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あなたの手にあり、他人が欲している商品を安く売るのは、ビジネスではない。あなたの手になく、しかも他人が欲していないものを売るのがビジネスだ。
〈ユダヤの格言〉
§
翌日からぼくたちの班は農業試験場襲撃犯の追跡、及び人質の奪還にのりだした。
通常の警邏任務の勤務シフトから外れ誘拐事件の専従捜査班となったぼく達は、あらゆる面で便宜が図られることとなる。
捜査に必要な装備、情報は全て最優先で回してくれることになった。
新しい捜査班を設立するにあたってまずは編成を見直すべきだ、と言い出した馬主来アミコをきっぱりと無視して、ぼくたちは捜査を開始した。
配属されたばかりの新人にはやや重すぎる大役であったが、班員たちはやる気に燃えていた。
装甲トラックに乗り込んだぼくたちは事件が起きた農業試験場へと向かった。
農業試験場は都心部から離れた郊外にある。
ここでは農作物の品種改良などの研究が行われている。
狭い国土のわが国において、食料自給率の維持は最優先の課題である。
限られた土地で、最大限の収穫を得られるように。科学者たちはこの農業試験場では日夜研究に励んでいると言うわけだ。
現場保存と安全確保のため農業試験場は閉鎖されていた。
破壊された扉や、壁に穿たれた弾の痕。焼け焦げた床を見れば襲撃がいかに激しい物であったかが窺がえる。
襲撃された農業試験場の職員から見れば災難だったかもしれないが、犯人を追跡するぼく達にしてみれば有り難い。
監視カメラの画像。足跡に指紋。銃弾の跡に空薬莢と、そこいら中に証拠が残っている。
これならば、すぐに犯人を割り出せるだろうと高をくくっていたのだが、どうやらぼく達の見通しは甘かったようだ。
「判別不能っていうのはどういうことだ?」
比羅夫オシノが長留内ルチエを問い詰める。
鑑識ロボットがかき集めた証拠は全て〈グノーシス〉の解析へと回した。
やかん職人殺しの時のようにすぐさま犯人を特定してくれるものだと思っていたのだが、帰って来た答えはオシノの言うとおり『判別不能』と言う返事だけだった。
「襲撃者の姿は監視カメラに映っているし、DNAデータもあるんだぞ。それなのに、身元を判明できないってどういうことだ?」
「犯人がニートだからよ」
比羅夫オシノの詰問口調が気に入らなかったらしく、憮然とした表情で長留内ルチエは答えた。
「待機労働者センターの出身者達の情報は非公開になっているの。司法官でも閲覧は許可されていないのよ」
ルチエが言い返すと、オシノは深々と嘆息する。
「……どうやら、手詰まりのようだな」
早っ! 諦めるの早っ!
こいつら〈グノーシス〉が使えないとホント、役立たずだな。
これも一つの情報管理社会の弊害って奴なんだろうな。
情報収集を人工知能に頼り切っているんで、自分の脚で情報を集めようって発想が無いんだ。
「諦めるのはまだ早いわ」
難しい顔で思案にふけるオシノの横で、意気揚々と馬主来アミコが発言する。
この女の無駄なやる気は激しく空回りする。注意が必要だ。
「捜査はまだ始まったばかりよ。あきらめてはダメ。
「何から始めるんだ?」
「まず、班の編成を見直しましょう。捜査を進める上で指揮系統の一本化を……」
「それはいいから」
さりげなく、捜査活動の主導権を握ろうとするアミコをオシノが遮る。
「まず、今回の襲撃の目的について推測してみよう。連中はなんだって農業試験場なんか襲撃したんだ? 他に重要な施設なんていくらでもあるだろうに」
「そりゃまあ、科学者を誘拐するためなんじゃないか?」
オシノの疑問に、音標マルトが答える。
そう、襲撃者たちは農業試験場の科学者を一人、拉致しているんだ。
名前は片無去ゲンコウ博士。
テロリスト共々、現在も行方知れずである。
「他に奪われた物は無い。研究施設への被害も最小限に抑えられている。襲撃は博士を拉致することが目的だったと思ってまず、間違いないだろう」
「なぜ誘拐する必要がある?」
「身代金を要求するとか」
「博士に係累はいないわ。天涯孤独の身の上よ」
