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きみを殺すための5つのテスト  作者: 狐塚冬里
第三章 おもちゃ箱の底には
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第八話 これでおあいこ

 昼食後は、野本たちと分かれてそれぞれの作業に入った。

 流空たちはまだシナリオを書き終えてはいなかったが、ロケーションだけ決めてしまう予定で構内を歩き回っていた。

 大体の候補は決めていたので、イメージを膨らませながらシャッターを切る。

 小夜は小夜でいつものビデオカメラを回していた。

 その様子を、構図を確認するふりでそっとカメラの中に収めた。


 人から自分がどう見られているのか。


 流空はあまり気にならない。

 大体、どう見られているのかがわかるからだ。

 あまりずれてもいないと思っている。

 けれどそれは、自分を客観視できているからであり、かつ、他人から下される評価に興味を持てなくなっているせいでもある。


 小夜はやはり、流空とは反対だなと思う。

 主観で世界を捉え、人の目を、感情を気にする。

 自分から相手に注いだ愛情への見返りは求めないくせに、一方的に向けられる好意悪意無関心その他諸々を、気にしてしまう。


 自分はカメラを回しながら、人から映されることはいやがる。

 フェアなことを好む小夜の性格からすると、それは矛盾しているような気もした。

 何が彼女を、そんなに怯えさせているのだろう。


 人からの視線? 期待?

 過去に撮られることでいやな経験をしたのかと思っていたのだが、それは違った。

 これで小夜が、見た目通りの気弱な性格だったなら、納得していたかもしれない。

 だが実際は、小夜は気が弱いどころか、実は気が強いのではないかと流空は思っている。

 そうでなければ、初対面の時の流空への態度は、かなり無理をしていたことになってしまうからだ。

 目立たないようにおとなしく振る舞っている節はあるが、行動や言動の端々にそれは表れていた。


 何よりも目が、それを物語っている。


 だからこそ、どうしてそこまで人の目を気にするのかが気になってしまうのだが、これ以上の詮索はさすがに気が引けた。

 人の心の柔らかい部分に触れるには、それ相応の覚悟と準備が必要だ。


「小夜さん」


 少し離れていた場所にいた小夜を呼ぶと、ビデオカメラを構えたまま振り返る。

 カメラ越しの視線が、流空を見つめていた。

 はっきりと意識して小夜にカメラを向けられるのは、これが初めてかもしれない。


「すごくどうでもいい話をしてもいい?」


 カメラを回したまま、小夜が頷く。

 これを録画されるのはどうかな、と思ったけれど、小夜はみんなの前で言わされたのだ。

 録画ぐらいで対等だろう。


「空をね……撮るのが嫌いなんだ」


 上を指さした流空を、小夜はビデオカメラから少し頭をずらして見つめた。


「渡会くんが?」

「うん、そう」


 景色の写真を撮る時でも、空だけを撮ることは避けてしまう。


 わざとなのだと自分で意識すらしないほどに、身に染みついた習慣。

 空っぽのものを嫌う、流空の習性。


 小夜が空を見上げる。

 流空も同じように空を見上げ、目を細めた。

 五月らしい柔らかな雲が浮かんでいたが、流空にはやはり、空には何かあるようには見えない。


「……だから、名前で呼ばれるのも好きになれないの?」


 人をずっと撮っているだけあって、小夜は鋭かった。


 流空の名前には、空の文字が入っている。

 空が嫌いだから名前がいやなのか、名前が嫌いだから空がいやなのか。

 卵が先か鶏が先かみたいな問題だなと、思う。


「どうかな。そうかもしれない」


 微妙に答えになっていない流空の返事に、小夜は「そう」とだけ応えた。


「空は……きれいだと思うけど」


 ひとり言のような小夜の言葉は、聞かなかったことにする。

 誰かに考えを強要したいわけでも、共感してほしいわけでもない。


 ただ自分が、嫌いなだけ。

 それだけ。


「どうして話してくれたの?」


 空にカメラを向けていた小夜が、いつの間にかまた流空に向き直っていた。

 カメラ越しではない瞳は、強い光を放っている。


 やっぱりこの子は、気が強い。

 静かに聞いているようで、流空が応えないなんて選択肢は用意されていない。


「さっき、意地悪しちゃったから。これでおあいこにしてもらえる?」



 睨むように流空を見ていた瞳は、瞬きのあとには笑顔に変わっていた。


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