第五話 来年の誕生日は、予約してもいい?
小夜とのデートは、週五日から、二日、一日へと一気に目減りした。
それも小夜の健康のためと思えば、辛いことはない。
さみしいことはさみしいけれど、代わりのように小夜は写真を撮らせてくれた。
「小夜さん」
流空が呼ぶと、カメラを構えているとわかっていても小夜は振り返る。
長い髪が、風に揺れて舞い落ちていくのを見るのが好きだ。
小夜が白い服を好んで着ることもあって、黒髪がよく映える。
小夜の家と流空の家の中間が大学ということもあって、誰もいない構内でもデートをした。
誰もいないから、堂々と手を繫いで歩いても小夜ははにかむだけで逃げようとはしない。
小夜の体温は流空よりも高く、手を繫ぐと夏には暑いくらいだった。
けれどその体温が心地よくて、つい手を伸ばす。
「小夜さん、ちょっとカメラ下ろして?」
大学の中庭にある噴水の前で、小夜は流空に向かってビデオカメラを構えていた。
互いに互いを撮ろうとしているのだから、端から見たらやっていられないような光景に映ったことだろう。
「仕方ないなー」
お姉さんぶった口調で言って、小夜はファインダーから目を離す。
けれどビデオは録画のまま動かしているのを、流空は知っている。
流空に頭の怪我の話をしてから、小夜はまた、ビデオカメラを頻繁に回すようになった。
もしかしたら、これまで以上に。
一度は頻度が下がっていただけに、その意味が少し気になっていた。
けれど、聞かない。
聞けない。
お願いだから聞かないでと、小夜の瞳が言っていたから。
レンズ越しに小夜を見ると、小夜が笑った。
花が開くみたいな明るい笑顔は眩しくて、シャッターを切るのも忘れて見入ってしまう。
おかげで、まだ正面から捉えた小夜の笑顔を一枚もきちんと撮れた試しがなかった。
「流空くん」
噴水に、サンダルを脱いだ足をほんの少しつけながら、小夜が呼んだ。
水遊びをしている姿がかわいくて、シャッターを切りながら「なに?」と問い返す。
小夜は流空に横顔を向けたまま、口を開いた。
「来週ね、家族旅行に行かなくちゃいけなくなったの」
驚いた拍子に、シャッターを切る。
カメラから顔を上げると、小夜も揺れる瞳で流空を見た。
「でも来週って」
来週には、小夜の誕生日がやってくる。
その日は、アイスケーキを買って野本と水城も呼んで、四人で大学にこっそり忍び込もうと計画していた。
「急に決まっちゃって……。家族行事だから、断れない。ごめんなさい」
小夜からリクエストされたプレゼントだって、もう用意してある。
段取りだって考えて、本人よりもむしろ流空のほうが楽しみにしているくらいだった。
けれど、潔く頭を下げられては、それ以上食い下がりようもない。
流空には家族行事というものがどの程度の強制力を持つものかはわからないが、きっと仲の良い家族にとっては大切なものなのだろう。
それを邪魔するほど、流空も我侭ではないつもりだ。
小夜は、流空だけのものではない。
「仕方ないね。残念だけど、アイスケーキは小夜さんが帰ってきてから食べよう」
「……うん」
小夜の視線が、迷子になったように震えて落ちた。
誕生日にした約束。
それをきっと、自分の中に見つけられないのだろう。
どうしてそんな症状が出るのか、わからない。
けれど治療をすれば大丈夫だと言う小夜の言葉を、流空は信じている。
その治療がいつ終わるのか聞けずにいるけれど、信じている。
「来年の誕生日は、予約してもいい?」
今年の誕生日は一緒に過ごせない。
それなら、来年の話をしたかった。
目の前のことより、少し先のことを、約束しておきたかった。
「ふたりで、星がきれいなところに旅行に行こう。どうかな?」
小夜が教えてくれた、空の美しさを写真に収めたい。
もちろん、小夜も一緒に。
今年は家族に譲ってあげる。
けど来年は、僕と過ごしてほしい。
我侭な流空の申し出に、小夜は迷子みたいな顔を隠すようにビデオのファインダーを覗き込む。
「来年までに貯金しないとだね。星がきれいなところってどこかな? 沖縄?」
「沖縄は海もきれいだからいいね。島のほうに行ったら、きっと星もたくさん見えるよ」
「楽しみだなあ。来年は沖縄かー……」
ビデオを回しながら、小夜が小さく吐息をつく。
「……きっとすぐだよ、来年なんて」
小夜さん、気づいてる?
楽しみだと言いながら、きみは僕に約束はしていない。




