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叶恵さまって友だちいねーの? 後編

「そもそも、なんで友だちいるかなんて聞いたの?」


もっともな渡会の意見に、首の後ろに手を当てる。


大学四年生の夏休み。

授業もないというのに、飽きずにこの四人で大学に集まってはダラダラと過ごしている。

卒論に大物を出す予定の生徒は大学の機材を使うために通っていたりもするが、この四人の中に卒論に命をかけているような奴はいなかった。

その情熱は、すべて去年の夏にかけたから。


つまり、野本たちは用もないのに大学に来ていた。

どこかに遊びに行くという選択肢は、大学の試写室を自由に使えるという魅力には負ける。

もちろん、バイトにも精を出しているので毎日のことではないが、それでも週に三日は互いの顔を見ていた。


これだけ、一緒に遊んでいるのだ。

このメンバーが友だちでないということはあり得ない。


と野本だって思っている。

だからこそ気軽に「(俺たちの他に)友だちいねーの?」と聞いた。

傷つけることになるなんて、思いもしなかった。


「野本くんは違う学科だから知らないかもしれないけど、かなちゃんは友だち多いほうだと思う」

「あー、うん」


責める色が少しもない小夜の声。

かえって相手を反省させる効果をもたらすなんて、本人は気づいてもいないだろう。

野本は肩身が狭い心地がした。


「別に俺も叶恵にひとりも友だちがいないとか思ってたわけじゃなくってさ」


ならどうして、と渡会と小夜の顔に同時に「?」が浮かぶ。

一緒にいる時間が長いと夫婦は似てくると言うが、このふたりもそろそろその域に到達しそうだ。


「学内で見かける時とか、外で遊ぶ時とか、なんかこのメンバーといる時と顔が違うっていうか」

「野本、水城さんと外で遊ぶんだ?」

「言っとくけど、ふたりじゃねーぞ。コスプレ仲間と写真撮るからカメラやれって呼ばれたんだよ。カメラなら渡会がオススメだっつったんだけどな」

「本人の知らないところでオススメしないでもらえる?」

「選ばれなかったんだからいいだろ」

「それで、野本くんはその時かなちゃんと遊んだってことだよね?」


小夜は難事件に取りかかる探偵みたいな顔をしていた。


「まあ、昼飯奢ってくれるって言うし」

「その時にかなちゃんと一緒にいたお友だちとの様子を言ってるってこと?」

「それだけじゃないけど、あの時もいつもとはちょっと違ってたかなー」

「写真撮ってたからじゃなくて? 人ってカメラ向けられると大概は顔作るよ」


盗み撮りをしている奴が言うと、妙に説得力がある。


「それもあるかもだけど、そういうんじゃなくて……」


どう説明したものか、言葉に詰まった。


このメンバーの中にいる時の叶恵は無防備で、ちょっと雑だ。

他の奴といる時の叶恵は隙がなくて、丁寧だ。


どっちがいいかは人によるとは思うけれど、野本は隙がなく丁寧な叶恵を見かけると眉間にしわを寄せてしまう。

悪いと言うつもりはない。

誰にだって、相手によって自分を見せる範囲というのは変わってくるものだ。

でも叶恵の場合はその振り幅が大きすぎる気がする。


本人がいいならいい。

でも、たまたま、本当に偶然、こっそり溜息をついているところなんて見てしまったものだから。


ちゃんと息吸えてるか?

俺たちといない時でも。


「あ、そうか……。それが聞きたかったのかも」


色んな友だちがいていい。

でも、叶恵が楽しくないなら無理をする必要はない。


たぶん、自分はそれを言ってやりたかったのだと思う。


「結論出た?」


見透かしたような顔で渡会が聞く。

これだから、頭の回転が速い奴は苦手だ。


「あー……」


返事をしあぐねていると、


「わかりました」


厳かとも言える声で小夜が言った。


「野本くんは、かなちゃんのことをよく見ているね」


そのうれしそうな顔と言ったら。

小夜の隣に座っている渡会が、吹き出しそうになって慌てて口元を手で覆っている。

笑ってないでフォローに回れ。


「小夜ちゃん、ちょっと勘違いしてない?」

「してないよ。野本くんはかなちゃんが他の人といるところを見て、もやもや〜っとしたってことだよね?」

「いやそう言われると合ってるけど、根本的に話の種類が違う気が……」

「小夜さん、ちょっと落ち着いて。野本が言いたいのはそういうことじゃなくて」


ようやく笑いを引っ込めた渡会がフォローに入る。

これで軌道修正されるだろうと思ったのだが、


「そもそも水城さんに友だちがいるかどうか聞いたってことは、野本は自分がその中に入ってるのかを知りたかったんじゃないのかな?」

「おい待て」


また大きく間違った方向に舵を取られ真顔で突っ込んだ。

取ってつけたような渡会の表情から、わざと方向性を間違えているのは明らかだ。

大方、明日の小夜との逢瀬を邪魔されたことへの腹いせだろう。


「こんだけつるんでるのに友だちじゃないことなんて……」


言いかけて、言葉に詰まった。


──叶恵と自分は、友だちだろうか?


三年生の夏にペアを組んで映画を制作した。

同じ授業があれば隣に座ることもある。

休みの予定が合う時は一緒に出かけたりもする。


端から見たら立派な友だちだろう。

けれど、何かしっくり来ない。


小夜の言う通り、他の誰かと叶恵がいるのを見ると気になった。

その表情の違いに、なんでもっとリラックスできる相手とつるまないのかと苛立ちさえした。

そんなに表情を作らなければならない相手といるくらいなら、自分たちと、俺といればいいのに、と。


「あー……」


思わず、頭を抱え込んだ。

妙な方向に飛ばされた話から、違うものが出てきてしまった。

まったく、思ってもみなかった感情が。


「え、野本? ちょっとどうしたの?」

「流空くん、そっとしておこう」

「あ、もしかして……そういう?」

「うん、きっと」


テーブルの向こう側で交わされる会話が、妙にあたたかい口調なのが腹立たしい。

よりにもよって、このふたりの前で気づくなんて。


いつまでも顔を伏せているわけにもいかないので、覚悟を決めて顔を上げる。


「言っとくけど──」


余計なことは言うなよ、と続けようとした言葉は、あまりにも幸せそうなふたりの顔を見てどこかに消えてしまった。


「よかったね」

「おめでとう」


それぞれから贈られた言葉に、思わず笑った。


まだ、何も始まっていない。

これから上手くいくかもわからない。

やっと自分の気持ちに気づいたところだというのに、その言葉は早すぎる。


けれどたぶん、このふたりからすると当たり前なのだろう。


好きな人がいる。

好きな人ができた。


そのこと自体が幸せでたまらないふたりだからこその、祝福の言葉。


ホントに、おめでたいカップルだ。

一緒にいると、こっちまでその熱に当てられる。


「礼は言わないからな」

「期待してないよ」

「あと、」


熱を持った頬を冷まそうと、野本はアイスコーヒーを煽ってから口を開いた。


「ふたりは明日、来なくていいぞ」


渡会と小夜はきょとんと顔を見合わせてから、やっぱり自分たちのほうがいいことがあったみたいにうれしそうに笑った。

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