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きみを殺すための5つのテスト  作者: 狐塚冬里
第三章 おもちゃ箱の底には
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第七話 撮られるの、苦手だから

 ふたりで課題をこなす、というのは想像していた以上に小夜と過ごす時間を増やした。

 おかげで、小夜をこっそりとカメラに収める時間が減ってしまい、そこだけが少し不満だ。


「なに、相棒になってまでストーキング続行してんの?」


 カメラのフレーム内に、野本のどアップが映り込む。


「野本、どいて」

「たまには俺も撮れよ~。いい被写体だろ?」


 撮るも何も、距離が近すぎる。

 睫毛まで映り込む近さで、お愛想までにシャッターを切ってやると、満足したように隣の椅子に座った。

 野本がフレームアウトしたあと、ピントを合わせ直した時にはすでに小夜の姿は見えなくなっていた。


 屋外に出されたカフェテリアの席のうち、テーブルは半分ほどしか埋まっていない。

 それもそのはずだ。今はゴールデンウィークのまっただ中だった。

 休みの日だというのに大学に出てきているのは他でもない、小夜と課題の件で打ち合せをする予定だからだ。大方、野本も同じ理由で来たのだろう。


「水城さんは?」

「午前はバイトだって。だから昼飯食ってから集合。鷲尾さんはどこ行ったんだ? 待ち合わせてたんじゃないの?」

「コンビニ。学食開いてないと思わなかったんだって」

「昼飯食べながらやんなら、外食べ行きゃいいじゃん」

「残念ながら」


 流空は買ってきていた弁当の入った袋を軽く持ち上げて見せる。


「なるほど、そりゃ買って来るしかないか」


 休みの間、大学自体には入れるが、学食やカフェテリア、購買といったものは閉まっている。

 当然、職員も物好きな教授か事務の宿直担当の人しかいない。


「で、渡会はそれを後ろから撮ってたと。お主も悪よのう」

「いえいえ、お代官様ほどでは……」


 野本と馬鹿なやりとりをしていると、冷え切った声が上から降ってきた。


「何バカなことやってるのよ」


 ふたり揃って振り返り、腰に両手を当てて仁王立ちしている水城を見る。

 腰に当てた手には、コンビニのビニール袋が提げられていた。

 今日の服装はミニのオーバーオールにパステルカラーのカットソー、それに黒のニーハイソックスを合わせていた。

 トレードマークとなっているツインテールが加わると、独特というか、やはり二次元から出てきたような印象を受ける。


「早かったな。あれ、なんで弁当?」

「食べてくる時間がなかったの」

「えー、なら来る前に言えよ。食ってきちゃったじゃん。人が食ってるの見てるとまた腹減るー」

「そう思って、あんたの好物のからあげ買ってきてやったわよ」

「ははー、さすが叶恵さま」


 ふたりのやりとりは気負ったところがなく、見ていて微笑ましい。

 初めの頃の険悪さを思い出すと、余計に。


「渡会、小夜っちはどうしたの?」


 水城が遠慮なく流空の正面の椅子を引くことに多少驚いたものの、「コンビニだよ」と少しの笑みと共に返した。

 呼び捨てにあだ名呼び。

 水城の図々しいまでの屈託のなさは流空にはないもので、羨ましいを通り越して驚きが強い。


「やだ、じゃあ小夜っちの分も買ってくればよかった。コンビニまで日陰ないのに」


 五月にしては強い日差しを憎むように、水城が空を見上げる。

 つられて見た空は、つまらないくらい青かった。

 今日も、空には何もない。


「五分の距離なんだから、すぐ戻って来るって。それよりからあげー」

「食い意地張ってるわね。小夜っちを待とうって気がないの? 渡会はちゃんと待ってるわよ」


 流空が待っているのは小夜と約束しているからで、何も水城たちと一緒に昼食をとるためではない。

 だが、それを言うと角が立つのもわかっているので、適当に笑って流しておいた。

 というか、いつの間に一緒に食べることになったんだ。


「そういえば、ふたりってアニメ映画にしたんだよね」


 聞いた途端、水城の目が心持ちつり上がる。

