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きみを殺すための5つのテスト  作者: 狐塚冬里
第二章 冷戦の幕開け
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第九話 あらためて、よろしく

 映像表現実習の教室は席が固定なので、多少ぎりぎりでもいい席がないということはない。

 その上、流空も小夜も後ろのドアからすぐの席なので、他の学生の注目を浴びながら移動しなければいけないということもなかった。

 遅刻ぎりぎりで自分の席につくと、すぐに野本が前の席からやってきて流空の机に手をつく。


「どういうこと?」


 流空が小夜と一緒に来たことを指しているのだろうけど、その本人がすぐ横の席にいるので説明も難しい。


「色んな偶然の結果」


 他にいい説明が思い浮かばない。

 マスターのように野本にも恋だなんだとからかわれるかなと思ったが、そうはならなかった。


「よかったじゃん」


 身体を屈めて流空にだけ聞こえる声で言い、野本はさっと姿勢を戻した。

 すぐ左に当事者の小夜がいることもあっただろうけど、予想外の反応に流空の中で野本の株が上がる。

 同時に、心配してくれていたのかもと気づき、さっき小夜からもらったチョコを無言のまま一枚進呈した。


「くれんの?」

「おすそ分けだけど」

「小腹空いてたからちょうどいいや。ありがと」


 個包装の紙包みが剝がされ、瞬く間にチョコが消える。


「普通そんなもんだよね」


 菓子をもらったら礼を言って終わり。流空もこの程度でいいと思う。

 でもそれが、小夜には通用しない。


「え、もっと喜んだほうがよかった?」

「あ、違う。野本には関係なかった」

「うわ、なんか傷つく」

「ごめんごめん」


 野本との会話は、隣の席にも聞こえてしまっただろうか。

 ちら、と小夜の様子を窺うと、またビデオカメラをいじっていた。

 男の会話になど興味はないらしい。

 小夜は撮った映像の確認をしているようで、画面の一部だけが見える。

 音は聞こえなかった。


 そういえば、さっき流空も撮られていたはずだ。

 あれは、何かに使うのだろうか?


 なんの変哲もない教室。

 友人。

 広場に集まった見知らぬ学生。


 撮影している場面を見てはいても、実際に撮った映像は見たことがない。

 あれを見れば、もう少し彼女を理解できるだろうか。

 カメラのレンズ越しでも窺えない、本心が。


 友だちにまで距離を縮められたら、見せてもらえるかもしれない。

 撮っている映像が見たいから友だちになるなんて、打算的だとは思う。

 でも人間関係なんてどこかしらかで損得勘定が発生している。

 それを意識しているかいないかの違いだけで。

 小夜はそういう考え方を嫌いそうだな、となんとなく思った。


 少しだけでも見えないかな、と怪しまれない程度に横を見ようとした時、前のドアから細谷教授が入って来た。

 その姿を認めた途端、学生のひとりが勢いよく挙手をし立ち上がる。


「細谷教授! 今回のペアについて異議を申し立てます!」


 長い髪をツインテールにし、白とピンクで固めたファッションはそのままアニメや漫画の世界から飛び出してきたような感じがある。

 野本が見たら喜びそうだと思った矢先、


「俺もこの組み合わせはどうかと思います」


 まさにその野本が、抗議した女の子の横で立ち上がった。

 つまり、ふたりはペアだった。


 そのふたり共が異議があると鼻息を荒くしている。

 後ろからなので顔は見えないが、ふたりとも相当頭にきている雰囲気がある。


「私、希望用紙に『アニメだけは撮りたくない』ってちゃんと書きました」

「俺も、『アニメ以外は撮りたくない』って書きました。それを見た上で組ませるって、どういう意図があるのか説明してもらえないと納得できません」


 意見が合わないとは聞いていたが、まさかここまで正反対だとは思わなかった。

 確かに、このふたりの主張では上手くいきそうにない。


「今すぐ、ペアの組み直しを希望します!」


 机に阻まれていなければ細谷教授に摑みかからんばかりの勢いで、女子が言う。

 場違いに、ツインテールが大きく跳ねた。


 勃発した学生対細谷教授の戦いを、ぼんやりと眺める。

 ペアの組み直しをされてしまうのは、嬉しくない。

 せっかく小夜とペアになり、わだかまりのようなものもなくなりそうだったのに。

 上手く友だちにでもなれれば、小夜のことを特別気にしなくても、いつも通りの生活に戻れるのに。

 とまで考えて、果たしてそうだろうかと自問自答する。


 ペアを解消されてしまえば、そもそも小夜と友だちになる必要もないのではないか。

 小夜を観察していたのだって、話し合いをスムーズにするためだったはずだ。

 でも──。

 

