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4-2

 打ち合わせの結果、《出島》に潜入するのはぼくとオシノの二人ということになった。

 犯罪者の巣窟である《出島》には様々な危険が予想される。いざと言う時に備え、戦闘要員のぼく達が潜入するべきだと言う事になった。

 残りの三人は船で待機と言うことになった。

 長留内ルチエはここで〈グノーシス〉の中継を。

 音標マルトはいざと言う時に備えて船をいつでも出せるようにスタンバイしておく。

 船酔いがひどい馬主来アミコは戦力外。ホント、班長がいないと話が早く進んで助かるよ。


《出島》に潜入するにあたり、二人とも武装は最小限に留めることにした。

 ぼくは接近戦用の日本刀。

 オシノは取り回しのよいサブマシンガン。

 それぞれに拳銃が一丁ずつ。

 今回はあくまでも潜入捜査だ。このくらいの装備で事足りる。

 戦闘服の上に薄汚れた貫頭衣をかぶって偽装すれば、武器を隠すことが出来るし難民っぽく見える。


 準備を終えたぼく達は、早速《出島》へと向かった。

 桟橋を伝って《出島》に入る。

 採掘プラントの広大な敷地内には、貨物用コンテナがずらりと並んでいた。

 この貨物用コンテナを《出島》の住人達は、住居兼店舗として利用しているらしい。

 コンテナから溢れんばかりの生活物資と、鳴り響く売り子たちの怒声が《出島》の中で巨大な市場を形成していた。


 市場を取り仕切っているのはほとんどが外国人だ。

 桟橋で見たロシア系以外にも中国系や朝鮮系。アメリカ人らしき黒人の姿も見える。

 まさに人種のるつぼ、って感じだ。


 扱っている商品も様々だ。

 軒先に並んでいるのはサーモンやホタテといった海産物から、対戦車用のロケットランチャーまで置いてある。

 珍しい商品では、ドル紙幣の量り売り何て言うのもある。

 ビニールでひとまとめにした札束のブロックを、キロいくらと言った風にして売買するのだ。

 かつて基軸通貨として流通していたドル紙幣も、合衆国崩壊と共に紙屑へと変貌した。

 それでも今だに世界中に流通しているのは、ドルに代わるだけの貨幣が無いからだ。

 日本に住んでいるぼくには信じられない事だが、外の世界では紙幣を製造する技術すら持たない国があるのだ。


《出島》では見る物、聞く物。全てが新鮮だった。

 次から次へと押し寄せるカルチャーショックから立ち直ると、ようやくぼく達は当初の目的を思い出した。

 ぼくとオシノはテロリストの情報を得るべく、市場の人々を相手に聞き込み捜査を始めた。

 