 それはそうだ。

 水城が主張を曲げた結果、アニメ映画を撮ることになったと野本から聞いている。

 反対に、野本は得意気な顔になる。


「おう。絵コンテに入ってるとこ。叶恵さまの脚本が細かいから、大変なんだよ」

「何よ、素晴らしい脚本だって言ってたくせに」

「内容は面白いんだけど、指示が細かいっつーか」


 口に出してしまってから、野本が「いけね」と口を押さえた。

 口は災いの元だ。

 水城が猛攻撃に出ようと息を吸い込む。


 しかし、喧嘩は始まらなかった。

 ちょうどのタイミングで小夜が戻って来たからだ。


「かなちゃんたちも来てたんだ」


 何も知らない小夜の前で喧嘩を勃発させるほど、水城も大人げなくはなかった。


「ちょっと前にね。連休だからって休んでるほど、進みがよくないんだ。相棒の手が遅くって」

「俺だけのせいじゃねーし」

「大体は野本のせいでしょ。小夜っちのとこはどう? 渡会がサボってて困ってるとかだったら、私に言ってね。ガツンと言ってやるから」


 言ってやるも何も、目の前に本人がいるのだが。


「そんなサボるタイプじゃないよ。とりあえず、座りなよ、鷲尾さん」


 冗談だと受け取ったらしい小夜は、笑いながら流空の横の席についた。

 コンビニで買ってきたらしい菓子パンを取り出しながら言う。


「渡会くんは協力的だよ。私のほうが遅くなっちゃってるくらい。かなちゃんたちのところは……」

「ちょっと待って」

「え?」


 野本にからあげを恵んでやっていた水城が、眉間にぎゅっとしわを寄せて小夜を見る。

 あまりに険しいその表情に、小夜は菓子パンを開けようとしていた手を止めた。

 その菓子パンが爆弾か何かのようにみんなの視線が集まったが、そうではなかった。


「ふたりとも、まだそんな呼び方してるの?」


 深刻な顔をして何を言い出すかと思えば、と流空は小夜と顔を見合わせる。


「普通……だと思うよ? むしろ、野本と水城さんたちが打ち解けすぎてるくらいというか」

「うん、普通……だよね?」


 一般的な基準を求めて、小夜とふたりで野本に顔を向けた。

 野本は水城からもらったからあげを頬張りつつ、どうでもよさそうに首を傾げる。


「これだけ毎日顔合わせてることを考えりゃ、俺らは普通じゃね?」

「そうよね?」


 すかさず、水城が乗っかってくる。


「ま、呼び方なんかどうでもいいとも思うけど」

「あんたどっちの味方なのよ」

「味方とかそういう話かー? なんつーか、叶恵さまはお節介だよな」

「何よそれ。私は純粋に小夜っちたちが上手くいってないんじゃないかって心配してるの」


 悪いな、と野本が流空に目配せをする。

 言い出すと聞かないんだ、これ。

 という申し訳なさそうな表情は、ふたりの親密さをそのまま表しているようで、心温まる雰囲気がある。


 だが、それはそれ、これはこれだ。


「心配してくれるのは有り難いけど、苗字で呼び合ってても特に問題はないよ。ね?」

「うん。呼び間違えられるような苗字でもないし」


 小夜と意見が一致しているようでよかった。

 これで、「そうだよね。苗字呼びだとちょっとやりづらいと思ってた」なんて言われたら少し面倒臭い。


 流空は、あまり自分の名前が好きじゃない。


 水城がまだ納得しきっていないような顔をしていたので、一応駄目押しをしておくことにした。


「下の名前で呼ばれるの、あんまり好きじゃないからむしろ楽だよ」


 はっきり言ってしまえば、無理強いをする人間はそうはいない。

 今までの経験から取った行動だったが、水城の考えはそもそも流空とはずれていた。


「渡会はどうでもいいのよ。上だろうと下だろうと。そうじゃなくて、小夜っち。自分の苗字あんまり好きじゃないって言ってたじゃない」

「え、そうなの?」


 それは流空も初耳だ。

 初耳も何も、小夜とはようやく会話らしいことができるようになったばかりで、いわゆるお友だちトークにまではまだ到達していない。

 小夜は気まずげな顔をしながら、いつの間にか開けていた菓子パンを一口食べた。

 このタイミングで食べるのか。

 ちょっと驚いたけれど、逆に考えればそれだけ動揺していたのかもしれない。