 流空には、これからもこっそりと小夜の写真を撮るだろうという予感があった。

 正統な理由がなくても、小夜のことが知りたい。

 まだ、自分の中に人に対する純粋な興味があったことに驚いた。

 けれどそれはきっと、悪い発見ではない。

 自分に嫌気が差しているのなら、変化は歓迎すべきことだ。


 流空が自分との対話に勤しんでいた時間はほんの数秒だったはずだが、事態は悪化していた。

 学生の大半が立ち上がり、野本たちに賛成していたのだ。

 反対している学生が多いとは聞いていたが、これでは全員ではないか。

 椅子に座ったままでいるのは、流空と小夜くらいのものだった。


「どうして組み直しをしてもらえないんですか!」

「お前たちの意見を聞いて組み直したら、俺が決めた意味がねえだろうが」

「でも! こんなの……っ」


 ツインテールが感情を抑え込まれたみたいに一度前に垂れ、次の瞬間大きく揺れた。


「私と彼の撮りたいものは正反対過ぎます!」


 バン、と机を叩く大きな音が響く。


「だからに決まってんだろ」


 意地の悪い笑みを含んだ言い方に、もしかしてと小夜を見た。


「鷲尾さん、ちょっと聞くけど……」


 小夜も同じことを考えていたらしく、固い表情で頷く。


「希望用紙の撮りたい映画って……何、書いた?」


 流空が書いたのは、『フィクション』。

 SFでもファンタジーでもミステリーでもロマンスでもなんでもいい。

 ただし、作り話に限る。


 聞く前から、なんとなく答えは見えていた。

 小夜が慎重に口を開く。


「ドキュメンタリー」


 ドキュメンタリーとは、事実を歪めずにありのまま描く作品を指す。

 フィクションとノンフィクション。

 磁石のS極とN極のように、流空と小夜の意見はどうしようもなく相容れないものだった。


 前の席ではまだ水城が細谷教授に嚙みついている。

 生き物のように揺れるツインテールを眺めながら、流空は小さく溜息をついた。


「あーもー、ピーチクパーチクうるせえなあ。わーった。次の授業はその話し合いに割いてやる。それまでに、相手を納得させる企画書を用意してこい。いいな?」


 そういうことではなくて。

 学生の誰もがそう思ったはずだが、細谷教授はさらっと無視して授業を始めてしまった。

 これ以上授業妨害をすると教室の外につまみ出されそうな雰囲気に、立ち上がっていた学生たちがバラバラと席についていく。

 ただし、お互い隣に座る者とは微妙に距離が空いていた。



 授業が終わったあと、そのまま別れてしまう前にと鞄に手をかける小夜に声をかけた。


「鷲尾さん」


 小夜は覚悟していたように、流空を見返す。


「……あらためて、これからよろしくね」


 手を差し出すべきか迷いながら、右手を差し出した。

 手を取ってもらえるかは、五分五分か、四分七分くらいで断られる可能性のほうが大きい。

 何せ、ただの『よろしく』すら一度拒否されている相手だ。

 少し話せるようになったからと言って、友だち面するほど流空は図々しくはない。


 手を出したまま待つこと数秒。

 小夜は俯いて流空の手を見つめていたが、急に顔を上げると勢いよくその手を握り返した。


「いっ……!」


 握手というより握り潰すような強さのそれに、痛いという言葉をかろうじて飲み込む。

 力強い握手で手を上下に振っている間中、小夜の眉間には深い、それは深いしわが寄っていた。

 それなのに──。


「前言撤回しなきゃだね。これからよろしく、渡会くん」


 手を離した時、小夜は迷子の子供が泣きたいのに強がって笑っているような、くしゃりと崩れた笑みを浮かべていた。

 また、この表情だ。


「大丈夫だよ」口が勝手に動いた。

「え?」と小夜が首を傾げる。


 流空もどういうつもりで自分が大丈夫などと言ったのかわからず、「あれ」と同じように首を傾げた。

 それを見て、小夜が小さく笑う。


「よくわからないけど、ありがとう」

「うん。よくわからないけど、どういたしまして」


 間の抜けた会話は、どこか心地よかった。

 これから、彼女との共同作業が始まる。

 けれどスタートを切る前から、船は暗礁に乗り上げているようだった。



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