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5-1

 ライ麦畑のつかまえ役,そういったものに僕はなりたいんだよ。


                                 〈サリンジャー〉


 §

 

 幌美内捜査官の憤りに反して、ぼく達にあたえられた懲罰は軽微なもので済んだ。

 捜査妨害についても不可抗力を認められた。

 しかし、さすがにお咎めなしと言う事にはいかない。

 信賞必罰が我ら公務員の掟。

 形式的にではあるが懲罰の体裁だけは整えなければならない。

 我が班の責任者であるところの、馬主来アミコは始末書の提示を命じられた。ざまぁ。

 残りの班員たちには、誘拐捜査の任務を外され本局待機を命じられた。

 元々、誘拐捜査は行き詰っていたし、連日の出動でぼく達は疲れていた。

 丁度良い特別休暇に班のみんなは喜んでいた。

 勤勉実直な司法官であるところのぼくは、この謹慎期間を有効に活用し戦闘訓練に当てることにした。


 戦闘担当である比羅夫オシノとぼくの二人は、局内にある訓練場に向かった。

 訓練の相手はゼリーの化け物だ。

 全高約二メートル。直径約一メートル。

 鑑識作業で弾道検査に使われているこのゼリーは人間の筋肉とほぼ同じ強度、らしい。

 つまり、このゼリーをぶった切ることが出来るのならば、人間を真っ二つにすることもできる、らしい。

 らしい、らしいと、不確かな事ばかり言うのは、先生役のオシノ自体が居合切りについてあまり詳しくないだからだ。


「ハッ!」


 気合と共にぼくは刀を振り下ろす。

 白刃は円筒形のゼリーを右上方から左下方へと抜ける――途中で引っかかった。


「くそっ!」


 歪にひん曲がった切り口に向かって、ぼくは毒づいた。

 失敗だ。

 斬る途中にひねったのか、掌が痛い。


「余分な力が入っているからだ」


 後ろから比羅夫オシノがぼくに向かって指導する。


「柄を内側に握りこんでいるからだ。切る瞬間だけ、小指の方向だけに力を入れるんだ。そうすりゃ無理なく綺麗に切れるさ」


 自分も素人のくせにこの男は、やたらと偉そうなことを言いやがる。

 そんな教科書に書いてあるようなことを言われたところで、実践できるはずがない。


「やっぱぼくにはむいてないみたいだな」


 溜息をついて、ぼくは刀を鞘に納める。

 わざわざ訓練場まで足を運んで見たものの、わかったことはぼくに剣術の才能が無いと言う事をあらためて思い知らされたってことだけだった。

 いまさら訓練したって実戦に通用する剣術など身につくはずがない。

 泥縄もいいところだよな。

 無駄な時間を過ごした苛立ちを、ぼくは手の中にある刀にぶつけることで発散した。


「大体、何だって日本刀が標準装備なのさ。もう少し扱いやすい武器を支給してくれればいいのに」

「表向きの理由は、ただのハッタリだ。武士道精神の象徴である日本刀を帯刀することにより、司法官としての公務に対するやる気と忠誠を内外に示すためことだ」

「裏向きの理由は?」

「刀鍛冶に仕事と助成金を与えるための口実だ。日本刀ってのはとにかく手間のかかる代物だ。使うたびに刀を研ぎに出さなくてはいけない。刀鍛冶に研ぎ師。多くの職人に仕事と金を」

「何だか今、官民の癒着の構造を見たような気がするんだけど」


 裏向きも表向きも、碌な理由じゃありゃしねぇ。

 ますます訓練するのが馬鹿らしくなってきた。


「こうでもしないと日本固有の伝統文化が亡んでしまうからな。日本刀の製造技術が失伝すると言う事は、剣術そのものが失われることになる」

「それこそ、意味が無いじゃないか。近代戦でチャンバラやる機会なんて無いだろう?」

「それを言い始めたら戦闘技術そのものが無意味だと言う事になるぞ。実質的な戦闘は全部ドローンがやってくれるわけだし」

 

