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きみを殺すための5つのテスト  作者: 狐塚冬里
第五章 大好きだから、さよなら
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第一話 素直な気持ちで喜んで

 小夜と晴れて恋人になったものの、何か変わったのかと言うとそれほどの変化はない。

 強いていうなら、流空が小夜をかまうことを我慢しなくなったくらいだろうか。


「おはよう、小夜さん」


 待ち合わせをしていた中庭で待っていると、小夜と、少し遅れて野本と水城の姿が見えた。

 小夜は水城とお揃いのツインテールをしている。

 ウサギのように揺れるその髪に頬が勝手に緩んだ。


 映像表現実習の課題もようやく撮り終え、学生作品の鑑賞会はすでに始まっている。

 今日はいよいよ最終組、つまり野本と水城ペア、流空と小夜ペアを含む三作品の鑑賞が行われる日だった。

 今日で全組の鑑賞を終えるので、鑑賞後には学生による講評の他に、時間を延長しての細谷教授による成績発表が行われる予定でいる。

 そのせいで、妙な緊張感が漂っていた。


「おはよう、流空くん。緊張してる?」

「小夜さんほどじゃないかな。小夜さん、昨日あんまり眠れなかったんじゃない? 目が赤い」

「残念、はずれー。昨日は夜遅くまで海外ドラマを見続けちゃったからでした!」

「それも緊張からでしょ?」

「そんなこと……ないよ! 夢中で見ちゃっただけで。十三話一気見は、さすがにちょっと頭痛いけど」

「それだけ見たら、眼精疲労にもなるよ。鑑賞会で寝ないようにね」


 ミント味のガムを差し出すと、小夜はむむっ、と意地を張るような顔をしたけれど、

「かたじけない」と最後には五個ほど箱から取っていった。

 そんなに持っていくなら、いっそ箱ごとあげたのにと笑ってしまう。


「ところで、小夜さんの今日の髪型かわいいね。触っていい?」

「だ、ダメに決まってるよ! せっかくかなちゃんが結んでくれたんだから!」


 ふわふわと揺れるツインテールに伸ばした手をガッチリ摑まれたので、


「隙あり」


 ノーガードの額にキスを落とした。

 小夜は思いきり首をすぼめてから赤くなり、「そういうことは人前でしちゃダメなんだよ!」と怒っていたが、このかわいい生き物を放っておけというほうが難しい。


「意外だわー」

「意外よね、ほんと」


 小夜を腕の中に捕まえている間に、野本と水城が繁々と流空を見て呟いた。

 ふたりとも、微妙に目が据わっている。


「意外って何が?」

「やー、渡会がこんなイチャイチャするタイプだとは思わなかったっつーか」

「渡会が小夜っちを猫っかわいがりしてるのに違和感がないっていうか」


 冷めた目で、「意外だわー」ともう一度ふたりから言われて「僕も」と頷く。

 元々人目を気にするタイプではないが、人前でべたべたするタイプだとは自分でも思っていなかった。

 むしろ、人前でなくとも求められない限り甘ったるいことをした覚えはない。

 それが、小夜相手だと無制限に気持ちがあふれてしまう。

 パブロフの犬というと言い過ぎだが、小夜を見ると構わずにはいられないのだ。

 小夜に言わせるともう少し手加減しろとのことだが、これでも十分セーブしているつもりだった。


 これが、自分から人を好きになるということの威力なのかもしれない。


「とりあえず教室行くか。バカップルに付き合ってるといい席取れなくなる」


 野本のひと言で、全員試写室に足を急がせた。

 しかし席はペアごとに座るよう指定されており、早かろうと遅かろうと変わらなかった。




 休憩を挟んでいるとはいうものの、二十分の映画を三本観て、感想会もするというのはそれなりに疲労が溜まる。

 しかも、このあとは細谷教授による成績発表が待ち構えていた。


「自信ある?」


 隣の小夜にこっそり耳打ちすると、「もちろん」と思いきりどや顔を向けられた。


 鑑賞会のラストに流されたのが流空たちの映画で、『恋色カメラ』と小夜がタイトルを付けた作品は学生たちの評判はよかったと思う。

 特に女子からの受けがよく、長編で観たいとまで言ってくれる子もいた。

 反対に男連中からは、どうして女の子が声だけなのだという不満の声も上がったけれど。


 シナリオの出来は脇に置いておいたとしても、流空もなかなかよい作品になったと自負していた。

 小夜の撮影技術は安定して優れていたし、流空も自分なりに構図や光源に注力していい画を作り出せたと満足がいっている。

