6-3
ぼくの手伝いがあっても無くても、取り付け作業は順調に進んだ。
農薬散布用タンクの開閉弁を無線プログラムでチェックすると、作業はすべてかんりょうした。
いよいよ無人偵察機を飛ばして農薬散布に取り掛かろうとしたその時、牧場は襲撃を受けた。
襲撃者は轟音と共に天井を突き破り、ぼく達のいる厩舎へと突入してきた。
天井から降り注ぐ日差しの中、宇宙服を着たような人影が佇んでいる。
その異様な姿に一同は絶句する。
「なんだ、あれは?」
「《ヴァリアント》だ!」
茫然と呟く博士に、答えたのは音標マルトだった
「管理局が開発した試作型の強化外骨格だ! 司法官に配備予定の新装備だ。もう、実用化されていたなんて……」
「こんな近くに来るまで気が付かないなんて。どうして……」
「輸送機に乗って高高度降下して来たんだろう。
ぼく達の見守る中、強化外骨格が動き出した。
博士の姿を捕えた所で止まった。
『ようやく見つけましたよ博士』
マイクを通して聞こえる、その声には聞き覚えがあった。
「礼文華君か」
強化外骨格に向けて博士がつぶやいた。
『おとなしく投降していただきますか? さもなければ……』
「殺す、とでも言いたいのか? いくら司法官と言えども、理由も無く一般市民を殺害するのは問題なのではないかね?」
『一人ぐらいなら殺しても大丈夫です。そのくらいは、社会に貢献しておりますので』
そこまで言った所で強化外骨格は銃撃された。
撃ったのは、女ニートだ。
いつの間に移動したのか、農薬の詰まったタンクの影に隠れて強化外骨格に向けてライフルを構えていた。
「博士、こっちへ!」
手招きする女ニートの元へ、博士は駆け出した。
音標マルトも、ぼくを抱えて後に続く。
いや、だからいい加減、拘束を解いてくれないかな。自分で走れるし。
ぼく達は女ニートと共にタンクの影に身を隠した。
「礼文華隊長も過激派グループのメンバーだったのか!?」
「そうだ、彼以外にもほとんどの司法官が過激派に協力している」
マルトと博士が話している間にも、女ニートは強化外骨格に向けて銃撃を加えていた。
しかし銃弾は装甲に全て弾かれてしまう。
全身に銃弾を浴びつつも、《ヴァリアント》は平然とした様子で頭をめぐらす。
やがて《ヴァリアント》は、厩舎内に並んだ無人偵察機に目をとめた。
『なるほど、《レイブン》を使って農薬を散布するつもりだったのですね。しかし、余計な事をしたのが仇となりましたな。おかげでこの位置を把握することが出来ました』
どうやら礼文華隊長は無人偵察機の無線プログラムを逆探して、この場所を割り出したようだ。
隊長は無人偵察機の元へと歩いてゆくと、強化外骨格の足で踏みつぶした。
「この野郎!」
精魂込めて整備した偵察機を破壊され、マルトは激昂した。
一目散に倉庫脇に駆けてゆく。そこには無人偵察機から取り外したロケット発射筒が置いてあった。
その内の一本を、マルトは肩に担ぎあげる。搭載型のロケット発射筒は、個人携帯火器としても応用できる。
ロケット発射筒を強化外骨格に向けると、マルトはロケット弾を発射した。
白煙をたなびかせ、ロケット弾は《ヴァリアント》めがけて飛んでゆく。
強化外骨格はその見かけにそぐわぬ機敏な動きでロケット弾を躱した。
《ヴァリアント》のオペレーションシステムは〈グノーシス〉とリンクしているんだろう。弾道を予測し全自動で弾丸を避けてくれるんだ。
「クソッ!」
舌打ちすると、足元にあるもう一本のロケットを拾い上げようとした。
さすがの礼文華隊長も、二発目を避ける自信は無かったようだ。
腰に手を回し、銃を抜いた。
試験の時に使った、あの厳ついリボルバーだ。
司法官に支給される銃器は全てコンピューターによって自動管理されている。犯罪者意外に向けると、自動的にロックがかかる。しかし旧式のリボルバーに電子機器の類は一切ついて無い。
轟音と共に大口径のリボルバーが火を噴いた。放たれた銃弾はマルトの頭に命中する。大口径の銃弾に撃ち抜かれ、ザクロのように頭を吹き飛ばされたマルトは悲鳴すら上げることなく絶命した。
マルトは死んだ。無人偵察機も破壊された。
いよいよ追いつめられたところで、女ニートが叫んだ。
「博士! 逃げてください!」
弾も撃ち尽くしてしまったらしい。
ライフルを放り投げ、女ニートは博士に逃げるように言った。
「私が時間を稼ぎます。そのうちに裏から逃げてください!」
「しかし……」
「農薬を作れるのは博士だけなんです! 博士が死んだら、全てお終いなんです! 生き延びて、管理局の計画を阻止してください!」
博士の返事を待つことなく、女ニートは飛び出した。その手にはぼくから奪い取った刀が握られていた。
