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きみを殺すための5つのテスト  作者: 狐塚冬里
第二章 冷戦の幕開け
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第四話 それ、ストーカーって言わない?

「それ、ストーカーって言わない?」


 物騒なことを言う野本に、流空は一眼レフのファインダーを覗いていた顔を上げた。


「気持ち的には違うよ。どっちかって言うと野鳥観察みたいな感じ」

「人はそれを盗撮と言うのだよ、渡会くん」


 わざとらしい演技口調で言い、野本は大げさに頭を振る。

 言葉では責めているものの、実際に流空がカメラを向けてもそれを止める気はないようだった。


 カメラを覗き込み、鷲尾小夜にピントを合わせる。

 彼女はこちらに気づく様子もなく、友人とのおしゃべりに夢中になっていた。

 気づくはずがない。

 流空はわざわざ望遠レンズをつけて撮影しているのだから。


 映像表現実習で小夜とペアになってから、連絡はすべてメールで取り合っていた。


 どんな方向性で進めようか、どういうものが撮りたい? 作業の分担は?


 それらすべての会話はメールでのみ行われているので、進捗は亀の歩みのごとしだ。

 幸いメールを無視されることはないが、毎回堅苦しい文面で正直息が詰まる。

 そのうち拝啓、と書かれるのではないかと思っている。

 来週までに各組、撮りたい映像の方向性を決めてくることが課題になっているのだが、当然まったく進んでいなかった。


「野本たちはもう決まったんだっけ?」

「……いんや、まったく」


 カメラを構えたまま聞くと、予想外に低い声が返ってくる。

 なんでも、野本と水城という女の子のペアは、撮りたいものが真逆だったらしい。

 それは苦労もすることだろう。


「毎日どんぱちやってるんだけどさー……マジ、無理ゲー」

「大変だね……」

「お互いな」


 流空の肩に、ぽんと野本の手が乗った。

 ちら、と目を上げると、同情の視線を送られていた。

 俺も苦労してるけどまだ話し合いになってるだけマシ、と言われている気がして、またカメラに視線を戻した。


 会話には応じてもらえない。


 だから、まずは小夜という人を知ることにした。

 写真に収めることで距離が縮まるのかというとそうではないのだが、小夜という人物について、少しは知ることができる。


 例えば、昼はもっぱら学食派、学食でも教室でも決まった席には座らない、服は白が多い、甘い物が好き。


 少しの間、カメラで追いかけるだけでもこれだけのことがわかった。

 これだけわかってしまうと、野本の言う通り若干危険な香りはする。

 しかも、当人からはカメラを二度と向けるなと釘を刺されてもいた。

 それを無視してのこの行動は、ある種嫌がらせに近い。

 だからこそせめて、小夜の気分を害さないようにこっそりと撮ってはいた。

 ばれた時は最悪だが、ばれさえしなければ撮っていないのと同じ……ような気がする。

 何も、これ以上小夜に嫌われたいわけではない。


 むしろ、その逆だ。


 どうにか普通に会話ができる関係になれるといいのだけど、と思っていると、カメラの中の彼女が慌てたようにバッグを探り、ビデオカメラを取り出した。

 すぐにそれを友人に向け、笑っている。

 この光景は何度か見たことがあった。


「あれ、何してるんだと思う?」

「友だちを撮ってる」


 それくらい流空にもわかる。

 一パック九十円のいちごミルクを音を立てて飲む野本に、レンズを向けた。

 野本は流空の行動に気づいていても頓着せず、目を細めて小夜の様子を窺っている。

 暇潰しのつもりなのか、流空とも小夜とも知り合いだからなのか、野本は気が向くと流空の撮影に付き合うようになった。

 いつもではないが、ふらりとやって来ては他愛もないことを言ってまた去っていく。

 被っている授業がふたつあり、映像表現実習は週に二コマあるので週に三日は会う計算になる。

 端から見ると、急激に仲良くなったように見えるだろう。

 回数的には小夜も同じはずなのだが、こちらは一方通行でまるで相手にされていない。


「撮るなら男前に撮れよー」


 空になったパックをぺこぺことビードロのように鳴らしながら、野本が言う。


「撮っていいんだ?」

「ダメって言ってもどうせ撮るじゃん」


 にや、と笑った目が流空を見た瞬間、シャッターを切った。

 液晶画面を確認する流空の手元を、野本も覗き込む。

 撮られた写真はあまりお気に召さなかったらしく、野本はすぐに興味を失ったようにカフェテラスの椅子を揺らした。

 流空からすると、なかなかよく撮れたと思う。

 冷やかし半分、探り半分の視線だ。


 写真は時間を切り取ると言う写真家もいるが、人を撮る時は感情を切り取っているのだと流空は思っている。

 普通に生きている人間は止まってくれない。

 だからその流れの中で感情の読み合いをしなければいけなくて、どうしてもそれは表面上のことになりがちだ。

 それに不満があるわけではない。

 むしろ表面上問題がなければ気にもならない。


 だけど、たまに立ち止まりたくなる。


 流空が風景や無機物ではなく、人を好んで撮るのはそういった理由からだった。

 その意味でいくと、空なんて最悪だ。

 そこに考えなんてものはないし、太陽も月も雲も星も、空は自分以外のものをそこに置いているだけで何もない。


 空虚なことが嫌いだから、流空は空を撮らない。



「野本はなんで僕に付き合うの?」


 特に答えを期待したわけでもなかったけれど、野本は「えー?」と流空を見た。

 そんなこと気にするんだ。野本の目が意外そうに瞬く。


「友だちだからじゃ納得いかないって?」

