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きみを殺すための5つのテスト  作者: 狐塚冬里
第一章 始まらないドラマ
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第三話 これではまるで、隠し撮りだ

 呆気に取られている間に、鷲尾小夜はさっさと前の席に座ると、流空の存在など忘れたかのように授業の準備に取りかかる。

 気のせいでなければ、小夜の眉間には微かにしわが寄っていた。

 眦も、わずかに上がっていたような気がする。

 そして何より、声に強い拒絶が含まれていた。

 それが、一番はっきりとした意思表示だった。


 よろしくはいらない。


 つまり、仲良くしてくれなくていいです、ということなのだろう。

 どうして、と考えても始まらないので、流空は自分の席に黙って腰を下ろした。

 鞄の中から筆記用具を取り出し、机の上に広げる。

 真ん中を空けた隣の席に誰かが座ったので、軽く会釈をした。

 スマホを見る。

 授業開始まであと八分。


 教室の中を見渡すと、席の半分ほどが埋まっていた。

 男女の比率は女子のほうが多く見えるが、半々といったところだろうか。

 学科の割合は、おそらく映像学科が一番多い。

 流空と同じ写真学科の学生は、数人しか見当たらない。

 他は、アニメーション学科らしき連中が多そうだ。

 そこそこ、にぎやかな授業になりそうな予感がする。


 自分の立ち位置を見定めていると、前の席から「あわっ」という間の抜けた声がした。

 続いて、ゴトッ、と鈍い音がする。

 勢いよく引かれた小夜の椅子が、流空の長机にぶつかった。

 一瞬、後ろを振り返ろうとする素振りを見せたが、結局振り返らなかった。

 「ごめんなさい」と口の中でだけ謝る声が聞こえたような気がする。


 特に注意を向けようとしなくても、目の前の席なので小夜の行動はどうしても視界に入ってきた。

 小夜は小さい背中を丸め、机から落としたらしい何かを慌てて拾い上げている。

 一度立ち上がればいいものを、膝に乗せた鞄を下ろしたくないのか、椅子に座ったまま拾おうとしているから妙な格好になっていた。

 三人席の真ん中は空席なのだから、一旦鞄を置けばいいのに。


 流空の隣の席の男が、小さく笑った。気持ちはわかる。

 ちょっと笑ってしまうような、微笑ましい光景だ。

 しかし流空が笑うとまた睨まれるような気がして、傍観するに留めた。

 拾い物に必死な彼女には、幸い笑い声は聞こえていなかったらしい。

 どうにか物を拾い終えると、今度は前屈みになっている。


 見てみろよ、と隣の男からジェスチャーを送られ、促される形で体を傾いだ。

 彼女の体が小さいので、手元はすぐに見えた。

 どうやら、彼女が落としたのはハンディーカムのビデオカメラらしい。

 彼女はカメラを無事に拾い終えると、何かの動画を再生したりして、壊れていないか確かめているようだった。


 ひとしきりカメラのチェックを終えると、彼女はおもむろにカメラを構えゆっくりと教室内を撮していく。

 誰の許可も取らずに、ひっそりと。


 これではまるで、隠し撮りだ。


 とはいえ、美術大学なんてものに入ると、変わり者はいくらでもいるので、この程度のことでは驚かない。

 おおかた映像学科の子で、撮ることに取り憑かれてでもいるのだろう。

 気になったものにカメラを向ける気持ちは、流空にもわかる。


 彼女の観察をやめたタイミングで横から手が伸びてきて、トントンと机を叩いた。

 顔を向けると、隣の席の男が人好きのする笑顔を浮かべている。


「野本。野本洋平。そっちは?」

「渡会。どこ学科?」


 敢えて下の名前を言わずに話を進めたが、野本は机の上の名前シールをちら見してから「アニメ。そっちは?」と言った。

 どうやらコミュニケーション能力が高い男らしい。


「写真。アニメってこの授業取る奴多い?」

「それなりに。人気はあるけど、何せほらハードルが」

「まあ、どこも一緒か」

「少数派同士、仲良くしてやって」

「こちらこそ」


 流空が野本とそれこそ初対面らしいやり取りをしている間も、彼女はカメラを回していた。

 流空の目には、さして面白みのある風景には見えない。

 ありきたりの教室の、ありきたりの風景。

 そこに何を見いだしているのだろう。


 覗き込んだら、カメラの映像が見えないだろうか。

 気持ちが少し傾いた時、教室前の扉が開き、細谷教授が入って来た。

 教室のざわめきが、波が引くように小さくなっていく。

 そっと様子を窺うと、彼女はビデオカメラを止めていた。

 授業の内容を録画することは、基本的にこの大学では禁止されている。

 それを破ってまで、隠し撮りを続ける気はないらしい。

 教授の自己紹介から始まり、滑らかにガイダンスに移行していく授業の中、流空は彼女の形のよい丸い頭を見つめていた。


 あんなにも熱心に教室を撮っていたというのに、彼女は流空がいる後ろの席だけは、頑なに撮ろうとはしなかった。


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