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きみを殺すための5つのテスト  作者: 狐塚冬里
第二章 冷戦の幕開け
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第五話 やっぱり私

 翌日の映像表現実習の授業は、試写室に移動しての映画鑑賞だった。

 野本から事前に情報を聞いていた流空はスムーズに移動ができ、情報提供者である野本よりも先に教室についた。

 狭い試写室の中で、見やすそうな位置に野本の分も席を取る。

 バラバラと遅れてやってきた学生も、スクリーンを見上げなくてもいい席から順に埋めていった。


「お、席取っといてくれたんだ?」


 遅れて来た野本が、流空が置いていた荷物をサクッとどけて隣に座り込む。

 荷物を受け取りながら、流空も椅子に座り直した。


「なんの映画観るって?」

「細谷教授が撮った短編だって」


 周りの学生が話していた情報をそのまま流す。


「ふうん。どれだろ。公開されてんのは三回ずつは観てるからなー」


 野本は言ったそばからいつもの教室より断然座り心地の良い椅子に深く腰かけ、両手を腹の上で祈るように組んだ。

 その姿勢は寝る気満々にしか見えなかったが、何も言わないでおくことにした。

 荷物を置いてあるわけでもないのに、何故か流空の反対隣の席は埋まらず、空いている。

 試写室は薄暗いので、人が座っている近くは空いているのかよくわからないのかもしれない。

 席を選ばなければ、三十人くらい余裕で入る広さなのだが、半分ほど席が埋まったところで入口近くでまごまごしている人影に気がついた。


 小夜だ。


 どの席に座ろうか迷っているうちに、席がどんどん埋まってしまっている。

 というようにも見えるが、たぶん違う。

 あとからやって来る学生にその都度席を譲っていて、座れないのだ。

 学食でもよく見た光景だった。

 映像学科の学生が多い授業だけに、みんなどこがより見やすい席かよく知っている。

 小夜もそうだからか、人に譲る度に選択範囲が狭まってまごついていた。

 どうして、あそこまで人に譲るのだろう。

 たかが授業なのだから、さっさと座ってしまえばいいのに。


「さっきから何後ろばっか見てんの?」


 てっきり居眠りしている思っていた野本が、流空と同じように後ろを見た。


「なんだ、そういうこと。空いてんだから呼んであげりゃいいのに」


 小夜の姿を認めた野本は、流空が止める間もなく「鷲尾さん、ここ空いてる」と手招きをする。

 小夜がこちらに気づく前に、流空はさっと前へと向き直った。

 空いている席がどんなにいい席でも、流空の隣だとわかればきっと選ばないだろうから。

 それにしても、野本の度胸というか、コミュニケーション能力には驚かされることが多い。

 小夜とそう仲良くないだろうことは、なんとなくわかっている。

 それでも、こうして声をかけるのは、もしかして流空に気遣ってのことだろうか。

 そうだとしたら、感謝すべきなのかもしれない。

 そんなことを考えていると、側に人が立った気配がした。

 顔を上げると、流空を見て固まっている小夜がいる。


「座ったら?」

「やっぱり私」と言いかけた声は聞こえないふりをして、声をかける。

「後ろもつかえてるよ」


 どうぞ、と空いた隣の席へ促すと、小夜は後ろにできてしまった列を見てから諦めたように流空の隣に腰を下ろした。

 もし、これで後ろの学生が三人組でなければ小夜はこの席をまた譲っていただろう。 


「あの……」


 小夜が少しだけ身体を前に出して、流空を挟んだ野本へと声をかける。

 最終的に声をかけたのは流空なわけだが、それをきれいにスルーしている辺りがいっそ清々しい。


「ありがとう」


 ざわついた試写室の中でも、小夜の声はよく聞こえた。


「どういたしまして。一応自己紹介しとくと、俺は野本な。こっちが渡会。アニメと写真」


 抜け目なく、野本が流空の分まで自己紹介を済ませる。

 何度か話していても、案外相手の名前を知らないことは多い。

 野本も、小夜が自分の名前を覚えていない雰囲気を察知したのだろう。

 本当にコミュニケーション能力の高い男だ。


 さくさくと挨拶をされてしまうと、そっちは? と言われなくても返答するのが大人の対応だ。

 小夜も野本まで無視する気にはなれなかったのか、「映像学科の鷲尾……あ、小夜です」とぎこちない挨拶を返した。

 苗字で呼ばれたから、名前まで。

 その気遣いから頭の回転が遅いわけではないのだなと、勝手な値踏みをする。


「鷲尾さんも三年? だったら敬語とかいいよ。な?」


 野本がさりげなく会話のバトンを流空へと渡す。

 やはり、流空のために声をかけたのかもしれない。

 案外、お節介な性格なようだ。


「そうだね。そのほうが話しやすいし」


 押しつけがましくない程度に笑顔を向けようとして、小夜の目がじっと自分を見つめていることに気がついた。

 責めるでもなく、笑うでもなく。


 また、この視線だ。


 何か言いたいのに、言わないと決めた瞳。

 言う気がないのなら、どうしてそんな目で見るのだろう。


 流空が言葉を続けられずにいると、試写室がふっと暗くなった。

 後ろにある入口の光だけが、明るく通路を照らす。

 そこに長い影ができていた。


「全員席ついたか?」


 教授という立場を考えるとぞんざいな口調が聞こえる。

 細谷教授は最前列まで歩き進むと、学生たちを振り返った。


「これから流す映画は、いろいろあってお蔵入りした短編アニメーション映画だ」

「えっ、未公開!?」


 背もたれに身を預けていた野本が、思わずといった様子で前のめりになる。


「時間は三十分。終わったら、お前らで勝手に感想会を始めろ。チャイム鳴ったら解散な」

「出席はどうするんですかー?」


 学生のひとりが手を挙げる。


「出席は感想会の間に出席カードを配る。もう顔覚えたからな。代返できるとか思うなよ」


 それだけ言うと、自分は最前列の真ん中にどかりと座った。

 少ししてから、後ろから差していた光が消える。

 学生の誰かがドアを閉めたのだろう。

 隣の小夜が、居住まいを正す気配がした。

 スクリーンにまだ何も写っていない試写室は暗く、奇妙な静寂に包まれている。


 すぐ近くに人がいるのに、いないふり。

 かくれんぼでもしているかのような緊張感。


 暗くなったばかりで目が慣れず、横を見ても何も見えなかった。

 暗闇の時間がやたらと長い。

 室内がさざめき始めた頃、ようやくスクリーンが白くなった。

 その光を受けて、小夜の小さな横顔が浮かび上がる。

 ちゃんと横にいたままだったのだな、と当たり前のことに安堵した。


 五、四、三とカウントダウンを始めた画面に、流空も向き直る。


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