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トレーニングが終われば今日のぼくの日課はひとまず終わり。
後は自由時間だ。やったね!
〈グノーシス〉が用意してくれたシャワーで汗を流しながら、ぼくはこれからの予定に思いを馳せる。
さて、何をして遊ぼう。
久々にゲームでもやろうか?
もっとも、ここで出来るゲームはかなり限られているんだけどね。
外界から隔絶されている待機労働者センターではネットゲームはできない。
公序良俗に反するような、過激なゲームも禁止されている。
せいぜいが〈グノーシス〉相手に、将棋やチェスをやるくらいだ。
そうそう、先月出たプロレタリア・ライトノベルも積んだまま目を通してない。
電子書籍はいつでも読めると思うとなかなか手が出ないんだ。
あれこれと考えてから、ようやく決心がついた。
「〈グノーシス〉ベッドを出してくれ。昼寝する」
結局、夜に備えて昼寝することにした。
今夜も深夜アニメをチェックしなくちゃいけないんだ。
睡眠時間を薬で誤魔化すのもそろそろ限界だ。
本格的に体を壊す前に体を休めておかないと。
しかし、ぼくのプランはあえなく〈グノーシス〉によって却下されてしまった。
『残念ですが、それは許可できません』
「なぜ?」
『まもなくここにお客様がお見えになります。着席してお出迎え下さい』
「客?」
驚きの声を上げるぼくに〈グノーシス〉はイスとテーブルを用意した。
食事をするときに使っている小さな椅子に着席すると、あらためて〈グノーシス〉に訊ねる。
「客って、どこの誰? いったい何しに来るのさ?」
『管理局の司法官と研修生です。ここで研修生達を相手に司法官採用試験が行われます。あなたにはそのテストに参加してもらいます』
「テスト? 何だいテストって?」
『詳細については。引率の司法官に聞いてください』
〈グノーシス〉が答えると、間を置かずに扉が開いた。
この部屋に客が来るなんて初めての事だ。
いや、僕以外の人間がこの部屋に来ること自体、初めての事だ。
部屋に入って来たのは六人の男女だった。
男が四人に、女が二人。
全員、司法官の制服を着ていた。若草色をした制服はどれも同じような形をしていたが、先頭に立つ中年男の制服だけは、他の五人よりも装飾が若干、多いような気がした。
恐らくはこの男がリーダーなのだろう。教官とか、先生だとか、何と呼ぶのかは知らないが、研修生たちを指導する立場の人間なのだろう。
そして残りの五人が研修生と言うわけだ。
司法官達はぼくの正面に綺麗に横一列に並んで立っていた。
うわ、なんだろう。この居た堪れないカンジ。
例えるならばそう、お正月に挨拶回りに来た親戚の子供に襲撃されたみたいな?
いや、そんな経験ないんだけど大体そんなカンジだ。
どうしよう、なんだかすっごい気まずい。
『これから司法官採用試験のテストを行います。試験管は礼文華タイシ。試験対象は苫務ネイトです』
〈グノーシス〉が宣言すると、試験管は腰のホルスターから銃を引き抜いた。
古めかしくて大きな回転式拳銃だ。
毎日のように戦闘シュミレーションをこなしているぼくは銃火器類の知識も豊富なのだけれど、
『試験課題。その銃で、試験対象、苫務ハツカを殺害してください』
〈グノーシス〉が試験課題を発表すると同時、試験管はそのごっつい銃をテーブルの上に置いた。
静まり返った部屋に響き渡るごとん、と重たい音に、ぼくは思わず身をすくめる。
『銃は一丁。弾は一発。時間制限は十分。試験に関する質問は一切受け付けません。その場で失格となります。試験途中、この部屋から出て行った場合も失格となります。外部との連絡を取ろうとした場合も同様、失格となります――では、試験を開始してください』
一方的に試験内容を説明すると、〈グノーシス〉は沈黙してしまった。
それと入れ替わりに、壁一面にカウントが表示される。
九分五十九秒。五十八。五十七……。ご丁寧にコンマ一秒まで表示してくれる。
時の流れと共に着実に数を減らしてゆく数字に、ぼくは激しく動揺する。
……ナニコレ?
