7-1
無能な働き者。これは処刑するしかない。
〈ハンス・フォン・ゼークト〉
§
どこまでもまっすぐな道を、
ひたすらに歩いて、
たどり着いた場所は、
……管理局だった。
いや、まあ、当然の事っちゃあ、当然なんだけどね。
〈グノーシス〉の区画整理で州道は全部、管理局を中心にして繋がっている。
何処に向かうにしても、管理局に着くようにできているんだ。
無事管理局に帰還したぼくは、局長に呼び出された。
突如発生したバッタの大群に州内はパニック状態。事情の分からない管理局は、まともに対応することも出来ず右往左往するばかりだった。
関係者の全てが死んだ今、事件の全容を知っているのはぼくだけだ。
蝗害の発生源と対抗策を検討する局長を前に、ぼくは事件の一部始終を告白した。
管理局内部の陰謀から、片無去博士の脱走の真相まで――事件にかかわること全て、あらいざらいをぶちまけてやった。
全てを聞き終えた後、局長はこう言った。
「……聞かなかった事にしよう」
要するに、局長は事件の全てをもみ消すことにしたんだ。
管理局の不正なんて、暴いたところで誰も得しないもんね。マスコミに非難されるし、局長の地位も危うくなる。何もなかったことにすれば、余計な波風は立てずに済む。
フッ、これが大人の対応って奴さ。
大人って汚いよ。
汚いよ大人って!
……と、まあ。青臭いことを言うのはほどほどにしておくとして、だ。
局長の事なかれ主義はぼくにとっても都合が良かった。
礼文華隊長をぶっ殺したことをはじめ、ぼくも色々やらかしているからね。局長の決定のおかげで数々の命令違反は、自動的に無かったことにされたわけさ。ぼくも汚れた大人たちの仲間入りってわけさ。
どうせぼく達に出来る事なんてありゃしないんだ。
改造バッタを駆除できる農薬はもう存在しない。出来ることと言えば、猛威を振るうバッタの大群が全てを食い尽くすのを見守ることぐらいさ。
こうして、管理局は蝗害対策を一切行わず静観することに決めた。
それがかえってよかったのかもしれない。
バッタの大群は放っておいたらいつの間にか消えてしまった。
改造バッタは食欲旺盛な分、飢えに弱いらしい。州内にある穀倉地帯をあらかた食い尽くすと、バッタたちはあっさりと絶滅してしまった。
自然界の法則から外れた遺伝子改良バッタは、自然界の法則に則って淘汰されたってわけだ。皮肉な話だね。
こうなることを改造バッタの制作者である片無去博士は予期していたのだろうか? 今となっては確かめる術は無い。
バッタが絶滅して一件落着、とは行かなかった。当然だけどね。
蝗害の影響で州内の穀倉地帯は壊滅状態になった。闇米の取引で栄華を極めていた豪農たちは、見る影も無く力を落ちぶれていった。並行して農村ゲリラたちの活動も沈静化。当分の間は〈グノーシス〉の提案する食糧計画に従って農業を行うことになるだろう。
被害を受けたのは農家だけじゃない。
穀物相場の崩壊に伴い、米本位制の経済は壊滅的な打撃を被ることになった。
州内の企業は次々と倒産。街には失業者が溢れかえり犯罪率は大幅に増加。米商人をはじめ相場師たちは破産し、自殺する者が後を絶たない。
ぼく達、管理局職員は事後処理に東奔西走することになった。連日連夜の残業と休日返上で出勤して事態の収拾にあたった。
同時に管理局は、事件関係者の処分を行った。
事件の中心的人物であった礼文華隊長は既に死亡しているので、管理局内の過激派グループは事実上瓦解している。残ったメンバーも早期退職の名目で管理局から追放された。
幸いなことに、ぼくは一切のお咎めなしって事になった。
それどころか、事件解決の功労者ということで局長の信頼を勝ち得るまでに至っていた。今では局長直属の部下として働いている。
