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6-2

 ぼく達は、黙って片無去博士の言う事に従った。

 他に何が出来るっていうのさ?

 博士はぼく達に銃を突きつけると、拘束具で両手を縛り上げた。

 入れ替わりに、博士は女ニートの拘束を解いた。

 不可解な行動に、音標マルトが博士に噛みついた。


「これは一体、どういう事何ですか! 博士」


 彼の憤りはぼくも同じだった。

 助けに来た人質に銃を突きつけられ拘束されるなんて、理不尽極まりない。

 せめて、納得できる説明ぐらいはしてほしい。


「さて、何から説明したらよい物かな……」


 ぼくたちの姿を見つめ、片無去博士は心底、困ったような表情を浮かべる。

 自分でも何から説明したらよいかわからないようだ。

 考えるそぶりをすること数分、ようやく口を開く。


「君たちは、あのイナゴの大群を見たかね?」

「ええ」

「あれを作ったのは私なのだ」


 突拍子もないことを言いだした博士に、ぼくは目を瞬かせる。


「あのイナゴを、ですか?」


 驚いたのは音標マルトも同じだったらしい。

 訝しげな表情で訊ねるマルトに、博士はうなずいた。


「正確にはバッタなのだがね。日本の植生に適応出来るように品種改良されたバッタだ。きわめて繁殖力が高く、食欲も旺盛。ものの数分で全てを食い尽くしてしまうだろう」


 説明しながら博士はタバコを取り出した。

 彼にとってあまり話したくない事なのだろう。

 緊張を抑えるために、一服する。


「開発当初の目的は、米につく病害虫を食べつくす改良バッタをつくることだった。実現すれば無農薬の野菜を作ることが出来るようになる。その研究の第一段階として、このバッタが作られた。遺伝子改良で食欲と繁殖力を極限まで。しかし、奴らにとってはこの雑食バッタこそが本来の目的だったのだ」

「奴ら?」

「管理局の中で暗躍する一部の過激派勢力だ。私に改良バッタをつくるように命じたスポンサーだよ」


 それは、管理局内における不正行為の内部告発だった。


「近年、州内の治安は急速的に乱れている。外国勢力の介入。拡大する農村ゲリラ。そして〈オーバーサイト〉。州内の治安を揺るがす脅威に対抗するには、司法官の人員増加と新型武装の導入が必要不可欠となる。最大の障害は〈グノーシス〉だ。人事権と予算を握っているのは〈グノーシス〉なのだが、再三にわたる申請を〈グノーシス〉は跳ね除け続けている。業を煮やした一部の過激派勢力が、自作自演の蝗害による環境テロを画策したのさ」


 大きく紫煙を吸い込み、博士は続ける。


「改造バッタを繁殖、散布し人工的に蝗害を発生させ、農村部に壊滅的ダメージを与える。これにより、食糧事情は悪化。米をはじめとする穀物相場は下落。食料、経済の悪化は州内に混乱をもたらすことになるだろう。混乱を収拾するためには、さしもの〈グノーシス〉も司法官の増員と予算を認めるざるを得ないだろう。奴らの目論見通りにな」


 つまり、こう言う事?

 州内の治安を守るために、治安を低下させて、治安を上昇させるための許可を〈グノーシス〉に認めさせる、と。

 ……本末転倒じゃね?

 やってることが滅茶苦茶じゃん。


「計画に気が付いた私は〈グノーシス〉に洗いざらいを報告した。テロ計画の全容と関わっている人物全てを伝えたのだが〈グノーシス〉は一切の対応をしなかった」

「なぜ?」

「〈グノーシス〉は私の言う事を信じてくれなかった。人工知能は蝗害をテロと認識することが出来なかったようだ」


 そりゃ、まあねぇ。

 やっていることと言えば田んぼにバッタをばらまくことだけだもんね。

 これがテロですって言っても、なかなか信じられないよね。

 それも過激派の狙いの一つだったんだろうね。博士を利用してわざわざ改造バッタを作らせたのも〈グノーシス〉の監視網をごまかす為だったんだ。

 ホント〈グノーシス〉って肝心な時に役に立ったためしがないな!


「〈グノーシス〉に失望した私は〈オーバーサイト〉に頼ることにした。反管理局組織である〈オーバーサイト〉ならば、私の言う事を信じてくれると思ったからだ。〈オーバーサイト〉は私の言う事を信じてくれた。すぐに彼女達を派遣し、わたしを研究所から救い出してくれた」


 女ニートを見ながら博士は言った。

 成程、博士は誘拐されたんじゃなく、研究所から脱走したんだ。

 そして、脱走した博士を捕まえる為に管理局はぼく達を送り込んだってわけだ。


 つまり、ぼく達は体よく利用されたってわけだ。


 こんなくだらない事の為に、ぼく達は多くの仲間たちを失ってまでここまで来たんだ。

 衝撃と疲労で、目の前が真っ暗になって来た。


「〈オーバーサイト〉は私に隠れ家だけでなく研究機材まで提供してくれた。研究所から脱走した私は、ここで改造バッタを駆除するための農薬の研究を行った。〈オーバーサイト〉の協力もあって無事開発は成功し、農薬の量産体制も整った――しかし、全ては無駄に終わったようだ」


