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きみを殺すための5つのテスト  作者: 狐塚冬里
第四章 恋は世界を変える
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第一話 聞けたら、よかった

 小夜がカメラを回し、流空がその前に立つ。

 青々と茂った桜の葉を揺らす風が心地よかった。

 天候にも恵まれ、外での撮影になんの支障もない。

 ふたりで書いたシナリオは、気がつけば完成に近づいていた。

 片思いをしている女の子の心情は小夜が書いて、片思いをされている男の子の心情は流空が書いた。

 偽物を意識して書いたはずなのに、出来上がったそれは妙に等身大で照れ臭くて、無言でカメラを回す小夜も、小夜──物語上では恋をしている女の子に向かって話しかける流空も、初めはお互い笑いを堪えるのがやっとだった。


「渡会くん、演技下手だなー」


 遠慮なく笑う小夜に、流空も笑う。


「だって、こんな台詞言ったことないもん」

「書いたの自分のくせに」

「リクエストされたから書いたんですー」

「あ、私のせいにした!」

「小夜さんがリクエストしたんでしょ? この……かわいい奴だなお前、って」


 わざと真剣な顔で言ってみせると、小夜がひゃー、と叫びながら逃げていく。

 けれどその足がまた遅いので、流空はものの数歩で追いついた。


「こういうこと言われたいの?」


 ひょいと逃げる顔を覗き込む。

 小夜は諦めたようにわざとぶすくれた顔をして、流空にカメラを向けた。

 こんなに近距離では、まともに顔も撮れないだろうに。


「きみにはわからないかもしれないけど、女の子はけっこう夢見がちなんだよ。かっこいい男の子に言われたい台詞なんて、山ほどあるんだから。日本人男子はね、言葉が足らないの!」


 それを映像の中に閉じ込めることによって、女の子の欲求を満たし……とかなんとか。

 必死に講釈ぶってはいるけれど、つまりは乙女願望というものだろう。


 その「かっこいい男の子に言われたい台詞」を流空に言わせたということは、小夜も少なからず流空をかっこいいと思ってくれている、ということだろうか。

 顔を褒められても、顔だけだと言われている気がしてさして嬉しくもなかったはずなのに、相手が小夜だと思うとちょっと嬉しかった。

 いいところのひとつであって、ぜんぶではないし、それだけでもない。

 そう言われている気がして。


「それを言ったら、大和撫子も口ベタだと思うけどなあ」

「え、そう? 渡会くんも言ってほしいことがあったら、リクエストしてもいいんだよ?」


 カメラから視線を外して、小夜が顔を出す。

 これは流空を喜ばせようとしているわけではなく、からかう材料を見つけたといった、いたずらな顔だ。

 乗ってあげてもいいけれど、それだと話が変わってしまう。


「男が言われたい台詞なんて入れたら、雰囲気ぶち壊しだよ。あくまで、甘酸っぱい青春ものを撮ってるんだから」


 小夜が演じる主人公の女の子は、この作品の目そのものだ。

 画面の中には現れず、ナレーションの声だけで心情を淡々と綴る。

 好きな男の子にカメラを向けて、その本音をこっそりと覗く。

 だけど本当は、見えているのは本音ではない。

 見えているのは、彼女が望む願望。

 そういう、捻くれたストーリー。


「そっかー。渡会くんが言ってほしい台詞、興味あったんだけどな」

「教えたら言ってくれる?」

「もちろん、内容次第だよ」

「そこは厳しいんだ?」

「人生は甘くないからね。それに、恃むところにある者は、恃むもののために滅びるって言うでしょ」

「なんだっけ、それ」

「織田信長の言葉。誰かに頼ってると、結局頼ったそのことで失敗しちゃうって意味だったと思う」

「つまり、言ってほしいことがあったら頼らずに言わせろってこと?」

「そうそう。流空くんが滅んじゃうといけないし、厳しくいかないとね」


 言ってほしい台詞ひとつで滅びてはかなわない。


「織田信長、好きなの?」

「うん。生き様がかっこいいから」


 道理で、とひとり納得してしまった。

 しかしさっきの言葉を常に考えているのだとしたら、誰にも頼らずに生きていかなければいけないことになる。

 座右の銘になどしていないといいけどと、勝手に心配した。


「小夜さんも負けてないよ」


 小夜は目を細め、またカメラを流空に向けて構えた。

 まるで本音を見透かそうとするかのように。


 一緒に作業を進めるようになってから、小夜は映画用の撮影以外でも流空をよく撮るようになった。

 勝手な推測ではあるけれど、小夜の心の壁が崩れたことと関係しているのだと、流空は思っている。

 友だち、とまではいっていなくても、敵ではないと認識されたのだろう。


 近づいてみれば、小夜はとても気持ちのいい性格をしていた。

 裏表はなく一本気で素直。自分のことは二の次のくせに、その人のためだと思うときついことでも口にする。

 けれどそれが本当のことだから、いやな気分にはならない。

 だから、気づいてしまった。


 目だけで語っている時はきっと、相手のためになることではなく、自分の感情を抑え込んでいるのだと。


「ね、渡会くんはどうしてこの企画を考えついたの?」


 カメラを流空から空へと移動させながら、小夜が聞く。

 カメラを追うように見上げた空には、飛行機雲が尾を引いていた。

 誰かに模様をつけられないと、何もない空。

 日差しが眩しくて、手のひらで遮った。


「どうしてって言われても大した意味はないよ。あったら便利だろうなーって思っただけ。小夜さんは思ったことない? 人の本音がわかったらいいのにって」


 例えば、流空が受験に失敗した時の父の、

 家を出て行った時の母の、

 流空をじっと見つめている小夜の──。


 自分には向けられない言葉を聞けたら、何かが変わっていたかもしれないと思う。

 けれど人は、それを教えてはくれない。


「あるよ。思ったこと」


 小夜はまだ空を撮り続けていた。

 何もない空を。

 楽しそうに。


「でも、どうしても本音を知りたい時は、聞いちゃえばいいんだよ。どうして聞かないの?」


 どうして、とまっすぐに聞ける小夜は、きっと流空なんかよりよっぽど強いのだろう。

 何を考えているのか問いかけないのは、返事をもらえないことを怖がっているからではない。


 本音を知りたがっている自分を、知られたくないからだ。

 相手に期待をしてしまう自分を、知られたくないからだ。


 些細なプライドが邪魔をして、流空は素直になれない。

 だから相手の気持ちはいつまでもわからず終いで、取り残されていく。

 そんな人間だから、欲しかった。


 本音が覗けるカメラ。


 でも覗いても見えるのは、自分の願望だけ。

 物語の中ですら、自分に夢を与えられないなんて呆れてしまう。


「……聞けたら、よかったんだけどね」


 呟きは小さすぎて、小夜までは届かない。


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