ようやく事件が終息に向かい始めた頃にはあたりに冬の気配が感じられるようになって来た。
この地方は春と夏と秋が非常に短く、冬が長い。
季節の移ろいは待機労働者センターでは感じることのない時の流れを実感させてくれる。
§
「降ってきたようだな」
車窓を見つめ局長が呟いた。
局長にならって車窓の彼方に目をやる。
曇り空から郊外の街並みに向かって、白いものが落ちてゆくのが見えた。
「雪、ですか?」
「初雪だな。今年はちょっと、遅かったな」
初雪が降ったその日、ぼくは局長の自宅へと向かっていた。
招待してくれたのは局長夫人だ。
夫人と会うのはパーティーの時以来だ。あの時の約束を覚えていたらしく、今日になって自宅へ招待してくれたのだ。
仕事を終えた州局長とぼくを乗せた専用車は、冬化粧をはじめた郊外の住宅地を粛々と走ってゆく。
局長の自宅は、まず妥当な大きさだった。
一般の戸建住宅にしては大きすぎるが、金持ちのお屋敷と呼ぶには小さすぎる。そんな感じだ。
奥様と二人で暮らしていると言うから、これでも大きすぎるくらいなのだろう。
管理局の職員は高給取りではあったが贅沢できる立場では無い。何しろぼく達の給料は国民の血税だ。労働者の皆さまの神経を逆なでしないように、つつましい生活をアピールする必要があるっていうわけさ。
「お帰りなさいませ。旦那様」
玄関口ではメイドが待機していた。
エプロンドレスにカチューシャと、絵にかいたようなメイド姿にぼくは目を丸くする。
局長のような身分のある人がこういった使用人をわざわざ雇い入れているのは、雇用促進の意味合いもあるのだろう。決して、成金趣味などではないはずだ。
「お客様をお連れした。お通ししろ」
「かしこまりました」
局長から濡れたコートを受け取りながら、メイドはうなずいた。
「所要を片付けねばならんので失礼するよ。夕飯までには終わらせるので、それまでは妻がお相手する」
メイドにぼくの相手を任せると、局長は二階へと続く階段を上った。
おそらくは書斎へと向かったのだろう。
一段落ついたとは言え蝗害事件の事後処理は未だ終わっていない。
ここの所残業続きだったし、局長は家に帰ってからも仕事を続けているようだ。
公務員とは言え管理職ともなればそれなりの責任ってもんがついてまわる。僕のような平職員みたいに九時五時帰りというわけには行かないんだ。
「奥様はリビングでお待ちです。こちらへどうぞ」
愛想のないメイドに連れられて、ぼくは奥の方へ歩いてゆく。
リビングへと向かう廊下を歩きながら、先を行くメイドの背中に向かって問いかける。
「……ねぇ、その恰好」
「言わないで」
「似合ってんじゃん」
「だから、言わないでちょうだい!」
〈オーバーサイト〉のテロリストは真っ赤になって叫んだ。
実際、女ニートのお仕着せ姿は良く似合っていた。相変わらず可愛げのない女だ。折角褒めてやったのに、怒ることないだろうに。
ってな感じで、久々に会った女ニートの案内でぼくはリビングに着いた。
彼女の言った通り、リビングには局長夫人がいた。
ソファーに座っていた局長夫人は、ぼくの姿を見るとわざわざ立ちあがって出迎えてくれた。
「やあ、良く来てくれたわね」
「お招きありがとうございます」
「さ、座って頂戴。お茶を持って来て頂戴な」
夫人がそう命じると、かしこまりましたと言って女ニートは奥のキッチンへと向かった。
「本当に良く来てくれたわね。ごめんなさいね無理を言ってしまって」
「いえ。ぼくもあなたに話がありましたから」
ソファーに腰をかけつつ答える。
二人きりになったところで、ぼくはいきなり本題を切り出した。
「あなたが〈オーバーサイト〉の指導者ですね」
「ええ、そうよ」
拍子抜けするほどにあっけなく、局長夫人は認めた。