 そう、

〈グノーシス〉が管理するこの社会では、大半の事は機械がやってくれる。

 人間のやるべき仕事なんてものはほとんどないんだ。

 楽をしようと思えば、いくらでも楽はできるが、そうなるとぼく達の仕事が無くなっちまう。

 機械に仕事を取られないためにも、ぼくも精進を怠ってはならない。

 気を取り直して再び訓練に戻ろうとした時、訓練場に一人の男がやって来た。


「よお、お前達。ちょっといいか?」


 ぼく達に声をかけたのは幌美内捜査官であった。

 先日会った時は怒り狂っていたが、今日は随分と印象が違う。


「話があるんだ。その前に、この間の件について謝罪したいのだがな。あの時は少し言いすぎた。血が上っていたんだ」


 すまなかった、と言って潜入捜査官は頭を下げた。


「まったく恥ずかしいよ、新人相手に八つ当たりなんて大人げない。水に流してくれると嬉しいんだが」

「いいえ、こちらこそ。捜査の邪魔をしてしまって申し訳ない」


 つられるようにして比羅夫オシノも頭を下げる。


「いやいや、どうか気にしないでくれ。潜入捜査で司法官同志が鉢合わせになる事なんてよくある事さ」


 ひとしきり謝罪の応酬を繰り返し、和解した所でようやく本題に入った。


「ところで、お前達は誘拐事件を追っているそうだな?

「ええ、そうです」

「犯人は〈オーバーサイト〉だと聞いたが?」

「ええ。連中の使っていた武器が《出島》で取引されたものと一致したんです」

「うん。どうやら俺達の追っている農村ゲリラと〈オーバーサイト〉が裏で手を組んでいるみたいだな」

「なんですって?」

「くわしい説明は後回しにするとして、どうだろう? お前達と俺達とで、合同捜査をやらないか? 受け入れてくれるならば、お前達の謹慎を解くよう上層部に掛け合ってやるぞ。どうだ?」


 §

 

 幌美内捜査官の提案した合同捜査の申し入れを、ぼく達は二つ返事で受け入れた。

 意味のない訓練にはいい加減飽き飽きしていた。

 直ぐにぼく達は管理局を出立した。

 ぼくたちの向かう先は州内においての穀倉地帯だった。

 この辺の農家たちは昔ながらの製法で農業を行っている。

 無農薬で、機械の手を借りず手作業で行っている。出来た作物は高級食材として流通しているので、収入もでかい。作業は過酷だがその分、大量のRPを稼ぐことが出来る。

 田園地帯は丁度、刈り入れの時期を迎えていた。

 黄金色に輝く稲穂で埋め尽くされ田園の中を、装甲トラックに乗ってぼく達は移動する。


 装甲トラックの中はドローンが山積みになっていた。

 無人偵察機レイブンが五機。

 歩兵支援機動兵器ブルドッグが三機。

 いずれも幌美内捜査官が調達してきた装備だ。

 おかげで整備担当の音標マルトは出発時からドローンの整備にかかりきりになっていた。

 ずらりと並んだドローンたちを眺め、マルトはぼやき声をあげる。


「ここまで大袈裟な装備が必要なんですか?」

「のどかな田園地帯だからと言って侮ってくれるなよ」


 不満を漏らす整備担当に、幌美内捜査官は固い表情で答える。


「この辺の農村地帯は実質、管理局の支配が及ばない無法地帯なんだ。事件が起きても通報なんてされない。村ぐるみで隠ぺいするのさ。だから犯罪が表ざたになることはない。表面化したとしても大した罪に問う事はできない。国民の食糧を農民は高いRPを保持している。闇米の横流しくらいじゃ、致命的な失点にならないからな」