ルチエの補足説明で営利誘拐の線はあっさりと否定された。
「じゃあ、研究データが欲しかったんじゃないか? 博士はここで何の研究をしていたんだ?」
「新型の農薬の研究をしていたらしいわ。元々、博士は昆虫学者だったらしいから。主に稲を食い荒らす病害虫に効く農薬の開発研究をしていたみたい」
「研究データが欲しいのならば、端末からデータだけ抜き取って行けばいい。そもそも、テロリストが農薬の研究データを盗んでどうするんだ?」
「じゃあ、お前達はどう思うんだよ?」
自分の推理を片っ端から否定されさすがに頭に来たのか、音標マルトが二人に詰め寄る。
「ずるいぞお前ら。二人がかりで文句つけやがって!」
「いや、私は別に……」
「つまり、〈オーバーサイト〉は化学兵器を開発するために片無去博士を誘拐したのさ」
突拍子もない事を言い始めたオシノに、マルトを含め一同は唖然とする。
「……何言ってんだ? お前」
「農薬は元々、化学兵器から開発された物だ。博士の農薬研究の知識を使えば、化学兵器生産に転用することも可能だ」
何だかまた、昨日みたいに話が脱線して来たみたいだ。
証拠も出そろってないのにテロリストの目的を推測しても意味は無い。
昨日のように見当違いの答えを導き出すだけだ。
しかも、今回は誘拐事件だ。
殺人捜査と違い人質の命がかかっている。これ以上脱線させて余計な時間を浪費するわけには行かない。
「わざわざ誘拐したと言う事は、博士に化学兵器の開発をさせる為に違いない」
「連中の目論見については一先ず置いとこうよ」
力強く断言するオシノを遮り、話を本筋に戻す。
「目的はあくまでも博士の救出なんだから。一刻も早く襲撃犯の足取りを追跡し、博士を救出することが先決なんじゃないのかな?」
「それは勿論だが、どうやって?」
「今ある証拠を分析して、地道に調べていくしかないんじゃないかな」
「例えば?」
「例えば……。そう、銃だよ」
そう言うと、ぼくは床に散らばる薬莢を指した。
「奴らが使っている武器の出どころを洗うのさ。犯人を割り出すことはできなくても、残された薬莢や弾痕から使用している武器はわかるはずだろう?」
そしてルチエに向かって目くばせする。
「使用された銃はAKF-401E。〈グノーシス〉の管理下にない非登録の武器よ。おそらくはロシアから密輸した物でしょうね。旧ロシア圏を中心に世界の紛争地域で広く使われている突撃銃ね」
「弾薬の種類は?」
「7.62x39mm。随分と古い規格ね。この形式の弾薬を使用しているのは、現在ではコムソモール共和国軍だけよ」
「コムソモール共和国って、聞いたことがあるな?」
「昨日ぶっつぶした密輸業者が、コムソモール共和国所属の海軍兵士だったじゃないか!」
物覚えの悪いマルトに、ぼくが突っ込みを入れる。
思い付きで口にした意見だったが、思わぬところで繋がったようだ。
これって、ビンゴなんじゃね?
「つまり、密輸業者と〈オーバーサイト〉は武器取引を通じて繋がっているってことだよね。〈グノーシス〉に問い合わせれば何か分かるんじゃ……」
「長留内! 密輸船の情報を検索しろ」
「もうやってる!」
オシノが叫ぶまでも無く、既にルチエは検索に取り掛かっていた。
携帯端末に食い入るように覗き込み、密輸船の情報を検索する。
「密輸船の航海記録によると、逮捕される直前に《出島》に停泊していたみたい。おそらく、ここで武器の取引をしているのでしょうね」
「《出島》に行けば何か分かるかもしれんな。よし、本部に掛け合って潜入捜査の許可を貰おう。それと《出島》に行くための船を用意して貰わないと」
ようやく見つかったわずかな手がかりを頼りにぼく達は動き出した。
《出島》へ向けて着々と準備を進めるぼく達に水を差したのは、やっぱりと言うか馬主来アミコだった。
「潜入捜査となると、新たに編成を見直さないと……」
『それはいいから!』
§
本部に掛け合って潜入捜査の許可を得たぼくたちは、高速艇に乗って《出島》へと乗り込んだ。
司法局の用意した高速艇は装甲トラックと同じくオートクルージング機能が装備されている。指示さえすれば自動的に目的地へと運んでくれる。
航海は順調に進んだ。