 捜査に取り掛かって程なく、この人選は失敗だと思い知らされた。

 何しろぼくはこの間まで待機労働者センターで引きこもり生活を送っていたのだ。

 ここ数年、生身の人間と会話をした経験が無い。

 初対面の人間と話をして、情報を引き出すなんて無理な話だ。

 オシノもまた社交的な人間とは言いがたい。

 闇市の連中と気の利いた会話なんてとてもじゃないが無理だ。


「……うまくいかんもんだな」


 魚屋の親父に話しかけようとしてすぐさま追い払われたオシノは、渋い顔で頭をふる。


「迂闊に話しかけたらこちらの身元がばれてしまう。これだったら長留内と音標に任せればよかったな」

『無理! 絶対無理!』

『そんな恐ろしい所、冗談じゃねぇ!』


 ぼくたちの見ている《出島》の風景はバイザーを通して、船に居る二人の元へと送られている。

 二人とも闇市の様子にすっかり恐れをなしているようだ。


 進退窮まったぼく達は、闇市の真ん中で立ち往生していた。


 やがて、ぼくは一軒のコンテナ・ショップに目をとめた。

 店先にある縁台には、ファイルケースに納められたDVDが並んでいた。

 旧式のDVDには闇市には不釣り合いな極彩色の『萌え絵』がプリントされている。

 どうやら、この店はアニメの海賊版ディスクを売っているようだ。

 本土で放送されている深夜アニメを録画して、ディスクに焼いたのだろう。


 並んでいる商品は、どれも一昔前のアニメばかりだ。

 最新のアニメもあるかも知れないと思い、店主に声をかけて見た。


「『はがない』はあるかい?」

「いや、無ぇよ」

「じゃあ『俺ガイル』は? 修正版のやつ」

「無ぇよ」


 やはりここの店主にも余所者だと見抜かれてしまったようだ。

 店主はうさん臭そうな目でぼくを睨み付ける。


「あんた本土の人間だね?」

「ああ、そうさ。わかるかい?」

「そりゃわかるさ。今の時期に出島で買い物に来るのは素人さ」


 そう言うと、店主は《出島》の事情を説明し始めた。


「いいか? 《出島》で商売を動かしているのは沿海州を拠点とする蟹漁師だ。オホーツク海で獲れた蟹を《出島》で売れば大金が手に入る。その金を元手にして蟹漁師たちは、出島で日本製品を買い漁るのさ。日本製品は外国じゃ大人気だ。化粧品や医薬品。紙おむつや粉ミルクといった生活必需品。特にジャパニメーションと始めとするサブカルチャー関係の品は、好事家達に高く売れる。国に戻って売りさばけば、ひと財産出来るってわけよ」


 成程。

 オホーツク海を股にかけた三角貿易ってわけだ。

 説明している間に、店主の警戒心も徐々に溶けて行くのが分かった。

 さらに、店主は得意な様子で説明を続ける。


「蟹漁が行われるのは十一月から三月までの冬の間だけだ。今の時期はシーズンオフ。蟹漁師たちはいない。日本製品は品薄なのさ」

「へえ、そうなんだ。弱ったな、《出島》にくれば大概のものが手に入るって聞いたのに」

「誰だよ、そんなこと言ったのは?」

「コムソモール共和国の船員だよ。知っているかい?」


 ぼくはそれとなく、話を振って見た。

 店主はぼくの事を『本土からやって来た世間知らずのオタク青年』だと信じ込んでしまったらしい。

 警戒を解いて、ぼくの質問に素直に答えてくれた。


「ああ、知っているよ。ロシアの軍人だろう? この間もしこたま銃火器を持ち込んできてたけどな」

「取引していた相手とか知らないかな? 《出島》に来ているんだから一応、挨拶しておかないと」

「だったら屋上の広場に行って見な。奴らと取引していた武器商人がいる。……あんまり関わらない方がいいと思うぜ。物騒な奴らだから」

「ありがと。また来るよ」


 礼を言うと、ぼくはその場を立ち去った。


 我ながらうまく行ったね。

 ごく自然な会話の中から、相手をうまく誘導して情報を引き出すことが出来た。

 コミュ障でも頑張れば何とかなるもんだよ。

 やっぱ、コミュニケーションの基本は度胸だね。度胸。


「……何だ、今の?」


 後ろからついてくる比羅夫オシノが、耳元で囁くようにして訊ねる。

 どうやら店主とのやり取りが理解できなかったらしい。


「『はがない』とか『俺ガイル』とか、何の暗号だ?」

「アニメのタイトルだよ。『はがない』ってのは『僕は年収が少ない』」

「なんだよ、その悲しすぎるタイトルは!!」

「内容は明るいコメディなんだぜ。低所得労働者の青年が起業して、大勢の女子社員達とキャッキャッウフフしながら成り上がって行くサクセスストーリーなんだ。で、『俺ガイル』ってのは『やはり俺の人生設計は間違っている』」

「だからなんなんだよ、そのタイトルは!」

「主人公は孤独で無気力な青年で、女の子たちとキャッキャッウフフしながら生活保護で余生を過ごすと言うサクセスストーリーなんだ」

「サクセスか? 生活保護がサクセスか!?」

「まあ、二つとも原作はプロレタリア・ライトノベルだからね。内容なんてあって無いようなものだし」

「だから! なんだよその、プロレタリア・ライトノベルって!」

「そんなことも知らないのかよ」

 

 まったく、これだからエリート公務員は!

