5-2
やがてぼく達は目的地に到着した。
潜入捜査官との合流地点は用水路脇の一本松だ。
見渡す限りの田んぼの中にポツンと佇む一本松は良く目立つ。潜入捜査官と密かに合流するには不向きな場所ではあるが、他に目印になりそうなものが無いので仕方がない。
一本松の下で待つこと一時間。
待てど暮らせど、潜入捜査官は姿を見せなかった。
しびれを切らした幌美内捜査官は、捜査官が潜入していると言う村へ直接乗り込むことを提案した。
再び装甲トラックでぼく達は移動する。
用水路沿いのあぜ道を行くと、やがて小さな村を見つけた。
藁ぶき屋根が特徴的な合掌造りの集落だ。
昔ながらの製法で米作りをしていると言ったが、生活まで合わせているらしい。
集落へ向かう道の途中でぼく達を待ち受けていたのは――死体だった。
用水路から田んぼの間にある水門に、潜入捜査官の死体が吊るされていた。
水門に吊るされた死体は一目見ただけではっきりと暴行を形跡が見受けられた。
おそらく、農村ゲリラに潜入捜査がバレたんだろう。
「……見せしめのつもりか」
変わり果てた姿の潜入捜査官を見つめ、幌美内はうめくように呟いた。
潜入捜査は常に危険と隣り合わせだ。
死は覚悟の上で仕事に臨んでいるのだろう。
仲間を失うのも、今回が初めてではないのだろう。
取り乱すことは無く、幌美内はぼくたちに遺体を収容するよう命じた。
「これからどうしますか?」
遺体の収容が終ったところで、馬主来アミコが訊ねる
潜入捜査官が殺されたことにより農村ゲリラの足取りがつかめなくなった。
その上、敵にぼく達の動きが察知されてしまった。
ここに止まることは危険だ。
「やはり、一度本部に戻って体勢を立て直してから出直しますか?」
「いや、そんな必要はない」
淡々とした調子で、幌美内は答える。
「潜入捜査官を殺ったってことは、管理局と事を構える準備が整ったってことさ。そっちがその気ならば、相手になってやろうじゃないか」
表面上は平静を装ってはいるが、その内心は憤っていることは明らかだ。
仲間の仇討のつもりなのだろうか、幌美内は農村ゲリラたちの掃討作戦を継続するつもりのようだ。
「死体の状況から見ても殺されてからまだ半日も立っていない。犯人はまだその辺に潜伏しているはずだ。音標を飛ばせ。全部だぞ」
指示通り音標マルトは装甲トラックからドローンを取り出した。
五分もたたないうちに五機の無人偵察機は、田園地帯の大空へ舞い上がった。
「続いて《ブルドッグ》を起動。その辺の田んぼに火をつけろ」
「えっ!?」
「火炎放射器で焼き払うんだ。田んぼが燃えていると知ったら、農村ゲリラも黙ってはいないだろう。武器を担いで出てきた所を、俺達が一掃する」
「いいんですか? そんなことをして」
「構うもんか。どうせ管理局の指導を無視して作っている余剰米だ。放っておけば、闇米になって連中の資金源になるだけだ。遠慮は無用。派手にやっちまえ!」
戸惑いつつも、マルトは三台の《ブルドッグ》を起動させた。
四本足の機動兵器はあぜ道の上に整列すると、田んぼ目がけて火炎放射器を発射した。
胴体上部の取り付けられた火炎放射器は、大きく弧を描きながら黄金色の稲穂に着火する。
炎は瞬く間に燃え広がり、田んぼを焼き尽してゆく。辺りには米を焼く香ばしい匂いが漂っていた。
やがて、村から一台のピックアップトラックがこちらに向かってやって来た。
あぜ道を爆走するピックアップトラックの荷台には、武装した農村ゲリラたちが乗り込んでいた。
おそらく潜入捜査官を殺した連中だろう。
収穫前の米を焼かれて怒り狂っているらしく、ぼく達まで殺すつもりらしい。
「出て来たぞ。〈グノーシス〉の指示は?」
「……速やかに殲滅せよ、だそうです」
長留内ルチエが携帯端末に表示された〈グノーシス〉からの指示を読み上げる。
「よし、音標でまとめて吹っ飛ばせ!」
合図と同時に、上空を飛翔していた無人偵察機がロケットランチャーを発射。
ピックアップトラックは火の玉と化した。
「まだまだこれからだ。村に乗り込むぞ」
幌美内捜査官は銃を手に取り、自ら村へと乗り込んでいった。
仲間を殺されたことで頭に血が上っているようだ。
自らの手でゲリラを始末しないと気が済まないらしい。
