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叶恵さまって友だちいねーの? 前編

「叶恵さまって友だちいねーの?」


悪気があって聞いたわけじゃない。

野本だって、本当に誰ひとり叶恵に友だちがいないだろうとは思っていない。

ただちょっと聞いてみたかった。

そんな軽い気持ちで聞いたに過ぎない。


しかし数秒の間のあと、叶恵はその顔を憤怒に染めた。


「は……ぁああ? いますけど。友だちなら、すっごくいますけど」


前のめり、それでいて喧嘩腰。

腰に手を当て、九十度近く前傾した姿勢で、叶恵は思い切りメンチを切ってきた。

肩が出るほど大きく開いたトップスの胸元が開き、中に着ているレースのタンクトップみたいなものが見えている。

いくら夏とは言え、少しはしゃぎ過ぎではないだろうか。

見えても平気な服なのだろうが、目のやり場に困った。


「いるんならそんな切れるなよ。ちょっと聞いただけだろ」

「あ・ん・た・が! 失礼なこと聞くからでしょ」

「失礼か?」


視線を逸らすため、横に座っている渡会に問いかける。

渡会はこっちに振るな、という迷惑顔をしていた。

出会った当初は随分とポーカーフェイスな奴だと思っていたが、最近その仮面がポロポロと気持ちいいくらいに剥がれている。


「失礼かどうかはわからないけど、あんまりしない質問だとは思うよ」


当たり障りのない渡会の返答に叶恵はやや不満そうではあったが、文句を言うほどではなかった。

それに、渡会はほっと胸を撫で下ろしている。

この色男でも、女の反応を気にするのは意外だった。

と思ったが、渡会の視線は正面の叶恵ではなくすぐ横に座っている小夜に向けられている。

道理で気を遣っているわけだ。

誰だって、好きな女の友だちに嫌われたくない。


「そういうもんか? まー、しちゃマズい質問だったんなら謝るけど」

「それのどこが謝ってる態度なのよ!」

「いるんなら、いるよーって返事すれば済むだけの話じゃん。ムキになんなよ」

「…………」


言ってしまってからヤバいと思ったところでもう遅い。

叶恵の目が、完全に据わっていた。


「いいわよ。そんなに言うなら証拠、見せてあげる」

「えー……? や、別にそこまでしてもらわなくてもいいっていうか……」

「明日、今日と同じ時間にここに集合。それで渡会もいいわよね?」

「あ、僕も?」

「文句あるの?」


じろ、と睨まれて渡会は「ないけど」と困ったように笑う。


巻き込まれちゃったね。どうしようか?

私は付き合おうと思ってる。

それじゃあ、僕もそうしようかな。


渡会と小夜の間で交わされた視線の意味は、おおよそこんな感じだっただろう。

毒気を抜かれるというか、つられて微笑んでしまうというか。

このふたりを見ていると、恋愛体質ではない野本すら、恋愛もいいものかもしれないと思わされる時がある。


小さなことで言い争いをしていることが馬鹿らしくなり、休戦を申し込もうとすら思ったのだが、同じ光景を見ているはずの叶恵にはなんの効果もなかったらしい。

ふたりから叶恵へと視線を戻そうとして、その目つきの鋭さにそのまま叶恵をスルーして遠くを見つめてしまう。


一度始めた戦いは、勝負がつくまで決してやめない。

たとえ、自分が完全なる敗北をするとしても。


それが、叶恵だ。


映像表現実習の課題で、叶恵と撮りたい物を協議した時のことを思い出して鳥肌が立った。

これは、ちょっとやそっとの理由では納得してもらえないに違いない。

まずいことになったなと思っている間に、叶恵は視線を和らげて小夜に話しかけた。


「明日、渡会と約束してたよね? 小夜っちまで付き合わせちゃってごめんね」

「ううん。そんなことないよ」


小夜に気を遣っている様子だけ見ても、友だちがいないはずがないことくらいすぐわかる。

第一、ここにいるメンバーは友だちじゃないのか。

「友だちならいるわよ、ここに!」というひと言で何故すませない?


野本は自分がまいた種だということを棚に上げ、首を傾げた。


「野本、遅れずに来なさいよ! 来なかったら突き落とすからね!」


どこに、とは聞けないまま、叶恵の怒りに燃える背を見送る。

こんな大事にするつもりなんてなかったのに、と溜息が漏れた。


「早めに謝ったほうがいいんじゃない?」


叶恵がいなくなってから、渡会が嗜めるような口調で言った。


「謝るって何を。謝んなきゃいけないようなことしたか?」

「結果的に水城さんを傷つけたんだから、謝るようなことだったんじゃないかなあ」

「傷ついてた顔か? あれが」


怒らせた自覚はあるが、傷つけた気はない。

ムキになっていた叶恵の顔を思い出し、たぶん、と心の中で付け加えた。


頭の中で怒り出すまでの叶恵の様子を思い出そうとして、再生されたその映像にドキリとする。


見逃してしまうほどのほんの一瞬、くしゃりと顔を歪めていた。

あれこそ、傷ついたというサインだったのかもしれない。


何より、渡会が息を吸うように気づいていたことに、自分が反芻しないと気づけなかったことが悔しかった。

どうしてだかは、わからないけれど。

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