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事後処理は全て礼文華隊長の手によって行われた。
戦闘の後だと言うのに疲労した様子を微塵見せることなく、礼文華隊長は精力的に動き回った。
ぼく達の乗って来た装甲トラックに強化外骨格を収納。捕えた女ニートは檻の中に放り込む。
そして、最後の仕上げに研究施設のある厩舎に火をつけた。
化学薬品満載の研究施設は実に良く燃えた。
炎は瞬く間に燃え広がり全てを呑み込んでゆく。
音標マルトと片無去博士の遺体も、博士の研究成果である改造バッタを駆除するための農薬も、全て炎の中へと消えて行った。
炎と共に焼け落ちてゆく牧場を、ぼくはただ茫然と見続けていた。
礼文華隊長を手伝うこともせず、止めることもせず。一部始終を、ただ見守った。
作業の全てが終わったところで、ぼく達は牧場を後にした。
農薬を燃焼促進剤として利用した炎は、周囲にどんな化学物質をまき散らすのかわかったもんじゃない。
立ち込める煙から逃れるように、ぼく達は装甲トラックに乗り込んだ。
トラックの全自動運転機能はいまだに壊れたままだ。幸いなことに、礼文華隊長は運転免許を持っていた。
隊長は運転席に乗り込むと、自らの手でトラックを運転する。
ぼくはその隣の助手席に座った。
舗装されていない農道を走る間、ぼく達は終始無言だった。
轍が刻まれた未舗装道路から舗装された州道に出た所で、ようやく礼文華隊長が口を開いた。
「ご苦労だったな。苫務」
ハンドルを握ったまま隊長はぼくに話しかけて来た。
視線は前を向いたままだ。
フロントガラスの先にまっすぐと続く州道を見つめ、ぼくにねぎらいの言葉をかける。
「今回の事件では本当によくやってくれた。」
「いいですよ礼なんて」
ぼくもまた、前を向いたまま答える。
ウィンドウ越しに見えるのはまっすぐな道。
地平線の彼方へと消えてゆく州道を見つめ、ぼく達は話を続ける。
「そう言うわけには行かんさ。何らかの形で褒章を与えなければ。とりあえず、昇進を上申しておくとしよう。いつまでも研修生扱いと言うわけには行かんよ。こらから我々、司法官の仕事も忙しくなるしな」
「仕事?」
「ああ。今回の件で、管理局内でも大規模な人事編成が行われるはずだ。存分に働いて貰うためには、お前にも然るべきポストを……」
「これが、仕事、ですか?」
押し殺した声でぼくは訊ねた。
「改造バッタを作って、ばら撒いて、環境テロを引き起こし、世の中を混乱させて――これが……こんなことが、仕事だと言えるのですか?」
「勿論だとも。立派な仕事だ」
事も無げな様子で礼文華隊長は答える。
「仕事とはつまり、社会の中で自らの存在価値を作り上げると言う事だよ。その存在価値を数値化した物こそが労働力値、RPだ。〈グノーシス〉が管理するこの社会では、RPこそが全てだ。彼らは――音標マルトと片無去博士はそれが分からなかった。だから死んだんだ」
そして隊長は、自らが殺した二人の男たちの名前を持ち出した。
「確かに、我々のやっていることは一面的に見れば何の意味のない環境テロかもしれない。だが、別の一面では管理局に多くの雇用を生み出し多額の予算をもたらしている。エリート集団である管理局が増強することは、この国にとっての利益につながる。その利益は音標マルトと片無去博士、二人の命よりも価値ある物なのだ。彼らは自らの存在価値を〈グノーシス〉に認めさせることが出来なかった。だから死んだのだ。私に殺されたのだ」
さらに自らが殺人者であることを誇らしげに語った。
「彼らの薄甘い正義感が一体、何をもたらしてくれると言うのだ? 彼らの正義よりも、公共の利益を〈グノーシス〉は選んだのだ。二人は死に、私は生きてここにいる。それが全ての答えだよ」
結局、そこに行きつくんだ。
この国の人間は全てRPによって支配されている。
RPはこの国で絶対的な価値観だ。それに抗う事は誰にもできない。
「〈グノーシス〉の管理は絶対だ。公平にして中立。まさに神に等しい存在だ。そして私の行為が正当である事は〈グノーシス〉が証明してくれる」
滑稽な話だ。
いやまったく、滑稽な話だ。
〈グノーシス〉の事を神のように崇めていることも、遠まわしに自分が神に選ばれた存在であるかのように言っている所も、
礼文華タイシと言う男の全てが滑稽だった。
気が付くと、ぼくは声を出して笑っていた。
「何がおかしいのかね?」
ケタケタと笑うぼくを礼文華は、気味悪そうに見つめた。
フロントガラスから目を逸らし、ようやくの事こちらを向いた礼文華に、ぼくは言ってやる。
「〈グノーシス〉は神なんかじゃない。ただのコンピューターだ。それも、ひどく出来の悪いポンコツだ」
「何を根拠にそんな事を?」
「だってそうでしょう? 〈グノーシス〉が完璧だと言うのならば何故、ぼくが存在していられるんですか?」
「…………あ」
ようやく、思い出したらしい。
ぼくが、ニートだと言う事を。
〈グノーシス〉の管理が及ばない、イレギュラーな存在だと言う事を。
「〈グノーシス〉の支配は完全だが、完璧では無い。あのポンコツAIのやることは、必ずどこかに抜けているんだ――ところで隊長」
「何だ?」
「信号、赤ですよ」
そう言うと、ぼくは正面を指さした。
何処までも続く一直線の道に、思い出したようにポツンと、一本の信号機が佇んでいた。
人っ子一人いない農業用地のど真ん中。州道を横切る横断歩道の上にある信号機は、
赤く点灯していた。
「…………っ!」
慌てて急ブレーキを踏むが、一足遅かった。
装甲トラックのタイヤは停止線をわずかに踏み越えていた。
そして、運転席に機械音声が響き渡る。
『警告。道路交通法違反により礼文華タイジのRPを5減点します』
「……ちょっ! ちょと、待っ……」
『RPがマイナスを下回ったことにより、礼文華タイジの市民権を剥奪します』
「いやだから、ちょっと待てって!」
ぼくは銃を抜くと、うろたえる礼文華隊長に向けた。
『苫務ネイト司法官に通達。礼文華タイジを速やかに処分してください』
「こんなのアリかよ!? だって、ちょ……」
そして、ぼくは引き金を引いた。
銃口から飛び出た銃弾は礼文華隊長の頭を吹っ飛ばした。飛び散った脳漿はフロントガラス。
まったく、車の中で人を殺すもんじゃないね。
返り血に真っ赤に染まった姿で、ぼくは助手席から降りると車体後部へと向かった。そこには、金網の檻に囚われた女ニートが居た。
檻の中の彼女は、血まみれのぼくの姿を見てギョッとした表情を見せた。
「……何が起きたの?」
「仕事をした」
それだけ言うと、ぼくは檻のカギを開けた。
怪訝な表情で檻の中から出てきた彼女を置いて、ぼくはトラックを降りる。
鉛色の空の下、まっすぐと続く州道を
背後から女ニートがぼくに向かって叫んだ。
「ちょっと、どこに行くのよ!?」
そんなこと知るもんか。
ニートでもない、司法官でもないこのぼくに行く当てなんかありゃしない。
女ニートの声に振り向かず、ぼくは州道を歩いてゆく。
行く当てなんて必要ないんだ。
ぼくの目の前には、まっすぐと続く道がある。
この道を歩き続けて行けば、きっとどこかにたどり着くだろう。




