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きみを殺すための5つのテスト  作者: 狐塚冬里
第四章 恋は世界を変える
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第五話 やっぱMだろ

 雨は降らなくても曇りの日が続き、撮影作業は相変わらず少しずつしか進んでいなかった。

 その代わり、音声の録音作業はスムーズに進んでいる。


「小夜さん、二ページ目の『なかったけれど』の『けれど』、がちょっと流れちゃったから、もう一回頭からいい?」

『あ、ごめんね! 了解です!』


 スタジオの収録ブースの中で、小夜がバサバサと台本を捲る。

 機材を扱えるか不安があったけれど、水城が手伝いを申し出てくれたおかげでなんとかなっていた。

 小夜の準備が整ってから録音のボタンを押すと、ブース内の赤いランプがそれを知らせる。

 息を吸う音のあとに、小夜の台詞が続く。


『はじめは信じられなかったけれど、何度か試すうちに信じるようになっていた。このカメラが、本当に本音を写してくれるって』


 一度録音を止め、声をかける。


「確認するから、ちょっと待ってね」


 小夜に伝えてから、水城が録った箇所のノイズを確認するために音声を流した。


「やっぱり、小夜っちの声いいわよね。マイク通すといつも以上に透き通って聞こえる」

「渡会、わかってるよな? これはギブアンドテイクだぞ」


 ノートパソコンをスタジオに持ち込んでまで、アニメの色塗りを必死に進めている野本が呻く。


「小夜さんがいいって言ったなら、大丈夫だよ。っていうか、編集作業終わったら、僕も何か手伝おうか?」


 水城に音声録音を手伝ってもらう代わりに、小夜は野本たちのアニメ作品に声優として参加する約束をしていた。

 小夜も初めは恥ずかしがっていたが、思いきりがいいのか一度吹っ切ってしまうとプロの声優並にうまくて、逆に野本や水城が当てた声が浮くほどだった。


「え、マジで!? じゃあじゃあ、俺が声当てる予定だったキャラ、やってくんない?」


 手伝う、とはあくまで裏方作業をイメージしての言葉だったのだが、野本は渡りに船とばかりに飛びついた。

 それを見て、水城が呆れたような顔をする。


「ちょっと野本、それ自分でやりたいって言ってたんじゃない」

「ああ、言ったさ! けどヒロインの小夜ちゃんのプロじゃねえの? って演技を前にしてその相手役できるほど、俺の心臓は図々しくできてねーの! その点、渡会なら平気だろ! 緊張なんかするわけねえし、この際、棒読みでも許す!」

「それ、僕の心臓に毛が生えてるって言ってる?」


 え、違うの? とでも言いたげな顔をふたりから向けられ、苦笑が漏れる。

 あがり症ではないが、流空だって緊張することくらいある。


「まあ、いいよ。アニメの中だけでも小夜さんに好きって言ってもらえるなら役得だし」


 野本たちが作っているアニメは青春恋愛もので、主人公は小夜の演じる同級生から好意を持たれているという設定だ。

 流空が主人公を演じることになれば、当然、小夜とそれっぽいシーンを演じることができる。

 演技の上ではあるけれど、役得以外の何物でもない。


「あ、でも本当に棒読みになるとは……って、野本?」


 野本はペンタブのペンを握りしめたまま、変な顔で固まっていた。

 気がつけば、水城も機材をいじる手を止めて流空を見ている。


「どうしたの? ふたりして変な顔して」

「変な顔もするわ! お前ら、まだ付き合ってなかったのかよ」

「ちょっと渡会! あんた小夜っちのこと遊びだったの」


 ふたりに同時に詰め寄られ、思わず両手を挙げる。

 ブースの中では、次の指示がないことを不思議がり、小夜がこちらを見ていた。

 それになんでもないと手を振って、野本たちに向き直る。


「ふたりとも落ち着いて」

「落ち着けないわよ! 遊びで手を出したっていうなら、ただじゃおかないわ」

「遊びのつもりなんてないよ。もちろん、手も出してない」

「どうだか」

「ほんとだってば。真剣に付き合いたいって思ってるから、待ってる」


 水城の握りしめた拳に苦笑しつつ、ブースの中にいる小夜を見つめた。

 録音でのトラブルを心配しているというよりは、流空のことを心配している顔だ。

 心配されるのもいいな、と秘かに喜んでいると、見透かしたように野本が咳払いをした。


「待ってるって、何を」


 意味がわからんと椅子に座り直した野本を見て、ひとりだけ興奮するのもあれなのか、水城も渋々ではあったけれど拳を解く。


「さあ、何をかはわからないけど」


 好きだという気持ちを受け取ってはもらえない。まだ。

 けれど、駄目だとも言われていない。


「は? つまり何? フラれたの?」

「フラれてもいないよ」

「でも、付き合ってはないのよね?」

「うん、まだね」


 野本と水城が、顔を見合わせて首を傾げる。


「小夜さんが、告白してもいいよって言ってくれたら、告白するつもり」


 勝手に好きだと思い続けるというのも案外楽しいもので、辛いとは思わなかった。

 何より、小夜のことを好きだと思っていると、胸の中があたたかい。

 すかすかだった自分の中身が、そのあたたかい何かで埋まっていくような感覚はとてもいい。


「告白させてもらえるの待ち……ってこと?」

「そういうことかな?」

「辛くないの、それ?」


 水城に思いきり同情の目を向けられたけれど、うっかり笑ってしまった。


「辛くないよ。むしろ、楽しい」


 小夜のことを考えることが、楽しい。

 面白い話を聞けば小夜に話したくなるし、美味しいものを食べれば小夜に食べさせてあげたくなる。

 できれば、四六時中小夜のことを考えていたいくらいだ。

 こんなはしゃいだ気持ちは初めてで、片思いだというのに浮かれている自覚はあった。

 にこにこしている流空を水城は気味悪そうに見ていたけれど、


「やっぱお前、Mだろ」


 と、野本は声を立てて笑った。



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