馬主来アミコが船酔いにかかったが問題ない。おとなしくてかえって助かる。
やがてぼく達は《出島》へと到着した。
《出島》とは、日本海の沖合に浮かぶ人工島のことだ。
元々は廃棄されたメタンハイドレードの採掘プラントで、そこに難民たちが勝手に住み着いたのが始まりとされている。
近隣諸国の政情不安は悪化をたどるばかりで改善の兆しがみられない。
増え続ける難民を抑えることは不可能と判断した〈グノーシス〉は《出島》を難民たちの収容施設として開放した。
結果として《出島》は〈グノーシス〉の管理が及ばない犯罪者たちの巣窟と化してしまっていた。
国外から密入国者がやって来る一方、国内からは市民権をはく奪された犯罪者がやってくる。《出島》は犯罪者たちにとって国外逃亡の中継基地として頻繁に利用されている。
〈グノーシス〉はこの人工島の存在を黙認に近い形で容認している。
鎖国体制の日本国内の中にあって外国人と接触できる唯一の場所である《出島》は何かと便利な施設だ。
取り締まるよりも有効活用した方がいいと〈グノーシス〉は考えているらしい。
押し寄せる難民たちの緩衝地帯として、犯罪者の逃亡先として、《出島》は今日も膨張を続けている。
元となった採掘プラントの面影は今では見る影もない。
出鱈目に取り付けられたプラントによって膨張したその姿は、さながら洋上に浮かぶ巨大戦艦と言った趣だ。
《出島》に到着早々、トラブルが発生した。
足場を組んだだけの簡素な桟橋に高速艇を接舷すると《出島》の中から屈強な男たちが現れた。
白人。それもロシア人のようだ。手には旧式のアサルトライフルが握られている。
男たちは桟橋の上からロシア語で、高速艇の中に居るぼく達に向かって何やら喚き始めた。
これは予想外の展開だった。
物騒な場所だとは聞いていたが、いきなり武装勢力と鉢合わせになるとは思わなかった。
ぼく達の目的はあくまでも潜入捜査。なるべく穏便に切り抜けたいのだが、生憎ぼくにはロシア語のスキルなんて持っていない。
騒ぎが大きくなる前に始末しようと武器に手を伸ばしたその時、唐突に長留内ルチエが口を開いた。
「どうやら桟橋の管理係みたいよ。停泊料を支払えと言っているみたい」
そう言うと、長留内ルチエは船を出て行った。
桟橋に降りてロシア人達に向かって二言三言、会話して何かを手渡すと、すぐに船の中に戻って来た。
「もういいわよ。停泊料を払ったらおとなしく引き下がってくれたわ」
「停泊料って、何を渡したんだ?」
「時計よ。腕時計。支給品だから別に構わないけどね」
訊ねるオシノに、笑いながら答えた。
「ルチエさん、ロシア語できるの?」
「Ja, ein bisschen. (ええ、少しだけ)」
武器をしまいながらぼくが訊ねると、少しばかり得意げな様子で彼女は答えた。
だったら早く言ってくれよ! 危うくロシア人どもを皆殺しにする所だったよ。
「大学では文学を専攻していたから。専門はフランス語だったけど。外国語なんて文法と単語の組み合わせなんだから。習得の仕方さえ知っていれば、他の言語のも簡単に理解できるようになるものなのよ」
事も無げに言うが、実際にはそんな簡単なものではないはずだ。
彼女には語学的センスってやつが生まれつき備わっているんだろう。
「しかしなんだって文学部卒で司法官になったのさ?」
「外国に行きたかったのよ」
「外国って、どこ?」
「特にどこってわけじゃないけどさ。南の島に行ってみたいのよ。ほら、この辺って北国でしょ。空はいつも曇っているし海とかも鉛色じゃない。白い砂浜に透き通った青い海ってのにあこがれていたのよ」
そして彼女は、寂しげに笑った。
その笑みを、ぼくは以前も見たことがある。
音標マルトがかつて、料理人を志していたと語った時に見せた笑みだ。
「鎖国しているとは言えいくつかの国とは国交があるし、大使も派遣しているのよ。外交官を目指して一生懸命勉強していたんだけど、やり過ぎたみたい。まさか司法官に任命されるとは思わなかったわ」
人生って奴はつくづく思い通りには行かないもんだ。
やりたいけど出来ない。
出来るけどやりたくない。
それが人生さ。




