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きみを殺すための5つのテスト  作者: 狐塚冬里
第五章 大好きだから、さよなら
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第十一話 こんにちは、流空くん

 翌日、小夜の手術予定よりも一時間早く病院を訪れた流空を出迎えたのは、小夜の母親だった。


「おはようございます。あの、小夜さんは……?」


 覗いた病室の中は空で、鳥が巣立ったあとみたいな毛布が見える。


「ついさっき、手術室に向かったわ」

「でも、まだ時間が……」


 そう言いながら、小夜にわざと違う時間を教えられたのだと気づいた。


 あれが最後だったのだと知っていたら、眠る小夜の手を離して帰ったりしなかったのに。


 主のいなくなった巣を見つめ、唇を引き結ぶ。

 小夜の母は静かに首を横に振ってから、小さな箱を流空へと差し出した。

 それは、海賊の宝箱みたいな無骨な箱で、真ん中に鍵穴がついている。


「小夜から、これをあなたに渡すように言われているの。渡せばわかるからって」


 想像していた物よりもずっと男の子っぽい宝箱。

 ある意味、小夜らしい。


 小夜の母も中身が気になっているのだろう。

 流空に渡しはしたものの、視線をなかなか外そうとはしなかった。

 けれど、見せてあげるわけにはいかない。


 流空が恭しく宝箱を受け取ると、ようやく諦めたように視線を外した。


「あとこれも」


 差し出された便箋は封をされておらず、中には便箋が一枚と何枚かのメモリカードが入っていた。


『手術が終わるまでの間、暇でしょう? これを観て待ってて!』


 少し丸みがあるけれど読みやすい、小夜の字だ。

 メモリカードにも同じ筆跡で、『Dear Riku』と小さく書かれていた。

 そのあとに零から始まり、一、二、とナンバリングされている。

 観る順番を示しているのだろう。


「……手術が終わったら、教えてもらえませんか?」

「ええ、もちろん」


 電話番号を伝え、流空は病室をあとにした。




 ひとりきりの部屋に帰り、学校の課題くらいでしか使わないノートパソコンをリビングのテーブルの上に置いた。

 電源ボタンを押しても画面がつかなくて、充電切れに気づいて急いでコンセントを繫ぐ。

 パソコンが使えるようになるまで少し時間がかかりそうだったので、その間に小夜から渡された宝箱を開けてみることにした。


 先に渡されていた鍵を差し込むと、軽い手応えで鍵が開く。

 中には、思ったよりもたくさんのメモリカードが入っていた。


 小夜はここにあるのは流空を映したものだけだと言っていた。

 一部でこの量。

 四六時中ビデオを回すと、こんな量になるのか。


 五年分の記憶は、一体どれだけの量になっているのだろう。

 想像もつかない。


 こっちのメモリカードにはタイトルのようなものはなく、日付だけがシンプルに書き込まれていた。

 試しに手にした一枚は六月の日付で、何をしていた日かすぐには思い出せない。


 一番古い日付はいつなのだろうと漁っていると、底に何か紙があることに気づいた。

 引っ張り出してみるとレポート用紙を折りたたんだもののようだ。


『視聴厳禁! 流空くんはこっちじゃなくて暇つぶし用を観ましょう!』


 流空が先に宝箱を漁ることなんて先刻お見通しで、レポート用紙いっぱいに小夜の字が広がっている。


 駄目だと言われると俄然見たくなってしまうものだが、パソコンの充電もできたようなのでおとなしく『暇つぶし用』と言われたメモリカードの中身から確認することにした。


 メモリカードの中身を再生すると、画面を覗き込むようにしていた人の影が映り込む。


 小夜だ。

 小夜は、流空が見たことのない部屋で、この画像を撮っていた。


 おそらくは自分の部屋だろう。

 白い壁に、明るいグリーンのソファ、画面の端にぬいぐるみの耳のようなものがほんの少しだけ映り込んでいた。


 これは流空に向けた、小夜からのビデオメッセージだ。


 画面の中の小夜は少し緊張した面持ちをしている。

 撮られることが苦手なのに、自分で自分を撮っているのだからそれもそうだろう。