刀を振りかざし、女ニートは強化外骨格に挑みかかった
女ニートは固い装甲に向かって出鱈目に刃を叩きつける。日本刀なんかが強化外骨格に通用するはずがない。彼女の言った通り、これはただの時間稼ぎだ。
無駄な攻撃を繰り返す女ニートに、しかし《ヴァリアント》の中の礼文華隊長は反撃を躊躇った。
迂闊に攻撃を加えて相手を殺すわけにも行かない。彼は既に音標マルトを殺害した事によって減点されている。RPは残りわずかだ。
振り回される刀を慎重に見極め、その手首を掴んだ。
「……ああッ!」
短い悲鳴を上げる女ニートを軽々と持ち上げると、礼文華隊長はこちらに向かって叫んだ。
『おとなしく投降して貰いましょうか、博士! さもないとこの女が痛い目を見ることになる。殺しはしませんがね、腕の一本や二本、へし折るぐらいの事はやりますよ!?』
人質となった女ニートの姿を見つめ、博士がつぶやいた。
「……いくつだ?」
「え?」
「礼文華のRPだ。今いくつだ?」
言われてぼくは、バイザーに表示されている礼文華隊長のステータスを読み上げる
「……37だ」
「殺人罪による減点は約三十点。そこから司法官として職業補正値と、対象の係数を換算して……」
何かを計算しているらしい。
博士は、ぶつぶつと数字をつぶやくと、
「……何とか、行けるかもしれん」
やがて、何かを決意したようにうなずいた。
そして僕の方へ向き直ると、カッターを取り出し両手首の拘束具を切り裂いた。
さらに、ぼくから取り上げた銃を取り出した。
戒めを解かれたぼくの手に銃を押し付け、博士は言った。
「さっき言ったことを忘れるな。出来ることをやるんだ。決して躊躇うな」
「……何を」
何を言っているのかはわからない。
しかし、博士の真剣な眼差しに気圧され、それ以上の事を訊ねることが出来なかった。
「後は頼んだよ」
最後にそう言い残すと、博士は物陰から出て礼文華隊長の元へと向かった。
『ようやく観念したようですね、博士』
「いいや、観念するのは君の方だとも」
いつものように白衣のポケットに手をつっ込んだ姿勢で、博士は強化外骨格の前に立った。
「銃を降ろしたまえ。それで、私をどうしようと言うのだね? 自分のRPを見たまえ。37しか残っていないのだろう? わたしを殺したら、市民登録抹消になるぞ」
『殺さないように捕える方法などいくらでもあります。しかし、これ以上手間をかけさせないでくれませんか?』
「では、この場合はどうするね?」
ポケットから出したその手には、手榴弾が握られていた。
『……なにっ!』
「おおおおおおおおっ!」
唖然とする隊長に向かって、博士は雄叫びをあげて駆け出した。
相打ち狙いの自爆攻撃だ。
『クソッ!』
死に対する恐怖が無意識に隊長の体を動かした。
頭を撃ち抜かれた博士は隊長の手前、二メートルの位置で倒れた。
その手から手榴弾が零れ落ちた。円筒の先から、煙が噴き出した。
手榴弾だと思っていたのは、ただの発煙筒だったんだ。
『…………』
騙されたと気づいた礼文華隊長は、茫然としているようだ。
女ニートを担いでいた手を離し、その場に立ちすくんでいる。
ここでようやく、博士の狙いに気が付いた。
博士は礼文華隊長にわざと殺されたんだ。
礼文華隊長はこれで、マルトに続いて二人も殺したことになる。
博士の計算では、礼文華隊長のRPはマイナスとなり市民権を剥奪されるはずだったが、
『……ククッ』
哄笑と共に、強化外骨格の肩が揺れた。
その姿を、ぼくはバイザー越しに捕える。
礼文華隊長のRPは、5。
たった五ポイント。しかしそれは、まぎれも無く市民であることの証であった。
マルトと博士。礼文華隊長の命は、二人の命よりも価値があると〈グノーシス〉は判断したんだ。
『ククッ、ハッハッハッ! ハァーッハッハッ!!』
厩舎内に礼文華の哄笑が響き渡る。
これで全てが、終わった。
管理局の不正に立ち向かった三人は、たった一人の男に敗北したのだ。
全てが終わったことを知ると、ぼくは身を潜めていた物陰から出た。
ぼくの姿を見つけると、ようやく礼文華隊長は笑うのを止めた。
『苫務司法官、居たのか?』
「……ええ」
『どうやら、全て知ってしまったようだな。……それで、どうするんだ?』
隊長はぼくに選択を迫った。
管理局の不正に目をつむり、司法官として働き続けるか。
管理局の不正を告発し、この場で殺されるか、だ。
「ぼくは……」
選択の余地は無い。
それでもわずかな逡巡が生まれたのは、ぼくの中にわずかながらにも良心が残っていたからだ。
その良心を踏みつぶし、ぼくは答える。
「ぼくは、司法官です」
そう、ぼくはもうニートでは無いんだ。