司法官殺しは重罪だ。加担した連中、全てが処罰の対象になる。
事前の話では、農村ゲリラは村ぐるみで犯行を隠ぺいすると言っていた。
幌美内捜査官は村に居る人間、全員を反逆の罪で始末するつもりなんだ。
「あたし達もいくわよ!」
さらに、馬主来アミコまでもが戦闘に参加しようと言いだした。
銃を手にしている所を見ると、幌美内捜査官の後を追いかけ村に乗り込むつもりらしい。
「これはチャンスよ! RPを大幅に上げることが出来るわ!」
「必要ないだろう」
ノリノリのアミコと違い、オシノは気乗りしない様子だった。
「ドローンに任せておけば自動的に掃討してくれる。危険を冒して敵地に乗り込む必要なんて無いだろう」
「冗談でしょう!? 《出島》での失点を回復するまたとないチャンスなのよ!? ここで成果をあげなければあたし達、いつまでたっても研修生のままよ!」
そう捨て台詞を残して、馬主来アミコは行ってしまった。
こいつの出世欲には呆れるね。
「どうする?」
「あいつを放っておくわけにはいかないだろう。いくぞ」
そう言うと、オシノもまた武器の準備を始めた。
それに倣って、ぼくもしぶしぶ用意をする。
あんなんでも、ぼく達のリーダーだもんな。それに、放っておくと何しでかすかわかんねぇし……。
と、言うわけで、二人の後を追ってぼくとオシノは村へと向かった。
長留内ルチエと音標マルトはその場で待機。ドローンの操作と〈グノーシス〉の中継を任せた。
オシノと共に、周囲を警戒しつつ村の中に入る。
村の中の様子は、悲惨の一言に尽きる。
先行して突入した三機の《ブルドッグ》は、火炎放射器で村の家屋に火をつけて回っていた。
わらぶき屋根の古民家は実によく燃える。
燃え盛る家から大慌てで飛び出してきた村人を、《ブルドッグ》は容赦なくチェーンガンで撃ち殺す。
凶悪な火力でもって敵を制圧する《ブルドッグ》の後に、幌美内捜査官と馬主来アミコが続く。
機動兵器が撃ち漏らした敵はふたりが止めを刺す。逃げ惑う村人たちを殺して回るその姿は楽しんでいるように見えた。
それはもう、戦闘と呼べるようなものでは無い。一方的な虐殺だった。
ぼくとオシノは戦闘に加担することなく、かと言って止めることもせずに虐殺の一部始終を見守っていた。
他に何が出来るってんだ?
言いようのない無力感にさいなまれながら立ち尽くしていると、
突如、村人たちを追い回していた《ブルドッグ》が爆発した。
「何だ?」
「あそこだ!」
炎上する戦闘ロボットを見つめ茫然とするオシノに向かってぼくは叫んだ。
二時方向。農家の屋根の上にロケットランチャーを構える人影があった。
小柄な女だ。
その女の姿をバイザー越しに捕えると、すぐさまステータスが表示される。
氏名:非公開
年齢:非公開
RP:0
「ニートだ!」
それは、今まで追いかけて来たテロ組織〈オーバーサイト〉の闘士とはじめて対峙した瞬間だった。
その体に不釣り合いなロケット発射筒を捨てると、その女は肩に吊るしていたAK-401Eアサルトライフルを構えた。
そして幌美内捜査官と馬主来アミコめがけて発砲する。
「うわっ!」
二人は慌てて《ブルドッグ》の影に隠れた。
小銃弾が機動兵器の装甲を弾く。
その身を挺して二人を守る《ブルドッグ》だったが、しかし反撃をしようとはしなかった。
圧倒的な火力を持つチェーンガンを、屋根の上のテロリストに向けることは無い。
なぜなら、相手がRPゼロのニートだからだ。
ニートに法は適用されない。
〈グノーシス〉の管理下にある機動兵器は、彼女を脅威とは認識できないんだ。
「幌美内捜査官! 馬主来! 下がれ!」
《ブルドッグ》の影に隠れたまま動けない二人に向かって、比羅夫オシノが叫んだ。
このままでは一方的に撃たれるだけだ。
オシノの指示に従い、二人はこちらに向かって駆け出した。
「ぎゃあああああああああっ!」
唐突に、馬主来アミコが悲鳴と共に転んだ。
見ると、右のふくらはぎには一本の矢が刺さっていた。
防弾繊維で出来た戦闘スーツは銃弾以外の攻撃には脆い。
矢を放った射手はすぐに見つかった。
アミコの後方約十メートルの位置に、弓を構えた男が居た。
「きゃあああっ! 嫌っ! 嫌あっ!!」
半狂乱で悲鳴を上げる馬主来アミコの元に男が迫る。