『こんにちは、流空くん』


 ぎこちない挨拶を向けられ、小夜さんだなあと意味のない感慨を覚える。


『まず、はじめに私がお願いした宝箱にはすぐに鍵をかけてね』


 さあ早く、と急かされ、意味もわからずひとまず言われた通りに鍵を閉めた。


『いい? こうしておかないときっと、見ちゃうでしょ。だけど、そっちのメモリカードは見るためのものじゃないから、その時が来るまでは封印しておいてください』


 なるほど、そういうことか。


 確かに鍵を開けたままだと、このメモリカードを抜いたあとに見てしまいそうではあった。


『次に……なんだっけ』


 台本作っておけばよかったな、とメモ帳を出している様子が微笑ましくて、口元が勝手に緩んだ。


『そうそう。このメッセージは、決心をつけられないでいる流空くんのためのものなので、もし流空くんが宝箱の中身を約束通り処分できそうなら、この先は見る必要はありません。むしろ、見られるとちょっと恥ずかしいから、ここでビデオを止めてね』


 ビデオの中の小夜が言う通り、流空はその宝箱を持て余していた。

 手術の結果次第で捨てなければいけないものだけれど、中身が小夜の撮ったビデオだと知っているだけに、簡単には捨てられそうにない。


 小夜はそれをはじめから見越して、このビデオメッセージを残していた。


「全部お見通しだね、小夜さん」


 小さく溜息が漏れる。

 処分できそうにないので、おとなしくビデオの続きを見た。


『さて、続きを見てるってことは、そこにいる流空くんは私の知ってる泣き虫な流空くんだ』


 泣くのは小夜さんの前でだけだよ。


 俯きそうになる流空を励ますように、小夜は明るい口調で続ける。


『このビデオを見ることで、流空くんの決心がつくようにしてあるの』


 背中を押すサポートまで用意してあるなんて、本当に用意がいい。


 一体いつから、このビデオを準備していたの?


 映像の中の小夜と心の中で会話をする。


『メモリカードはこの他に五枚あります。その一枚ずつに、私にしか答えられない質問を入れてあるから、それを手術が終わったあとの私に投げかけてみて』



 そうか、これはテストだ。



 本人にしかわからないテストをし、不正解を出すと偽物だと判断を下す。

 そういうテスト。


 受ける側の小夜は何も知らない、一方的なテスト。


『答えもちゃんと用意してあるから大丈夫。不正解だったら、やっぱり……そこには私はいないんだと思う』


 記憶と心は、違うものだ。


 流空はそう思うけれど、小夜はそうは思わない。

 小夜の中に流空の知っている小夜がいないことは、違う小夜になってしまったということ。

 だからその時は……。


『五問すべての質問が終わったら、覚悟を決めて。流空くんはこの五ヶ月と一緒に、私にもさよならをしなくちゃ』


 ビデオの中の小夜は、笑っていた。


『私を待ったりしないで。帰って来るんじゃないかって、待ちぼうけをさせるなんていやだよ。きみはさみしがり屋だから、きっと泣いてしまう。泣かせたく、ないんだよ。すべての質問が終わったら、必ず、さよならをしてください。大丈夫。前を向いてさえいれば、流空くんのこと見つけてくれる人がきっと現れるよ。私が……保証する。──ちょっと悔しいけど、未来はその人に譲ります』


 ああ、と溜息にも近い声が漏れた。


 記憶を失くしたら、流空のことを覚えていなかったら、その小夜とは一緒にいられない。


 そんな約束をさせるきみはなんて酷い人だろうと、思っていた。

 でも、違った。


 やっぱり小夜は、人のことばかりだ。


 流空のことを忘れてしまった小夜と一緒にいたら、必ず流空は傷つく。

 小夜の中に自分がいないことを、ふたりで話した何気ない会話を、約束を失っていることを、悲しんでしまう。

 だけど、側にいたら自分から離れる決心なんてきっとできなかった。



 この約束は、流空のためのものだ。



『大好きだから、さよならを言わせて』



 ビデオはここで終わっていた。

 見始めた時のような高揚感はすでにない。

 流空はぼんやりしたまま、質問が入っているという一枚目のメモリカードと入れ替えた。



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