「小夜っち、遠慮しないで言えばいいのに」


 どこまでも空気を読まない水城は、自分の弁当を広げながらも会話をやめない。

 これは結論が出るまで終わらないだろう。

 諦めて、流空も会話に乗ることにした。

 もちろん、弁当を食べながら。


「下の名前で呼んでもいいなら、僕もそうするよ」

「じゃあ、俺も。けど、なんで鷲尾じゃ駄目なんだ? カッコイイと思うけど」


 ちゃっかり流空のお弁当から卵焼きをかっさらってから、野本が聞く。

 ただの世間話の雰囲気になったからか、小夜はさっきよりも少し落ち着いていた。


「鷲尾って、勇ましいでしょ? 男の子ならいいんだけど」


 確かに、響きだけ聞けば雄々しいとも言える。

 小夜の苗字としてはギャップがあってそれはそれでいい味を出していると勝手に思っていたのだが、本人が気に入っていないのなら、無理に呼ぶ必要もない。


 小夜、小夜ちゃん、小夜さん。


 頭の中で呼んでみてから、小夜を見る。


「小夜さん」

「はい」


 驚いたように、小夜が目を丸くした。

 ああ、これがしっくりくるなと、勝手に頰が緩む。


「うん。これからは小夜さんって呼ぶね」

「……うん。あの、私は渡会くんのままのほうがいいんだよね?」

「うーん、できれば。あんまり呼ばれ慣れてないし」

「じゃあ、渡会くんで」


 ふと視線を感じて横を見ると、野本と水城が揃ってこちらを遠巻きにしていた。


「初々しいわね……」

「俺たちにもああいう時代があったのかねー」

「時代って、ふたりだって僕たちと過ごしてる時間かわらないでしょ」

「気持ち的には一億年と二千年ぐらい前から知り合いの気分だって」

「ちょっと、私はそんなに馴れ合った気はないわよ」

「マジか」

「私たちのことはどうでもいいのよ。ね、小夜っちたちって実際のところはどうなの?」


 あ、これはまた面倒臭い方向に振られた、と思った。

 からかうような気はないのだろうが、聞かれている側からすると似たようなものだ。


「実際って?」


 小夜が何も言わないので、仕方なく白米を飲み込んでから流空が聞いた。


「実際は実際よ。ラブとかキュンとか、そういう関係なの?」


 ラブはまだわかるとして、キュンとはなんだ。

 女の子の恋愛脳にはたまについていけない。

 やれやれと軽く流そうとしていると、隣で小夜が完全に固まってしまっていることに気がついた。

 耐性が、ないのかもしれない。

 慣れっこになってしまっている自分もどうかとは思うが、こうまで強く反応されるとどうしたものかと思う。

 この責任は取ってもらおうと、野本の肘辺りをつついた。


「ま、余所余所しさがなくなってよかったよな!」


 どうしたの? とでも小夜に突っ込みそうになっていた水城を、野本が寸前で止める。

 それでようやく、この場の流れが水城にも伝わった。


「う、うん。そうね。やっぱり共同作業するなら、これくらい打ち解けてたほうがいいわよね」

「だよな。それで、渡会たちのとこは何撮ってんだっけ?」


 空気と話題、どちらも流れたことに、小夜がほっと胸を撫で下ろしたのがわかる。

 小夜は恋愛話が苦手なのか。


 流空が初めの頃に拒絶されていたのも、そこに原因があったのかもしれない。

 自分ではそんなつもりはないのだが、軽い人間だと思われていても仕方のないところはある。

 けれど、そこには流空なりの言い訳もあった。


 好きだと言われて、断る理由が見つからないのだ。


 好きでもないのに付き合うなんて最低。と言われたこともある。

 だが、好きだと言われた時点で流空も相手を知っていることのほうが少ない。

 好いてもらっているのなら、これからゆっくり好きになればいいとはどうして思わないのだろう。


 自分が気持ちを傾けた分だけ、相手からも返してもらえると信じているなんて、みんな、恋愛に夢を見過ぎだ。


 流空が考え事に耽っている間に、会話は進んでいたらしい。

 小夜が野本たちに、自分たちの撮ろうとしている短編映画について語っていた。

 流空と小夜は、流空発案の『本音が見えるカメラ』を題材にした短編映画を撮ろうとしている。

