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あれから少し経って、女の子は布を先程以上にきつく巻いて瞳に涙を浮かべている。
「ひどい、ひどいよ」
「ごめんごめん、でも君だって俺に襲い掛かってきたじゃん、ほらこれでも舐めて機嫌直して」
「これって」
俺が取り出したのはキャンディ、内ポケットに一粒だけ入っていたのを思い出したのだ、これで機嫌が良くなれば万々歳。
「隠してたの……これ」
「内ポケットに一粒あったの思い出したんだよ」
俺の手からお礼を言うこと無くキャンディをぶんどった女の子の顔は、先程までの泣き顔では無く幸せ一杯と言った様子。キャンディ大好き何だなあ、あっそうだ良い事思い付いた。
「そんなにキャンディが好きなら、今日から君の名前はキャンディだ」
もうこれ以上女の子にピッタリの名前は無いだろう、そう思って言ってみたけど、女の子はポカンとした様子。
「私に名前?」
「ああ、いい加減名前が無いと呼ぶ時不便だからな、キャンディ好きそうだし好きな物と同じ名前にしてみたんだけど、嫌か?」
「ううん、良いよキャンディ、私の名前は今からキャンディだよ」
「気に入って貰えて嬉しいよ、改めて宜しくなキャンディ」
「キョビャア」
「うん! え」
目の前にトンボが割って入って来てキャンディの顔面に張り付く、キャンディは呆気に取られてるようだが、俺にしてみれば出てくるのは結構早かったなと言う感想だけだ、キャンディの顔に張り付くのは予想外だけど。
「何だと!」
「イヤッ、イヤアアアアアア」
早急今日一番の叫びと言ったな、此方の方が声がでかい。俺はキャンディがパニックを起こす前に素早くチョップを放ち、キャンディの顔面に張り付いたトンボを弾き飛ばす。
「ハアッ」
「キョバキッ」
「キャンディ、離すんじゃ無いぞ」
「今度は何をするつもりなの、うわあ」
俺は素早くキャンディを抱き寄せると歩道橋から飛び降り、スタートダッシュを切ろうとする、しかし上空から巨大トンボが奇襲を仕掛けてきた失敗してしまう。
「ブブブブッブーーン」
流石に俺も空中ではあの巨体を避けきる事は不可能だったようで巨大トンボに捕まってしまう、だが俺は咄嗟にキャンディを投げ飛ばす事には成功する、少し痛いだろうがトンボの餌になるよりはましだろう。
「きゃっ、痛ったああ」
「早く走れ、小さいトンボが来る前にシェルターに逃げるんだ」
「で、でも啓介を放って、私だけ逃げる何て出来ないよ」
「気にしなくて良い、今のところは無理そうだけど脱出、出来たら追いかけるから」
俺の言いたい事が伝わってくれたのか走り出すキャンディ、勿論向かう方向はシェルターの方だ。頑張って逃げ切ってくれると良いんだけど。
「ギュイイイイ」
「ウグッ」
巨大トンボがそのおお顎で俺を真っ二つにしようと力を込める、死を覚悟した俺は目を閉じてその時を待つ、しかしいつまで経っても巨大トンボのおお顎は、俺を咬み千切る事が出来ない。
俺は体に違和感を覚え意を決して目を開けると、俺の腕が鱗まみれになっているのが見えた。
「な、なんだこれ」
意味が解らない、今も俺を咬みちぎろうと巨大トンボは顎に力をいれてるのを感じる。
しかし巨大トンボの大顎はこの鱗に阻まれて噛むことができないようだ、噛めないどころか若干鱗が大顎に傷を付けているように見える。
「なにが起きたのか解らないけど運が良い」
俺は凶悪な笑みを浮かべた後、体に力を込めてみる。すると人間の力では到底開かせるのは無理のような大顎はいとも簡単に開く。巨大トンボも俺を逃がすまいと頑張っている様だが俺のほうが力が強いようだ、大顎をこじ開けてそのまま俺は地面に落ちる。
「凄いなこれ」
あらためてそう俺は思った、腕が鱗まみれになっただけだと思っていたけど、今の俺の腕は真っ赤な鱗に凶悪そうな鋭い爪これはまるで。
「ドラゴンの手、だな」
試しに手を閉じたり開いたりしてみると、やはり自分の手だと解る。俺は手がこんな状態になっていると言うのに特に焦ったりはしなかった、巨大トンボの方は、咬みちぎれると思った相手が咬みちぎれず此方を伺いながら警戒している。
「体の奥からどんどん力が溢れてくるや、折角の機会だこの手の力を試させてもらうぞデカトンボ」
普段の俺ならしようとは思わないだろう、けど今はとにかく戦いたいのだから仕方ない。巨大トンボはやはり、あの部屋から無理矢理体を引きずり出したのか身体中に傷がついている上に、羽もボロボロになっているところを見るとかなり無理をしたらしい。
俺は脚に力を込めて暫く待つ、すると脚からパキパキ気持ちの良い音がしてくる、どうやら自分の意思でも使えるようだな。
「名前は、終わってから考えるか。じゃあ行くぞトンボ、ヒャッハーーー」
走り出すと同時にアスファルトが目くれ上がる、巨大トンボは飛ぶことで俺から離れようとする。
「キュバババババ」
「遅っそ」
俺は巨大トンボの下に高速で滑り込みジャンプアッパーを繰り出す、狙いはまさに狙ってくれと言わんばかりにでかいトンボの副眼。
「セイッ」
「ギュギャアアアアアア」
目を擦るように繰り出した俺のアッパーは、腕の鱗が目に当たり巨大トンボの目に大きなダメージを与える、副眼を削られた巨大トンボはたまらず落ちていく。
ジャンプした俺はただでは着地しない、俺は落下する際のエネルギーを加えた踵落としを放つ、狙いは一撃で倒せるのか不確かな頭ではなく羽。
「その羽、もらったあああ」
落下時のエネルギーと鱗による鋭さを秘めた踵落としは、意図も簡単にその体の中でも巨大な羽二対の片側を全て根元から落とす。
「ギョクアアア」
片側の羽が無くなった事によりバランスを崩しかけた巨大トンボ、倒れはしなかったがこれでもう逃げる事は出来ない。
地面に着地した俺は間髪をいれずに、次の行動に移る地面に頭をつけてヘッドスピンする、そしてこの回転力によって高められたら勢いで足払いを放つ。
「トールネードッ」
「ギャグボォオ」
放った足払いはただ転ばせるのではなく脚を一本吹き飛ばす、巨大な脚が一本吹き飛ぶ威力の足払いには、脚が五本のこっている巨大トンボでも堪えたのかひっくり返る。
上手く起き上がれないのか巨大トンボは脚をばたつかせている。片側の羽と足一本、此方は目ぼしい外傷は無しこれは勝ちだな。
「運が良いなトンボ、命まではとらないでやる、但し次からは人間以外を狙うんだな」
俺はそう言ってキャンディが走って行った方向を見てから走り出す、この脚なら女の子であるキャンディには易々と追い付ける筈。
「いざ行かん、キャンディの元へ」
俺のこの鱗まみれになった脚の速さのお陰かあっという間に巨大トンボ達は見えなくなった。