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6-1

 最も強い者が生き残るのではなく、 最も賢い者が生き延びるでもない。 唯一生き残るのは、変化できる者である。


〈チャールズ・ダーウィン〉


 §

 

 イナゴの群れは瞬く間に一帯を制圧した。

 田畑にみのる作物のみならず、イナゴは村の家屋に入り込み、ふすまや障子紙、はたまた柱や漆喰の壁まで食い尽くし始めた。

 死体まで食い尽くそうとするイナゴに恐怖を感じたぼくたちは、トラックの中に逃げ込んだ。


「一体何が起きたんだ!」

『イナゴの大量発生と思われます』


 音標マルトが訊ねると、〈グノーシス〉は見れば判るような事を言った。


『この場止まるのは非常に危険です。大至急、撤収することを推奨します』

「わかってんだったら、とっとと車を出せ!」


 言われなくても判るような事を言うポンコツAIに向かって再び叫ぶ。

 が、装甲トラックはいつまでたっても動こうとはしなかった。

 

「どうした?」

『警告。オートクルーズ機能に障害が発生しました。移動することが出来ません』

「こんな時に!」


 舌打ちすると、マルトはテーブルの上にある端末に飛びついた。

 モニターに装甲トラックのステータスを呼び出し、故障の原因を探る。


「おそらく電装機器の中にバッタが入り込んだんだろう。どこかの回路がショートしてオートクルーズ機能が故障したんだ」

「修理できる?」

「この状況でか? 無茶言うな」

「じゃあどうすんのさ!?」

「オートクルーズが故障しても車は動く。普通の車のように運転席でハンドル握って運転すればばいい」

「そうか、じゃあ運転してくれよ」

「できない」

「は?」

「だから、俺は運転なんかできねぇよ」


 堂々と答えるマルトに、ぼくは絶句する。


「何で出来ないんだよ! あんた、メカニックだろうが! 車の運転ぐらい出来るだろう? 普通」

「俺の専門は無人兵器の操作と整備。運転は専門外だ。自動車運転免許証なんて何の役に立つんだよ! お前こそ待機労働者センターで習わなかったのかよ!」

「教習場に通うコミュ力があるなら引きこもり何てやってねぇよ!」


 不毛な言い争いを続けていると、ぼく達を呼ぶ声が聞こえた。


「……あの!」

 

 装甲トラックの奥。

 金網で区切られた檻の中に〈オーバーサイト〉の女ニートの姿があった。

 ……そういえば、こいつの事をすっかり忘れていたな。

 村での戦闘の後、捕えた女ニートは檻の中に放り込んだ。テーザー銃の影響で全身がしびれている彼女は動くこともままならない。檻の中でおとなしくしていたんで、今まで見張りもつけず放っておいたんだ。

 電気ショックの痺れがようやくとれたらしい。ガンガンと金網を叩きながら、女ニートはぼく達に向かって言った。


「あたし、運転できるけど!?」


 §


 女ニートの運転で走り出した装甲トラックは、どうにかイナゴの群れから抜け出した。

 延々と続く田園地帯のあぜ道を、装甲トラックは土煙を上げて爆走する。


 落ち着いたところで、音標マルトは装甲トラックの修理に取り掛かった。

 走りながらでは碌な整備はできないが仕方ない。

 背後からはイナゴの群れが押し寄せてきている。車を止めて修理をしている余裕はない。

 マルトが車の修理をしている間、ぼくは女ニートの見張りをしていた。

 助手席に座り、運転席にいる女ニートのこめかみに銃を突きつける。


「銃を下ろしてくれない。気が散るわ」


 細いあぜ道でハンドルを切りそこなえば田んぼの中に突っ込むことになる。

 まっすぐと前を向き、運転に集中しつつぼくに話しかける。


「状況を考えなさいよ。だれがハンドル握っていると思っているの? あたしを撃ち殺したら、あなたまで巻き添え喰って死ぬことになるのよ?」


 彼女の言う事はもっともだったが、素直に従うのも癪にさわる。

 銃を下ろすかわりに、ぼくは彼女に質問する。


「名前は?」

「……え? 何ですって?」

「名前を聞いているんだ! お前を尋問しているんだよ。素直に答えろ」

「そんなの聞いて、どうするの?」


 相手がコミュ障のニートだって事を忘れていた。

 まったく答えになっていない返事をよこす女ニートに、別の質問をぶつけてみた。


「何でテロリスト何かやっている?」

「あなたと同じよ。スカウトされたの」

「スカウトぉ?」

「待機労働者センターにスカウトマンが来たのよ。〈オーバーサイト〉は君の力を必要としている、って言うから」

「それだけか?」

「それだけよ。他に理由が必要?」

「それだけの理由でテロ組織の仲間になったのか!?」

「それだけで十分じゃない。待機労働者センターで培われた私の能力を、必要とする人間がいる。仕事っていうのはそう言うもんでしょ?」

「倫理観が無いのか、お前は?」

「ニートに倫理観なんてあるはずないでしょう。社会人としての価値観を一切持ち合わせないのがニートなんだから。あなただってそうでしょう? もし先にスカウトに来たのが司法局で無く〈オーバーサイト〉だったとしたら、あなたはその誘いを断ったかしら?」


 言われて、考えてみる。

 あの時、待機労働者センターにやって来たのが礼文華隊長では無く、〈オーバーサイト〉からの使者だったら、ぼくはどうしていただろうか? テロリストになれと言われたら、ぼくはどうしていただろうか?


