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きみを殺すための5つのテスト  作者: 狐塚冬里
第三章 おもちゃ箱の底には
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第四話 根性見せろ

 昼下がりのカフェテリアに、スライムのように弛緩した学生たちがあふれている。


「教授の言うこともわかるっちゃわかるよ? でもどうしろって言うんだよ~」


 野本がこの世の終わりのような顔で、テーブルをガタガタと揺らした。

 流空はそっとアイスコーヒーをコースターごと持ち上げ、揺れが収まるのを待つ。

 細谷教授の意見はこうだ。


「お前らが将来何を目指してるかは知らん。けどな、仮にも人となんか作ってこうって考えてんなら、意見の違う奴と物を作る苦労ってもんを味わっといて損はねえ。いいか、一生人の作った船に乗っかるんじゃなきゃ、正反対の意見の奴をねじ伏せるくらいの根性見せろ!」


 熱のこもった物言いに、感化されやすい学生たちはあっさりと宗旨替えした。

 そうだよね。それぐらいできなきゃクリエイターとして生きていけないよね。

 しかし昼休みに突入してみると頭も冷め、まんまと細谷教授にはめられたことに気づき、スライムと化しているというわけだ。

 中にはペアの相手とライバルとして頑張ろう、などと熱く語り合っている連中もいるようだが、ほとんどの学生はすでに話し合いを放棄してしていた。


 野本のところも、そんなペアのひとつだ。

 たとえ念願の女子とのペアだろうと、譲れないものは譲れないらしい。

 ひとしきりテーブルを揺らすことでストレスを発散すると、椅子に深く座り直して脱力した。


「渡会んとこはいいよ……。鷲尾さん、優しそうじゃん……」


 ちら、と野本が見た先には、先ほどの野本の再現のようにテーブルをガタガタ言わせているツインテールの女子がいる。

 晴れて野本とペアになった、映像学科の水城叶恵だ。

 その正面には、流空と同じように飲み物を手に持って避難させている小夜がいる。

 同じ学科なので元々知り合いでも不思議はないが、あの強烈な演説を聞いたあとだと、ふたりが友だち同士だというのは意外に思えた。

 そして見た目が優しそうなのと、衝突せずに意見を交換できるかはまた、別物だ。


 誰とペアになったとしても相手の主張に合わせようと考えていた流空だが、敢えて意見がぶつかる相手と組まされたとわかってしまうと追随しづらいところがあった。

 フィクションと書いたものの、どうしてもフィクションでなければいやだ。

 というほどの意気込みもまったくない。

 どうしてもやらなければいけないのなら、ノンフィクションよりフィクションのほうが楽しくやれる、という程度の主張だった。

 だから、小夜がドキュメンタリーを撮りたいと希望しているなら、それに合わせる気だったのに──。


「こうなったら、とことんやり合おうね」


 一体、何をどうやり合うというのか……。

 ようやく国交が正常化したばかりだというのに、小夜は清々しさすら感じさせる口調で言い放った。

 おかげで、そっちの意見でいいよ、という甘い意見は口にできなかった。

 流空は人と衝突するくらいなら自分が折れたほうがいい派だが、小夜はどうやらぶつかること自体、苦ではないタイプのようだ。

 むしろ、輝いてすら見えた。

 とことんやるほどの情熱を持ち合わせていないのが、申し訳なくなってくる。


 昼休みが終わり、いよいよ最終決戦の時がやってきた。

 この日のために各班──班といってもふたりだけなのだが、相手を説き伏せるための企画書を作成してきていた。この九十分の間に相手を納得させたほうが、勝者だ。


「俺の授業に申し込むくらいだ。撮りたいもんの十本や二十本あるのは当たり前だよな?」


 と、細谷教授は言うが、何事も世の中には例外がある。

 初めから折れる気でいるとはいえ、あまりにどうしようもない企画書は出せない。

 自分の案が採用されなくとも、今後の印象に関わってくるからだ。

 まだ詳細まで作り込まなくてもいいとはいえ、これといって撮りたいもののない流空にとっては苦しい作業だった。

 しかもそれを、メールでのやりとりしかしていなかった小夜相手にプレゼンしなければならないなんて。

 まだチャイムも鳴っていないのに、胃が痛い。

 小夜にはもう、明確に撮りたいもののビジョンがきっとある。

 あれだけ毎日ビデオカメラを回しているのだから、撮りたいものがないなんてことはないだろう。

 それを聞けることは嬉しい。

 けれどすぐに賛成できないこの状況が面倒臭い。


 ふと、マスターから言われた言葉が頭に浮かんだ。


 ──人に合わせるのと、協調性があるっていうのは別物だからね?


 わかっています、そんなこと。

 でもわかっていたからと言って、急に正しくできるようになれば、誰も苦労はしない。


「お、そろそろ昼終わるな。よし! 気合い入れてこーな!」


 バシ、と野本が拳を自分の手のひらに打ちつけた。

 ぶつけられるものがあるという事実が、少し眩しい。


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