「それじゃ、どうやって捕まえるんですか?」

「微罪で捕まえられなければ、重罪で捕まえればいい。重罪事件が起きないのならば、起こさせればいい。俺達、潜入捜査官の手でな」


 そう言うと、潜入捜査官は不敵な笑みを浮かべた。


「百姓たちは潜在的に政府に根強い不信感を抱いている。表だった差別は無いがピラミッドの底辺に居ることに変わりはない。州政府の指導や、商人たちのわがままに振り回されるのにうんざりしている。そういった鬱屈した思いを利用して、農村ゲリラに勧誘するのさ」

「勧誘?」


 ぼくは《出島》で出会った時に聞いた彼の演説を思い出した。

 あんな下手くそな演説に乗せられてゲリラになるやつがいるんだ。


「まず農村地区に捜査官を潜入させる。村の中じゃ、平凡な毎日に退屈している若者がたくさんいる。そいつらをそそのかして、武器を与えてやれば農村ゲリラのいっちょ上がり。あとは事件を起きるのをまって捕まえればいい」


 要するにあれだ、

 万引き犯にわざと抵抗させて強盗傷害で逮捕する、みたいな?

 まるっきり、悪徳警官の手際じゃねぇか。

 長留内ルチエも同じように感じたらく、咎めるような調子で幌美内捜査官に向かって言った。


「それじゃ、まるでマッチポンプみたいじゃないですか!」

「まるでじゃない。マッチポンプさ」


 それこそ悪徳警官のように、

 ふてぶてしい態度で幌美内捜査官は答える。


「仕事ってのは探すもんじゃない。作るもんさ。俺達の仕事は犯罪者を捕まえる事だ。犯罪が起きるのを悠長に待ってなんかいられねぇよ。重罪犯を捕まえれば、俺達のRPが上がるんだ。お前達も管理局で出世したければ、このくらいの要領はできなきゃならんぞ」


 得意げに説教まで始めた。

 幌美内捜査官の捜査手法には問題を感じないでもないが、効果がある事だけは否定できない。

 理屈ではわかっているけど、それでも感情的に割り切れないものがあるのはどうしようもない。

 彼が不必要に犯罪を助長させていることは紛れもない事実だ。

 同じ司法官として、幌美内捜査官のやり方に疑問を感じずにはいられない。

 ぼくの思いは他の班員たちも同じだった。

 特に長留内ルチエは嫌悪感を隠そうともせず、幌美内捜査官を睨み付けていた。


「まあ、そう怖い顔をしなさんな。おかげで〈オーバーサイト〉の尻尾を掴むことが出来たんだからな。俺達が流したコムソモール共和国製の武器は、農村ゲリラを仲介して〈オーバーサイト〉の手に渡った。この事から〈オーバーサイト〉は農村ゲリラと手を組んでいると推測される」

「テロ組織が手を組むって、そんなことあるんですか?」


 疑問に思ったので訊ねると、幌美内捜査官はうなずいた。


「テロリストの世界では良くある話さ。利害が一致すれば、組織の垣根を越えて連帯することもある。今回の場合は農村ゲリラが武器を調達し〈オーバーサイト〉が農業試験場を襲撃する。農業試験場が機能停止になれば、政府の推し進める農業政策は大ダメージをこうむることになるからな。農村ゲリラにとっても利益のある話なのさ」


 成程。敵の敵は味方、ってわけか。


「これから行く村には既に、仲間の捜査官が潜入している。その捜査官の話によると、〈オーバーサイト〉の一味と思しき一団を村の中で見かけたらしい。おそらく農村ゲリラは武器の他に隠れ家も〈オーバーサイト〉に提供しているのだろう。うまく行けば、誘拐された博士も見つけることが出来るかもしれないぞ」


 これで説明は一通り聞き終わった。

 それから後、ぼく達は現場に到着するまで終始、無言だった。

 潜入捜査官の工作だの、テロリストの共闘だの――そんなきな臭い話をこれ以上聞きたくは無かった。


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