも扇風機も使ってない、生まれたときから残っているのは、もうこの電子レンジだけなんだ!大切にして何が悪い!」
四半世紀を超えたにも係わらず、初めての感情が込み上げてくる。
・・・思えば、子息が成人するまで冷たい食事を温めて来たのは私だ。
育てたなどという烏滸がましい感情など持ってはいない。
私はただ調理された食事を温めただけだ。
だが・・・
私が温めた食事を食べていた子息が私を庇っているというこの現状に、私はよくわからない感情で包まれた。
翌日、子息は暗い顔で私の権能、時間設定のない温めを使う。
扇風機が子息のスマートフォンから聞いた話によれば、私の型番をインターネットで検索したらしい。その結果、当てはまる結果は一つも無かったようだ。
子息の暗い顔はその為だろう、そんな顔を私は見たくない。
結論が一日伸びただけでも御の字である。子息には感謝しか無い。・・・新しい感情さえ、子息は教えてくれたのだ。
私は気合を入れて権能を作動させる。昨日で最後だと思っていた。もう一度、勝どきをあげよう。別れの凱歌を。
そんなことを思っていた瞬間、無情にも私の権能が切れて告知音が流れる。
想定よりもかなり早い、気持ちのこもっていない勝どきに私は項垂れた。最後の最後で、神は私を見放したのか・・・、いや、寧ろここまで幸運に恵まれ続けた私には当然の帰結か・・・。
「あれ?熱いし・・・治ってる?」
そんな子息の言葉に私は瞠目する。
確かに昨日と同じコンビニのラーメンは、一度の温めでしっかりと湯気をあげていた。
「・・・修理は、出来るかどうか分からない。けど、それまでもう少し頑張ってくれないかな」
そう言って、子息は私を少し撫でる。
後悔は、あっという間に吹き飛んだ。
「彼」が望んでくれたのだ。他に何が必要だろうか。
-------------------------------------
私は電子レンジだ。この家の、家電の筆頭を努めている。
我が権能は科学の業火、全ての食材は我が権能にてホッカホカにならねば主の食卓に並ぶことを許されぬと知るが良い!
気合を入れて、私は今日も仕事を続ける。
・・・みんな、すまんな。私がそちらに行くのは、もう少し先になりそうだ・・・