 とうとうニコチンで苛立ちを押さえつけることが出来なくなったのか、博士は吸いかけの煙草を投げ捨てた。


「当初の予定では刈り入れの時期に合わせて計画を実行するはずだった。その方が市場に与えるダメージが大きいからね。私が脱走したことで焦ったのだろうな。連中は予定を繰り上げて実行したようだ。当初の計画ほどでは無いにせよ、甚大な被害を与えることになるだろう。」

「まだ終わりと決まったわけではありませんよ、博士」


 自暴自棄になる博士に対して〈オーバーサイト〉の女ニートはまだあきらめてはいないようだ。

 無表情なその顔には、強い意志が感じられた。


「農薬は既に完成しているのでしょう? 今すぐ行動を起こせば被害は最小限に食い止めることが出来るはずです」

「しかし、農薬を散布する手段がない。地上から散布していたのでは到底、間に合わない。空から散布しようにも飛行機やヘリなんて無い」

「ドローンならば可能です。無人偵察機ならば小回りも利きますし、」

「用意できるのかね? 広範囲に散布するには相当な数が必要だぞ」

「ええ、既に用意してあります」


 そして彼女は、ぼく達の方に振り向いた。

 より正確に言うと、音標マルトの顔を見つめていた。


「え? 俺?」


 §


 作業はすぐに始まった。

 まず、表に停めていた装甲トラックを厩舎の中まで移動させる。

 次にトラックから無人偵察機を取り出し、厩舎の中に並べる。

 そして無人偵察機レイブンに、農薬散布機を取り付ける。

 無人偵察機の数は五機。その全てに農薬の入ったタンクと散布機を取り付けるのは、骨の折れる作業だった。


「博士! 出力が高すぎます。これじゃ、落っこちちまいますよ!」

「いや、このくらいの出力は必要だよ。薬を入れればもっと重くなるはずだからね」


 取り付け作業には音標マルトも参加していた。

 無人偵察機を扱えるのは彼だけだ。博士たちの計画には欠かせない。

 女ニートに説得されたマルトは、進んで博士たち協力を申し出た。管理局の裏切りを知った今、司法官として働く義理はもうないと思っているようだ。

 片無去博士の指揮の元、女ニートと一緒にマルトは取り付け作業を続けている。


 その様子をぼくは、厩舎の隅で見つめていた。

 両手はまだ縛られたままだ。寝っ転った姿勢でぼくは考えていた。


 これから、どうすればいい?


 管理局の不正行為は許せない。ぼく達を騙して利用していた事には憤りを感じずにはいられない。

 だからと言って、彼らに協力することは果たして正しい事なのだろうか?

 悪の反対が善とは限らない。〈オーバーサイト〉はテロリストだ。司法官として、ぼくは彼らの存在をどうしても認めることが出来なかった。

 ぼくはマルトほど簡単に割り切ることはできない。ついさっきまで殺し合いをやっていた相手と仕事をするなんてできるものか。


 そんな事を考えていると、片無去博士がぼくの元へとやって来た。


「手が足りないんだが」


 ぼくを見おろし博士は言った。


「ほどいてあげるから、手伝ってくれないか?」

「お断りだ」

「そうか」

 

 それ以上、博士は何も言わなかった。

 ぼくの横に座ると、ポケットから煙草を取り出し吸い始める。


「……忙しいんじゃなかったのか?」

「小休止さ。休むことも効率よく仕事をするのに重要な事だ」


 変な理屈を持ち出して来たが、ぼくには詭弁にしか聞こえなかった。

 どうにも正体の掴めない人だ。

 学者って言うのは変わり者が多いって聞くけど、この人もその例にもれず奇人だ。


「君は、働きアリの法則と言うのを知っているかね?」


 タバコを吸いながら、そんな話をし始めた。

 ……この話、流行ってんのか?


「働きアリのコロニーでは全てのアリが労働に従事しているわけでは無い。八割のアリが働いて残り二割が働いていないとか、働いているのは二割だけで残り八割が働いていないとか言われているが――まあ、そんな事はどうでもいい」


 どうでもいいのかよ!

 学者って言う割には、随分おおざっぱな性格しているな。オイ!


「問題は、労働数が常に一定に保たれていると言うことだ。働いているアリがなんらかの理由で働けなくなった場合、働いていないアリがその穴埋めをする。誰かに命令されているわけでもないのに、自発的に働き出すんだ。何故だと思う?」


 答えを期待していたわけでは無いようだ。

 一拍置いて、博士はすぐに続きを話し始めた。


「考えてみれば簡単な話なんだよ。ただ単純に、出来ることをしているだけなんだ。働いているのは出来るからであり、働かないのは出来ないからだ――彼を見たまえ」


 言うと、博士は振り向いた。

 視線の先には無人偵察機に散布機を取り付ける音標マルトがいた。

 額に汗して働くその顔は、心なしか活き活きとしているように見えた。


「いま目の前で未曽有の災害が起きていて、彼にはその難局に立ち向かう技能がある。そうなればやるべきことは一つだ。職業的な使命感でも、社会人としての自覚も必要ない。彼はただ、出来ることをやっている。それだけだ」


 そう言うと、博士は立ち上がった。


「君にもいずれ、動くべき時が来るだろう。己が役割を知るその瞬間が必ずやってくる。その時は、決して躊躇うなよ」


 吸殻を捨て作業へと戻る博士の後姿を、ぼくは黙って見送った。


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