「わたし達のやっていることは同じ、ただの人殺しよ。ただ、立場が違うだけ」

「お前達と一緒にするな。ぼくはもうニートじゃない。司法官だ」

「そうかしら? わたしにはあなたが司法官としての務めを果たしているようには見えないのだけれど」

「何だと?」

「さっきからあなたは、どうでもいい質問ばかりしているじゃない。私の名前とか、〈オーバーサイト〉に入った動機とか。そんなことどうでもいいじゃない。司法官として聞かなければならない質問が他にあるでしょう?」

「……え?」

「あなたは何故、博士の行方を訊こうとしないの?」


 そう言うと、彼女は笑った。

 馬鹿にするような、あざけりの笑みだ。


「司法官ならば、人質の命を最優先にするはず。それを聞かないと言う事は、あなたは仕事の事なんてどうでもいいとおもっているのよ。仕事だけじゃないわ。世の中の事も、自分の人生にすら興味が持てない。ただの、ニートよ」

「知った風な口を叩くな! 何故そんなことが言いきれる?」

「わたしも同じだからよ。ニートは結局、何処まで行ってもニートなのよ。管理局側に立つ司法官だろうが、反管理局側の〈オーバーサイト〉だろうが。永遠に何者になることも出来ず、どのような社会にもなじめない余計者なのよ」


 それきりぼくは、彼女に話しかけることをやめた。

 最後に一つだけ、彼女に質問した。


「何処に向かっているんだ?」

「この近くに、あたしたちの隠れ家があるのよ。そこに博士がいるわ」


 §


 テロリストのアジトは一見して普通の農家であった。

 堂々と看板を掲げているとは思ってはいなかったけどね。

 元々は牧場だったらしい。

 大きなサイロに家畜小屋と柵付きの放牧場。

 何処にでもあるような、普通の農家だ。


 トラックを降りるとぼくは音標マルトと共に牧場へと向かった。


「博士は厩舎の中に居るわ」


 ぼく達の後ろには女ニートが居た。

 車の中に一人で置いておくわけにも行かず、一緒に連れて行くことにした。

 もちろん、両手は拘束具で縛られている。


「警戒の必要はないわ。中に居るのは博士一人だけ。他に人はいないわ」


 彼女の言う事を真に受けるつもりは無かった。

 周囲を警戒しつつ、銃を構え、牧場の中に入る。

 女ニートの言う通り、牧場の中には厩舎らしき建物があった。


 厩舎の中には家畜の姿は無く、かわりに無数のパイプと巨大なタンクが立ち並んでいた。

 その姿はまるで実験室か工場のようにみえた。

 奥の方に進み、ようやく人影を見つける。

 試験管やビーカーと言った実験器具が並んだテーブルの前に、白衣の男が佇んでいる。

 作業に没頭しているらしく、ぼく達に気がついて無いようだ。


「博士!」


 音標マルトが声をかけると、白衣の男はこちらの方を振り向いた。

 捜査資料にあった同じ顔。

 片無去ゲンコウ博士だ。


「君は?」

「司法局の職員です。あなたを助けに来ました」

「君が? 私を?」


 怪訝な表情でぼくたちを見渡す。

 そして、女ニートの姿を見て、ようやく事情を呑み込めたらしい。


「そうか、それはご苦労だったね」

「御無事そうで何よりです。お怪我はありませんか?」

「いや、無いよ。それより、一服してもいいかね?」


 そう言うと、博士は煙草を取り出し口にくわえる。

 長い監禁生活から解放されて緊張の糸が切れたのだろう。

 一服吸って気持ちを落ち着けたいのはわかるが、そうゆっくりもしていられない。


「ゆっくりしている時間はありません、博士。急いでここを離れませんと。ここに居ては〈オーバーサイト〉の連中がいつ駆けつけてくるかわかりません。それに、異常事態が起きているのです」


火を探してポケットを探る博士に向かって、マルトは説得を続ける。


「こちらに向かってイナゴの大群が押し寄せてきているのです。一刻も早くここから立ち去りませんと危険です。我々と一緒に、同行していただけませんか?」

「勿論だとも。その前に、君たちにちょっと、手伝ってもらいたい事があるのだが?」

「ええ、どうぞ」

「とりあえず、手を挙げてもらえないかな?」


 そう言うと、博士は白衣のポケットから手を取り出した。

 その手に握られていたのは、マッチでもライターでもない。

 一丁の小型拳銃だった。


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