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2-3

 トラックに戻ったぼくたちは、すぐさま犯人追跡に向かった。

 犯人は一家四人を殺害した凶悪犯。その上、銃火器で武装までしている。

 相手にするにはこちら側も十分に備えなければならない。


「鑑識の結果から〈グノーシス〉は、市内在住の盤尻キトシ(26)と簾舞ナタオ(28)の二人を犯人と断定しました」

「何者だ?」


 鑑識結果を報告する長留内ルチエに、銃の手入れをしながら比羅夫オシノが訊ねる。

 会議用の大型モニターには、二人の男の顔写真とプロフィールが写っていた。

 犯人たちの姿は一見して普通の青年に見えた。とても一家四人を殺害した凶悪犯には見えない。


「個人経営の米商人(自称)だそうよ」

「何だよ、その(自称)ってのは?」

「要するに米の先物取引で稼いでいる相場師ってことでしょう」

 

 不明瞭な来歴を馬主来アミコが補足説明する。

 米は国民にとって主食であると同時に、日本の食文化の象徴である。

 米価安定のため〈グノーシス〉は一般市民による米の先物取引を認めていた。


「米相場は証拠金制度だからね。少ない元手で一般人でも気軽に始められるのが特徴よ。ここ数年、豊作が続いているから米相場に参入する個人投資家が増えていると聞くわ」

「儲かるのか、それ?」

「本人の実力次第でしょう。儲かるやつも居れば、損する奴もいる。まあ、真っ当な商売じゃないわね」

「今回の犯行により、盤尻キトシに62ポイント、簾舞ナタオに31ポイントのペナルティ。結果、盤尻はRP値がゼロを下回ったわ。〈グノーシス〉は盤尻キトシの市民権剥奪を決定。見つけ次第、処分するようにですって」

「……了解」

 

 顔をこわばらせつつも、オシノはうなずいた。

 相手が一家皆殺しの凶悪犯とはいえ、人殺しは気分の良いものでは無い。

 ぼくは経験者だからよくわかる。


「それで、二人は何処に居る?」

「盤尻キトシの車を発見したわ。現在、州道72号線沿いのバッテリースタンドに停車中」


 オシノが訊ねると、ルチエはバッテリースタンドに設置されている監視カメラの映像を呼び出した。

 会議用の大画面モニターに、バッテリースタンドに停車する真っ赤なスポーツカーが映し出される。

 さすがはトレーダー。良い車に乗っている。どうやら充電中らしく、搭乗者たちは車を降りていた。

 盤尻キトシと簾舞ナタオはスタンド脇ににある自販機で何やら買い物をしているようだ。

 これって、絶好のチャンスじゃない?

 距離はここから約五キロ。急いで駆け付ければ追いつける距離だ。


「犯人の確保は俺と苫務でやる。準備はいいか?」

「うん。いつでもいいよ」


 銃を構え、ぼくはオシノに答える。

 ようやく訪れた出番に、気合は十分だ。


 バッテリースタンドに向かって州道をひた走っていると、急にトラックが止まった。

 せっかくの気合を削がれたぼくは、このトラックを運転している〈グノーシス〉に訊ねる。


「〈グノーシス〉何で止まったの?」

『赤信号です』


 答える〈グノーシス〉に、ぼくは車外モニターで確認する。

 まっすぐに続く田舎道に、思い出したように一本の信号機が佇んでいた。

 横断歩道を横切る歩行者の姿は無い。

 信号に宿る赤い灯を見つめ、ぼくは苛立たしげに叫んだ。


「信号なんて無視しろよ! 緊急事態だぞ!」

『いけません。いついかなるときも、交通ルールを守りましょう』


 信号が青に替わる頃には、犯罪者たちの乗るスポーツカーも充電を終えバッテリースタンドから走り出していた。

 

 スポーツカーのスピードに、装甲トラックが追いつくことが出来るはずがない。

 あきらめムードが漂う中、長留内ルチエが声を上げた。


「……見て! バッテリースタンドに誰か居る」


 監視カメラの映像を拡大する。

 犯人の片割れ、簾舞ナタオだ。

 どうやらスポーツカーには乗っていなかったらしい。

 携帯端末を耳に当てている所を見ると、どこかに連絡しているようだ。


「奴が何処に電話しているかわかるか?」

「ええ。……と、〈グノーシス〉から指令が入ったわ」

「何と言っている?」


 オシノが問うと、ルチエは複雑な表情を浮かべた。


「バッテリースタンドに居る簾舞ナタオから司法局に通報があったみたい。……自首したいって」

「自首だぁ?」


 どうやら、事件は意外な方向へと向かい始めたようだ。


「ええ、どうやら司法取引を持ち掛けたみたいよ。逃走中の盤尻キトシの立ち回り先などの情報と引き換えに刑の軽減を要求しているみたい。〈グノーシス〉は彼の要請を受諾。これから合流して追跡に当たれ、……ですって」