「正確には指導者などでは無いわ。私はだれも指導したりはしない。あえて言うなら理解者よ」
「理解者?」
「そう〈グノーシス〉もまた、我々を導く指導者にはなりえない。ただ、提案するだけ。だから私のように〈グノーシス〉の『穏健なる提案』を理解し実戦する理解者が必要なのよ」
指導者だの理解者だの呼び名なんてどうでもいい。
要はこの女がテロ活動の全てを取り仕切っていると言う事だ。
局長の奥方がテロ組織の親玉だったなんて、そりゃ見つからないわけだよな。
灯台元暗しって奴だ。おそらくは夫である局長ですら気がついて無いだろう。
なにしろ自分の部下である礼文華隊長たちの造反にまったく気が付かなかったおまぬけさんだ。奥さんの素性に気が付かず局内の動向――たとえばぼくの個人情報とか、ベラベラと喋りまくっていたんだろうな。
必死こいて探し回っていたラスボスが初めっから目の間にいたなんて、怒りよりも自分の間抜けぶりに呆れるね。
こっちの気持ちを知ってか知らずか、局長夫人は笑いながらぼくに訊ねる。
「どこで気が付いたのかしら?」
「きっかけは、あの絵です」
「絵?」
「パーティー会場で見せてもらった絵ですよ。あの中の一枚に、牧場の絵がありました。あの、片無去博士が農薬研究をするために隠れ住んでいた牧場ですよ」
その後の調べで、あの牧場は局長夫人の経営する障害者支援施設が管理していると言う事が判明している。
あの牧場を〈オーバーサイト〉は、片無去博士に潜伏先として提供し、農薬の研究をさせていたのだろう。
「そんなことでわかってしまうものなのね。さすがは待機労働者センターで訓練を受けただけのことはあるわね。大した観察眼だわ」
「確信を持ったのはついさっきです。あのメイド」
「ああ、あの娘ね」
局長夫人はキッチンの方を向いて微笑んだ。
かちゃかちゃと食器の音が聞こえてくる。
「可愛いでしょう? あの娘。わたし自ら待機労働者センターに足を運んでスカウトしてきたのよ。〈オーバーサイト〉の工作員の中でも一番の腕利きよ」
その可愛い娘に、危険なテロ活動をやらせることが出来るのだ。
やっぱり、この女はまともじゃない。
平然と人殺しが出来る人間なんだ。
そして、それはぼくも同じだ。
長年にわたり管理局が追い続けてきたテロ組織のリーダーがここに居る。
〈グノーシス〉によって人を殺すことを許された唯一の人間として――このイカレたテロリストの指導者を始末するのは司法官としてのぼくの仕事だ。
彼女の身を守るべき女ニートはここに居ない。キッチンでお茶を煎れている真っ最中だ。
職場から直行したぼくは制服姿のままだ。腰のホルスターには拳銃もぶら下がっている。
拳銃を引き抜き、局長夫人の眉間に一発。
それで僕の仕事は全てお終い。
だが、
「あなたに聞きたいことがあります」
挑むような目つきで、ぼくは〈オーバーサイト〉の指導者を問い詰めた。
「いいわよ。何が知りたいのかしら?」
さすがあの女ニートの上司だ。話し方がよく似ている。
教師が生徒に向かって問題を出す時のような、探るような話し方だ。
ぼくは慎重に言葉を選びながら答える。
「全てです」
そう、ぼくがここに来たのは、全てを知るためだ。
ぼくはもう、世の中に背を向けて生きる引きこもりニートじゃない。
全てを知りたいんだ。
この女の元にたどり着くまで、たくさんの仲間を失った。
彼らの死にどんな意味があったのか?
ぼくたちの仕事にどんないみがあったのか?
全てを知ることは唯一、生き残ったぼくの義務だ。
ため込んでいた疑問を一気に吐き出し、局長夫人にぶつける。
ぼくの質問は、とりあえず合格だったようだ。
満足そうにうなずくと、局長夫人は口を開く。
「いいわよ。そのために来てもらったんですもの。でも、話は長くなるわよ?」
局長夫人の言葉に、黙ってぼくはうなずいた。