 世間知らずにもほどがあるよ。

 

「いいか、アニメーションとかゲームとかのサブカルチャーには厳しい規制がかけられているんだ」

「そんなことは知っている。全てのメディア作品は〈グノーシス〉が検閲し、公序良俗に反するような内容は公開が制限される」

「うん。でもその検閲をすり抜ける裏ワザがあるのさ。要するに〈グノーシス〉が気に入るような内容を織り込んでおけば検閲をパスすることが出来る。それがプロレタリア・ライトノベルってわけさ」


 これも〈グノーシス〉の監視をかいくぐる裏ワザってやつさ。


「たいていの場合、主人公は低所得の底辺労働者なんだ。農村出身とか工場作業員とか。表向きは一般市民として生活しているけれど、実を言うと知られていない秘めた力を持っているんだ」

「秘めた力?」

「やたらとジャンプ力のある配管工とか、どんな固い岩盤も打ち破る穴掘りのプロとか」

「……何それ?」

「で、ある日、人類に危機が訪れるわけだ。異世界の魔王とか、宇宙人の襲来とか、理由は何でもいい。そこで、主人公の前に美少女が現れ『あなたの力が必要なの』と言うのさ」

「配管工が? 穴掘りが? なんで美少女?」

「なんだっていいんだよ、理由は。とにかく、幼馴染とか、大富豪のお嬢様とか、血の繋がっていない妹とかボーイとガールがミーツして、水着回とか、温泉回とかイベントをこなしつつ、美少女たちとキャッキャッウフフしながら――最終的にはハッピーエンドってわけさ」

「なんなんだよ、そのひたすらご都合主義のストーリーは!」

「そんなこと言われてもしょうがないよ。変に哲学的なテーマとか盛り込んでも、視聴者がついてこれないじゃないか。視聴者だって作家性とか独自性なんて求めちゃいないんだ。消費者のニーズにこたえるのが、作品作りの基本じゃないのか?」

「そんな妥協に塗れた作品を見て、お前達は面白いのか?」

「いや、凄ぇつまんね」

「だったら見るなよ!」


 見るなって、言われてもなあ。

 実際の所、ぼくがニートやっていた時も別に面白いと思って見ていたわけじゃないんだよね。

 アニメとかゲームとか、それ程好きだったわけでもない。

 ただ、生活の一部に組み込まれていただけで、暇つぶしにやっているだけなんだ。


 一般人が朝起きて、仕事に出かけるように。

 夜遅くまで起きて、深夜アニメを見るのがニートの生活のサイクルなのさ。


 消費者向けの大衆文化なんてそんなもんだろ?

 深い意味なんて考えない。ただ、惰性で消費し続けるだけなんだ。

 

 そんなアニオタの心理を、比羅夫オシノは理解できないらしい。


「つまんねぇもん無理して見る事ないだろうが! 金の無駄だ。大体、いい歳した大人がアニメなんて見てんじゃねぇよ! みっともない!」

「そんなこと言ったって、誰も見なくなったら日本のアニメ界はどうなっちゃうのさ? ぼくたちが視聴して円盤やらグッズやらを買ってやらなくっちゃ、アニメーターや声優さんの仕事が無くなっちゃうじゃない。これまで育んできた日本文化の灯が消えてしまってもいいの?」

「そんな文化消えてしまえ!」


 何たる暴言!

 まったく、こういう輩が日本の古き良き伝統文化を破壊してゆくんだな。きっと。


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