 §


 予想外の展開に戸惑いつつも、ぼく達はバッテリースタンドへ向かった。


 無人のバッテリースタンドに一人の男が佇んでいた。

 手配写真と同じ顔の男。簾舞ナタオだ。

 スタンドにトラックを停車させると、比羅夫オシノとぼくは降車した。


「両手を見える所に! そのまま腹這いになれ!」


 銃を向けた姿勢で、比羅夫オシノは叫ぶ。

 しかし、簾舞ナタオは警告に従うそぶりを見せなかった。へらへら笑いながらこちらに向かって歩み寄って来る。


「おいおい、落ち着けよ。武器なんか持ってねぇよ。……あ、痛ぇっ! 乱暴するなよ!!」


 言う事を聞かない簾舞ナタオを、荒っぽくオシノが押さえつける。強引に地面に引き倒すと、後ろ手にねじ上げ両の手首に拘束具を巻き付ける。

 その後ろで僕は簾舞に向けて銃を構えていた。

いざと言う時は、発砲する準備はできている。


「俺は自首したんだぞ! いくら司法官だって被疑者に対する暴行は認められてないんだからな!?」

「うるせぇ! この人殺しが!」


 文句を言う簾舞ナタオを引きずり起こすと、オシノは思い切り怒鳴りつけた。

 装甲トラックへと向かい、車中に放り込む。その後でぼく達もトラックに乗り込んだ。

 全員乗車したところで装甲トラックは再び走り出す。

 揺れる車内でオシノは乱暴なしぐさで簾舞を椅子に座らせた。


「くそっ、訴えてやる。てめぇら、覚悟しろよ!! 」


 抗議する簾舞に構わず、早速オシノは尋問を始める。


「何でこんな事を?」

「こんな事って?」

「何でやかん職人を殺したって聞いているんだ!」


 問い詰めるその声には怒気が感じられた。

 やかん職人とその一家を惨殺した犯人に怒りを感じているのは彼だけでは無い。

 尋問される簾舞の姿を、ぼくたちは冷たい視線で見下ろしていた。


「あの家族に何か恨みがあったのか?」

「いや、特に何も」

「それでは金銭トラブル? それとも痴情のもつれ?」

「いいや、あの家の連中とは面識はない。今日初めて会った」

「じゃあ、何で殺した!?」


 声を荒らげるオシノに、簾舞は事も無げに答える。

 

「人を殺してみたかったから」

「何だって?」

「いやだから。特に理由なんてねぇよ。ただの退屈しのぎだ」

 

 どうやら、ぼくの推理が正解だったらしい。

 いや、別に嬉しくもなんともないんだけどね。

 残虐な動機に唖然としながらもオシノは尋問を続ける。


「やかん職人を狙ったのは?」

「だってよ、あいつらムカつくじゃん? 誰も使わねぇ道具を作って、税金でのうのうと暮らしてやがるんだ。俺の払った税金でだぜ! あんな奴より俺の方が何倍も世の中の役に立っているんだ。俺のRP値を見ろよ!」


 後ろ手に縛られたまま、胸を張る簾舞ナタオの姿を見る。

 ぼくの顔の半分を覆っているバイザーが、彼の姿の上にRPを表示した。

 41ポイント。

 やかん職人を殺害した事により、減点された数値が31ポイント。

 つまり、事件前は72ポイントあったわけだ。

 

「つまり、俺の命にはやかん職人と、その家族全員の命と合わせた以上の価値があるって事を〈グノーシス〉が認めたって事さ。税金泥棒と高額納税者、どっちが社会の役に立っていると思う? 公務員さんよぉ!」


 そう言うと、簾舞ナタオは得意げな様子で薄ら笑いを浮かべた。

 四人殺してなお、市民として生きる権利が保障されていることが、嬉しくてしょうがないという表情だ。


 こいつ、始めから計算していたんだ。

 72ポイントあれば、大抵の犯罪は見過ごされる。

 こいつの罪状は殺人と家宅侵入。それと器物破損ぐらいのものだ。

 犯行に計画性は無いので、計画殺人よりも罪は軽い。一時的な心神喪失を主張すれば罪はもっと軽くなる。

 おまけに自ら罪を認めて出頭している。捜査に対する協力的な態度は、判決に有利に働くだろう。

 減点されたポイントはまた稼げばいい。相場師ならば31ポイント分の税金ぐらいあっという間に稼げるだろう。実に、相場師らしい考え方だ。


 RPは人間の価値を数値化する絶対的な指標だ。

〈グノーシス〉に生きる価値を認められ誇らしげな彼の姿を、ぼく達は嫌悪の眼差しで見つめた。

 それはオシノも同じだったようだ。

 怒りを押し殺し、尋問を続ける。


「相棒はどうした?」

「相棒? ああ、あのバカのことか」


 共犯者、盤尻キトシの事についてオシノが訊ねると、簾舞ナタオは苦笑を浮かべた。


「俺みたいに一人で辞めておけばいい物を、調子に乗って三人もブチ殺すからさ。RPがマイナスになったんで、国外に逃げるつもりなのさ」

「国外って、どうやって逃げるつもりだ?」

「教えてやってもいいが、その前に約束してもらおうか」

「何だ?」

「俺の罪を軽くしてくれ。捜査に協力してやるんだ。俺の罪も軽くなるよな?」

「長留内。〈グノーシス〉の判決は?」


 比羅夫オシノが訊ねると、長留内ルチエは手元にある端末を操作した。

〈グノーシス〉の裁定は迅速かつ的確に行われる。

 ルチエは画面に表示されている判決を読み上げた。


「三ヶ月の奉仕労働ですって。捜査に協力すれば一ヶ月に減刑されるそうよ」


 一ヶ月。

 四人殺害して、奉仕労働一ヶ月。

 あまりにも軽すぎる処分に思えたが、この男にはそれでも不服らしい。


「チッ! しょうがねぇな。まあ、一月ぐらいならば、農場暮らしも悪くないか。いいぜ、教えてやるよ」


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