「別にそれでもいいけど」


 野本がそう言うのなら、それでもいい。

 一緒にいて楽なタイプではあったし、噓を言っているようにも見えなかった。

 ただ、退屈じゃないのかなと思うだけで。


「聞いといて適当だな、おい」


 半笑いの顔で言いながら、視線を逸らされた。

 ちらりと見えた計算のようなものに、首を傾げる。

 流空といたところで、あまり得になることがあるとは思えない。


「正直言うと、最初は狙ってた感じだな」

「狙うって何を」

「同じ授業受けてる奴と仲良くなっとくと、色々得なこともあるじゃん」

「ああ、そういう」


 サボる時の代行だとか、ノートのコピーとか、友人がいて助かることは多い。

 映像表現実習は出席をしっかり取られる上に実習なので、あまり効力を発揮しなさそうだけれど。


「渡会、頭よさそうだし。あと、顔がいいから」

「何か関係ある? それ」

「あるある。イケメンの近くにいるとそれなりにいいことがあんのよ。俺は女子は二次元に限るってタイプでもないし」

「野本モテそうなのに」

「うっわ、お前に言われるとむっちゃ腹立つ」


 本人は思いきり顔をしかめていたけれど、お世辞で言ったつもりはない。

 頭の回転は速いし、飾らない態度は好感が持てる。話も面白い。

 こざっぱりした服装のセンスもいいし、愛想もいい。

 女子を前にするとしゃべれなくなる、といったコミュニケーション的問題もまずない。

 問題があるとすれば、たまに小難しい映画論を語り出すところだろうか。

 好きな映画が被った場合は、少々面倒臭そうではある。

 真剣に流空が値踏みをしていることに気づいたらしく、野本が「もういいから」と話を進めた。


「でも、最近は面白いから一緒にいるって感じだな」


 面白い。あまり受けたことのない評価だ。


「お前、鷲尾さんに拒否られた時笑ってたじゃん?」

「自覚はないけどね」

「笑ってたんだって。それ見た時、こいつ見た目と違って性格悪いんじゃないかなーって思ったわけ」

「え、酷くない?」


 上げて落とされたような気分に、眉根を寄せる。

 けれど野本は許せと軽く言って笑った。


「で、写真撮るなっつわれてんのにこうやって盗撮してるのを見て、ほんと性格悪いなー面白いなーって思ってちょっかいかけてる感じ」

「結局、性格悪いことになってるし」

「いいじゃん。人間らしくて。俺の最初の見立てが外れてたかもって思ったの久しぶりだから、楽しくなっちゃったんだよなー」


 野本と話している間に、小夜の姿はいつの間にか見えなくなっていた。

 一緒にいた友だちふたりだけが残っている。

 そのうちのひとりは、カフェに来たことのある女の子だった。

 小夜はどこに行ってしまったのかとファインダー越しに探していると、ちょうど一号館から出て来る姿が見える。

 腕に、さっきまで持っていなかったサイドバッグを抱えていた。

 どうやら、荷物を取りに行っていたらしい。

 けれど何故か、三人はまた小夜が出てきたばかりの一号館へと歩いて行く。

 カメラをズームさせると、小夜がはにかみながら何か言っている様子がよく見えた。

 状況しかわからないが、たぶん、こんなところだろう。


 小夜は友だちにはその場で待っていてもらい、置いたままにしていた荷物か忘れ物を取りにひとりで一号館に行って戻って来た。

 けれど次の授業が行われるのもまた同じ一号館で、ひとりで取りに戻らずとも、初めからみんなで行くだけでよかった。

 前にもこれに似た場面を見たことがあるから、あながち間違ってもいないはずだ。

 どうも、小夜は要領があまりよくない。


 他にも、カフェテリアで友だちのために席を取っていたけれど、席がなくて困っている他の人に自分の席を譲ってしまい、結局友だちが来た時にはふたりとも座れなくなっていたといった場面を見たことがあった。


 計算して動くのが苦手なタイプなのかもしれない。

 何枚か写真を撮っている間に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


「それじゃ、俺も行くわ」


 野本が腰を上げるのに合わせて、カメラから視線を外す。

 野本の手の中で、いちご牛乳のパックはすっかり小さく折りたたまれていた。

 案外、几帳面な男だ。


「また明日な」


 あっさりと立ち去る背中を見送ってから、流空もゆっくりと腰を上げる。

 明日は、映像表現実習がある。小夜とも会えるはずだ。


 明日は話しかけてみようか。


 一歩踏み出さなければ、いつまで経っても課題が進まない。

 拒否されている相手にわざわざ近寄るのは気が引けるが、話しかけるのに正統な理由はある。

 その理由があることに、少し喜んでいる自分がいることだけが不思議だった。


 あまりのんびりしていると午後の授業に遅れてしまう。

 氷が溶けて水になってしまったカフェラテのカップを手に歩き出した。

 数歩も歩かないうちにその足が止まる。

 流空の向かう先に、とっくに教室に向かったはずの小夜が佇んでいた。

 友だちは先に行ったのか、ひとりでビデオカメラを回している。

 カメラを持った手を下ろしていても、回しているなとわかった。

 足早に教室に入っていく学生たちを、じっとカメラが追っている。


「小夜~、遅刻するよ~」


 上から聞こえた声に顔を上げると、教室の窓から先ほど見た女子がひらひらと手を振っていた。

 次の授業はあの教室で行うらしい。

 小夜は手を振る友人に一度ビデオカメラを向けてから、また回したままのビデオを自然に脇に下げて歩き出した。

 その一部始終を見ていた流空は、一枚だけ小夜の背中にシャッターを切った。



 盗撮と言うのなら、あの子のほうがよほどプロだ。


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