ポケットがたくさんついたベストと作業服姿のその男は、一見して普通の農夫に見える。
しかし、バイザーに表示されたRPはゼロ。
この男もニートだ。
原始的なコンパウンドボウは、鉄板すら易々と貫通する威力を持っている。
既に次の矢をつがえた男は、地面に這いつくばった馬主来アミコに向かって弓を放った。
「やめろ!」
ぼくとオシノは弓使いに銃を向けた。
しかし、
『警告。一般市民を対象にした発砲は許可できません。一時的に銃の使用を禁じます』
〈グノーシス〉の警告と共に銃がロックされる。
引き金を引こうとするが、ピクリとも動かない。
「……グッ!」
使い物にならなくなった銃と苦闘しているうちに、矢はアミコの背中に突き刺さった。
短いうめき声と共に、馬主来アミコは動きを止めた。
「こっ! このっ!!」
絶叫と共にぼくは駆け出した。
ロックされた銃を放り棄て、腰から刀を抜き放つ。
突進するぼくに向かって弓使いのニートが矢を放った。
ぼくは刀で矢を打ち払った。
そのままぼくは敵の間合いに飛び込み、返す刀で弓使いに切りかかる。
「でやぁっ!」
渾身の一撃は、弓使いの首筋を切り裂いた。
喉笛から鮮血をほとばしらせながら、ニートの弓使いは声も無く絶命する。
一人倒して息をつく間もなく、背後から剣戟の音が聞こえた。
「はっ!」
振り返ると、オシノが林業用の斧を構えた大男と戦っていた。
バイザーに表示されるステータスを見ると、この男もやはりニートだった。
幌美内捜査官を庇うようにして、オシノは刀を振るっていた。
「ハァッ!」
斧使いはニート特有の戦闘センスと体格差でもってオシノを力技で圧倒しようとした。
しかし、オシノも負けてはいない。
巧みな剣さばきで斧使いに切りかかる。
所詮は作業用道具。戦いは刀を手にしたオシノに軍配が上がった。
「グガアァツ!」
斧をかいくぐりオシノの突きが脇腹を貫いた。
斧使いのニートは口から血を吐いて倒れる。
冷たい視線で斧使いを見おろし、息をついたその時、警告音が鳴り響いた。
『警告。民間人を殺害した罪により、比羅夫オシノに殺人罪を適用します』
「なんだって!?」
〈グノーシス〉の警告に、オシノが絶句する。
理不尽な判定に抗議する間もなく〈グノーシス〉は判定を下す。
『RPに34のマイナス。これにより比羅夫オシノの市民権をはく奪します』
しかし〈グノーシス〉は無情にもオシノに対し、ペナルティを与えた。
そして、比羅夫オシノの傍にいた《ブルドッグ》が動き出した。
ニート達を相手に沈黙を続けていたミニガンが火を噴いた。
「う、うわっ……」
ミニガンのモーター音がオシノの悲鳴をかき消す。
一秒間で百発の弾丸を打ち出すミニガンで撃たれれば、痛みを感じる暇すらない。
あっというまにオシノの体は肉片に代わってしまった。
側にいた幌美内が慌てて叫ぶ。
「音標! 《ブルドッグ》を停止させろ! このままじゃ同士討ちになる!!」
村の外で待機しているマルトに向かって指示を出すと、すぐに《ブルドッグ》は機能を停止した。
これでもう、機動兵器の支援は頼れない。残りの敵はぼくと幌美内捜査官の二人で片付けるしか無い。
ぼくの研ぎ澄まされた神経が、敵の気配をすぐに捕える。
位置は、ぼくの真後ろ。
「しまった!」
屋根の上に居た女ニートが、いつの間にかぼくの後ろに回り込んでいた。
慌てて振り向くが、既に手遅れだ。
女ニートは背後からぼくの腎臓目がけて、右手に握ったナイフを突き出そうとしていた。
やられる、と思った瞬間、
「あああああああああああああっ!」
女ニートは悲鳴を上げて硬直した。
全身をけいれんさせて、そのまま地面に倒れる。
「大丈夫か? 苫務司法官」
女ニートの背後にはテーザー銃を構えた幌美内捜査官の姿があった。
彼の構えるテーザー銃は《出島》で幌美内を捕えるときに使ったのと同じものだ。
ワイヤー付きの電極針を射出する非殺傷武器ならばニート相手にも有効だ。
「どうやら、全員倒したようだな」
幌美内捜査官の言う通り、敵の気配は感じられなかった。
戦闘の緊張から解放されたと同時に、冷たい哀惜が押し寄せてきた。
馬主来アミコと比羅夫オシノ。
二人の仲間たちは、今はもういない。




