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Dear Riku 01

 BGMも、照明設定も編集も何もされていないテープの中で、小夜が聞く。


『第一問。エトワールのお腹の中には、何がある?』


 内緒話をひっそりと打ち明けるような笑顔の理由を、流空は知っている。


 エトワールは流空のバイト先によく来る黒猫のことだ。

 まんまると太っていて、愛想がいい。

 来る度に槇に餌をもらえるものだから、カフェの裏口にそのまま住んでしまいそうな勢いすらある。


 流空が初めてエトワールに出会ったのは、大学一年生の時。

 バイトを始めて一週間もしない頃のことだった。

 裏口からゴミを捨てに行こうとしたところ、ぼてぼてと歩いて来たエトワールに頭突きをされたのが出会いだ。

 それが猫特有の甘えた仕草だと知るまでは、なんて喧嘩腰の猫なのだと半ば本気で思っていた。


 エトワールは擦り寄った相手が槇でないことに気づくと、一瞬考えるように流空を見上げた。

 けれどさして問題ではないと思ったのか、まあこいつでもいいか思ったのか、どでん、と腹を上に向けて寝転んだ。


 さあ、ご飯を出したまえ。

 この見事な腹を撫でたければ。


 エトワールにしてみればそんな用件だったのだろうけど、人生の中で猫と暮らしたこともなければ、野良猫と触れ合うこともなかった流空には、エトワールの腹はでかすぎた。

 どうしたらいいものかわからず、とにかく腹を冷やしてはいけないと流空は慌ててエトワールを膝の上に抱き込んで座った。

 身体を丸め、全身で温めるようにしているところに、マスターがひょいと顔を出した。


「何してるの、渡会くん。それ、あっためても孵らないよ?」


 呆れたようにマスターに聞かれ、流空はエトワールを抱えたまま大きく頭を下げた。

 腕の中で潰された形のエトワールが、文句を言うように鳴く。


「バイトが終わるまで、店のスタッフルームに入れてやってください。終わったら、僕が責任を持って家に連れて帰りますから」

「そんなに猫好きだったの?」

「いえ、正直抱き方もわからないくらい接点はありません」

「じゃあ、どうして」

「こんなお腹で野宿だなんて、生まれてくる仔猫が不憫です」


 裏口のドアを開けて様子を窺っていた他のスタッフたちが、一斉に吹き出した。

 それはそうだろう。


 エトワールはオスで、妊娠なんてするはずがない。


「それ、人間の女の人にだけは言わないようにね」


 マスターの妙にリアルなアドバイスを持って、このエピソードは幕を閉じる。

 小夜にこの話をしたら、お腹を抱えて笑われた。


 でもわかる。

 エトワールのお腹、すっごくまんまるだもんね。


 と同意をしたくせに涙を浮かべるくらい、笑った。


 きっと、エトワールのお腹の中は、カフェのみんなや流空くんの愛がいっぱい詰まってるんだよ。

 それをがっちり離さないから、あんなにぽんぽんなんだね。


 流空の勘違いも恥ずかしいものではあるが、小夜のそのメルヘンチックな考えもどうなのだと実は思っていたが言わなかった。



 エトワールのお腹の中には、愛が詰まっている。



 小夜がそうだと言うのなら、きっとそうなのだろう。


『エトワール、元気にしてるかな?』


 画面の中の小夜が、少しだけさびしげに笑った。


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