 まずはシナリオを作らなければならないのだが、ふたりで考えるという作業は思ったよりも大変で、遅々として作業は進んでいなかった。

 いっそ、どちらか一方がシナリオを書いてしまったほうが早いような気もしてきている。

 でもそれを、小夜はフェアではないと譲らない。


「じゃあ、ふたりでシナリオ書いてるんだ? 大変じゃない? 俺ら、脚本と絵コンテ分けてるけど、それでも結構ぶつかんのに」

「でも、渡会くんは二十分ほぼ出ずっぱりで出演お願いしてて、私は撮影担当だから。あとの細々した作業の分担も等分していくと、シナリオは半分ずつがちょうどいいかなって」

「渡会が被写体なの? 小夜っちのほうが映えるのに」

「それは俺も思った」


 この流れはまた微妙だ。

 小夜もそれを察知したらしく、助け船を求めるように流空を見た。

 ここで話を逸らしてあげることはできる。

 けれど小夜には申し訳ないが、この話題に流空は乗りたい。


 気になるのだ。

 どうして、小夜は頑ななまでに人に撮られたくないのかが。


 このまま野本たちの会話を放っておけば、そこに言及してくれる可能性は高い。

 意地悪をするつもりはないのだが、故意に視線を外すのはちょっと良心が痛んだ。


「渡会が出たいっつったの?」

「違うよ」


 そうだよ、と言ってしまえばこの会話は終わった。

 でもごめん。ふたりになるときっと聞けないから。

 小夜の視線を頰に感じた。

 たぶん、物言いたげな目をしているのだろう。


 心に秘めている言葉を口にしてくれたら、助けようと思っていた。

 けれど小夜は言わない。


 言わないと、決めている。


「じゃあ、小夜っちも出たらいいのに」


 撮ることも、撮られることも慣れているような水城には、なんてことのない言葉だっただろう。

 だからこそ、答えを濁すのも難しい空気ができていた。


「……撮られるの、苦手だから」

「あー、そういえばそうだっけ。渡会も撮ろうとして……っ」


 余計なことを言いかけた野本の脛を、テーブルの下で軽く蹴る。

 なんだよ、と顔をしかめられたが、野本はすぐに理解したのか口を噤む。

 あとはたぶん、水城が話を進めてくれる。


「小夜っち、かわいいのに。下手な人に撮られたの? 私が撮ったげよっか?」

「ううん、そういうことじゃなくて……」

「慣れたら楽しいよ。あ、今度一緒にコスプレしてみる? 楽しいよー」


 話の方向性がずれた。

 これではどうにかして小夜を撮ろうとするだけだ。

 期待しただけ無駄だったなと諦めかけたが、ここで軌道修正が入った。


「コスプレはいきすぎだとしてさ、どうして撮られんの嫌いなの?」


 悪気のなさそうな顔で、野本が聞く。

 野本は流空の側についてくれる気らしい。

 あとで昼飯ぐらいは要求されることだろう。

 水城はというと、自分の趣味を軽く否定されたにも拘わらず、そっちのほうが気になると便乗した。


 ふたりから、正確に言えば流空も含めて三人から聞かれてしまうと、小夜には逃げ場がない。

 この雰囲気では、いやなものはいやだと感情論で片づけてしまうと空気が悪くなるだろう。

 流空だったら適当なことを言って流してしまうところだが、小夜にそれができるだろうか。


 気づかれないように小夜の表情を窺うと、切腹前の武士みたいな一種の諦めと覚悟の混同した顔をしていた。


 致し方有るまい。

 ここは腹をくくろう。


 こういう、小夜の潔さも流空は好きだ。


「写真も映像も、誰かから見た自分が映るから。……人からどう見られてるのかを知るのが、ちょっと怖いの」


 ちょっと、怖い。


 たぶんその表現はすごく控えめに言ったのだと思う。

 小夜は笑おうとしていたようだけれど、それはとても笑顔とは言える代物ではなくて、聞いた野本も、水城ですらすぐに話を逸らすくらい気を遣った。

 流空はと言うと、どうして会話を逸らしてやらなかったのかという後悔に襲われていた。



 助けを、求められていたのに。



 こんな顔をさせてまで言わせても、ちっともすっきりなんてしなかった。


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