 だから小夜ではないけれど、ちょっと自信があった。


 他の学生たちも概ね自分たちの作品には満足している雰囲気で、評価を待つ間も教室内の空気は明るい。

 それでも、延長授業である六限目の始業のチャイムが鳴って細谷教授が教室に入ってくると、おしゃべりはぴたりと止んだ。


「おー、いい具合に張り詰めてんなあ」


 細谷教授はいつも通り意地の悪い笑みを浮かべて、学生たちの顔を眺め回す。

 さながら、獲物を吟味する獅子のごとし。

 学生たちは期待と不安の入り混じった目で教授を見上げている。


 必須ではない授業。

 けれど、自分たちのクリエイターとしての気持ちを、おそらくは初めて第三者とぶつけあった課題。

 それを誰かに、それも現場で第一線を張っている人に評価されるのは、どうしたって緊張する。


 さして将来に夢を抱いていない流空ですら、多少手が汗ばんでいた。

 ふと、小夜はどうなのだろうと思う。

 小夜は将来、何になりたいのだろう。

 いつもビデオカメラを回しているけれど、それを仕事にしたいようには見えない。

 今度聞いてみようと思っていると、小夜のほうからぎゅっと手を握ってきた。


 その手のぬくもりを、素直に嬉しいと思う。


「じゃ、まずは優からな。有坂、橋本組ー」


 学生たちの緊張感を無視して、細谷教授によるぶっきらぼうな成績発表が始まった。

 まるで出席を取るような口調で名前が読み上げられていくので、呼ばれた組も呼ばれなかった組も派手なリアクションを取り切れずにいる。

 そもそも、全部で何組が優を取ったのか言われていないので、自分が入っているのかどうかの判断もしづらい。

 ましてや、細谷教授は映像学科の学生の名前順に組を読み上げていた。

 ということは、流空たちは呼ばれるとしても一番最後ということになる。

 いつ、「次は良な」と言われるかとはらはらしていると、


「あー、次が水城、野本」


 野本たちの名前が呼ばれた。

 パッと顔を上げると、ふたりが席に座ったままハグしている様子が見える。

 自信があったからこそ、喜ぶ準備もできていたのだろう。

 野本たちが呼ばれたということは、残りのペアはかなり少ない。

 そろそろ覚悟を……と思っている間に、それは聞こえた。


「最後に、鷲尾と渡会組。以上、八組を優とした」


 名前が耳に届いたのと同時に、繋いでいた手を強く引かれて肩がぶつかる。

 はっと横を見ると、小夜が小さな声で「よかった……!」と言った。


 自信はあった。

 でも、野本たちみたいに喜ぶ準備まではできていなくて、流空はただ小夜の手を強く握り返した。



 最終的に発表された結果は、優が八組、良が六組、そして提出さえすればもらえるぎりぎりのラインである可が一組。

 どの作品も力作だったため、流空からすると思ったよりも厳しい評価だったなと思ったのだが、どうやら可となった作品は映像を扱う者にしかわからないズルをしていたらしい。


「今回下したのは、あくまで作品自体への評価だ。お前たちの成績表には、それに出席率が加味されることを忘れるなよ」


 全員の講評を終えたあとの細谷教授の言葉に、一部の学生が低い呻き声を上げた。

 これで前期の映像表現実習の授業も終わりかと思ったのだが、そうではなかった。


「あと、有坂橋本組、水城野本組、鷲尾渡会組」


 すっかり気を抜いていたので、三組はびくりと肩を震わせる。

 何も悪いことをしていなくても、何かやらかしたかと冷や汗が出た。


「この三組の作品は、学園祭の時に流すからそのつもりでいるように」


 え、と三組のペアが顔を見合わせる。


「やっぱ、ぶつかって作ったとこのほうが、いいもん作れただろ? お前たち三組の作品は、作品として成り立ってた。胸張っていいぞ」


 滅多に褒めない人から褒められると、普段の十倍は嬉しい。

 これはまさに細谷教授のことで、野本と水城などは再び抱き合って喜んでいた。

 今度は流空も喜ぶだけの落ち着きがあって、小夜に両手を伸ばそうとして驚いた。


「……小夜さん、ここでカメラ回すの?」

「うん。回してるから、素直な気持ちで喜んで」


 小夜はまだ授業が終わっていないというのに、ビデオカメラを回していた。

 流空を撮り、野本と水城を撮り、教室全体を撮る。

 教授もそれに気づいた様子だったけれど、何も言わなかった。



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