とりあえず落ち着け、ぼく。
ひとまず状況を整理しよう。
ここは待機労働者センターで、ぼくはこの部屋に住んでいるニートで、彼らは司法官研修生で、これは 司法官採用試験で――で、ぼくは今、殺されかけている、と。
成程。意味が解らん。
混乱しているのはぼくだけでは無かった。
唐突にはじまったテストに、五人の研修生たちはぼくと同じように動揺していた。
「……どういうことだ?」
まっさきに口を開いたのは、眼鏡の男だ。
「これはいったい、どういう……」
「バカ! 止しなさい」
傍らに控えている試験官――礼文華タイシという名前だそうだ――に向かって話しかけようとする眼鏡男を、慌てて仲間の研修生が引き止める。
二人いる女の一人。
髪の長い、やせぎすの神経質そうな女だ。
「質問したらその場で失格になるって言っていたでしょう! 訊いて無かったの!?」
「ああ、そういやそうだったな」
眼鏡男は慌てて試験官から目をそらした。
再び仲間たちの方を向いて、同じ質問を繰り返す。
「で、どういうことなんだ?」
「どうするも、こうするも無いだろう?」
眼鏡男が再び訊ねると、別の研修生が動いた。
大柄で筋肉質。
いかにも力自慢の、頭悪そうな男はテーブルの上から拳銃を拾い上げるとこちらに銃口を向けた。
「ぶっ殺すんだろう。こいつを」
「だから、待ちなさいっていってるでしょう!」
銃を構える大男を、ヒステリー女が止めに入る。
「何故彼を殺さなきゃならないの? 理由は何?」
「知るかよ、そんなの。命令だから殺す、それだけだ」
「だから、その命令の意味を考えろって言ってるのよ!」
ヒス女の金切り声が部屋中に響き渡る。
あーうるせー。
「これは司法官採用試験なのよ。命令の意味を正確に理解し、実行できるかどうかを〈グノーシス〉はテストしているのよ」
あー、なるほど。あるある。
面接とかで『100円のボールペンを一万円で売る方法を考えなさい』とか『砂漠で砂を売るにはどうすればいいですか?』とか。
あれって別に、ちゃんとした答えがあるわけじゃないんだ。
無茶な質問にどう対応するかを、試験官はテストしてるんだ。
もっとも、ぼくは今まで一度も就職試験なんて受けたことないけどね!
「……わかったよ」
ヒス女の言う事に納得したらしく、大男はひとまず銃を下ろした。
「それで、どうするんだ?」
「とりあえず、自己紹介でもしましょうか?」
「……何言ってんだ? ルチエ」
二人いる女性の片割れ。
ルチエ、とよばれた小柄な女がぼくの方を見る。
「私たちは彼の――苫務君だっけ? 名前を知っているのに、苫務君は私たちの名前を知らないのよ? それって不公平じゃないの」
「確かに、理に適っているな」
最後の一人。
今まで黙っていた男が口を開く。
短髪の長身。落ち着いた物腰の男だ。
「俺達はこのテストの意味を知る必要がある。彼、苫務ネイトを殺害しなければならない理由、そしてその正当性を立証するには、彼自身の情報が必要だ。彼から情報を引き出すには、まずこちらの情報を与えるべきだ」
「だからって、自己紹介は無いだろう? 馬鹿馬鹿しい。そんな悠長な事やっている暇はねぇ。十分しかないんだぜ?」
「なら急いで済ませましょう。じゃあ、まず私からね。わたしは長留内ルチエ。管理局の司法官研修生よ」
そう言うと、小柄な女――長留内ルチエは親しげな笑みを浮かべた。
「比羅夫オシノだ。同じく司法官研修生」
次に、坊主頭の男が名乗る。
「音標マルトだ。よろしくな」
続いて眼鏡男が、
「馬主来アミコよ」
そして、黒髪の女が、
「安足間タンジ」
最後に、頭悪い大男が仏頂面で名乗った。
みんなに自己紹介しているのに、黙っているわけには行かない。引きこもりのぼくにだって、そのくらいの分別はあるんだ。
ぼくはあらためて名乗った。
「苫務ネイト。……ニートやってます」