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3-3

 程なくしてパーティーはお開きとなった。

 これで、ようやく今日の仕事は終わりってわけだ。

 管理局の外は既に暗くなっていた。

 さすがに今日は疲れたね。深夜アニメはあきらめて、部屋に帰ったらすぐに寝るとしよう。

 

 ぼくの部屋のある職員寮は管理局のすぐ隣。歩いていける距離にある。

 研修班の仲間たちも同じ職員寮で暮らしている。ぼく達は連れ立って、職員寮へと向かった。

 女子寮に住む馬主来アミコと長留内ルチエと別れ、ぼくと音標マルト。比羅夫オシノは自分たちの部屋のある男子寮へと向かった。

 男子寮へと続く道を歩きながら、音標マルトは毒づいた。


「あーくそ、重てぇな」


 酔っ払ったオシノは、マルトに担がれた姿勢で眠りこけていた。

 ……大丈夫なのかね? 明日も仕事があるのに。


 男子寮に入ったところで、玄関口でぼくは呼び止められた。


「苫務、ちょっといいか?」


 ぼくを呼び止めたのは礼文華隊長だった。

 わざわざ管理局から先回りしてやって来たらしい。


「なんですか、隊長」

「二人だけで話があるんだ。直ぐに終わるから、ちょっと付き合ってくれ」

「はい。……それじゃ、ぼくはこれで」

「おう、また明日な」


 別れを告げると、音標マルトは比羅夫オシノを連れて、一足先に部屋へと向かった。

 

 ぼくと隊長は玄関口の脇にある休憩スペースへと向かった。

 わざわざベンチがあるところに来たにもかかわらず座るつもりは無いようで、隊長は立ったまま話を始めた。


「今日はごくろうだったな」

「いえ」

「で、実際の所どうだ? うまくやっていけそうか」

「特に、問題は無いと思います」

「そのようだな。随分と活躍したようだし、チームの皆ともうまくやっているようだ。社会復帰初日にしては上々の出だしだ」

「ええ」

「だが、我々が君に期待しているのはその程度の事では無い。局長も言っていたが、我々は君に期待しているんだ。何しろ君は特別な存在だからな」

「特別?」

 

 そう言うとややためらいがちに、話を切り出した。


「ついさっき、農業試験場が襲撃されたことは知っているか?」

「ええ」


 知っているも何も、ついさっき犯人とすれ違っている。

 パーティーに出席するため追跡もせず放置してきたけど、やっぱりまずかったかな?


「襲撃者たちはテロリスト組織〈オーバーサイト〉のメンバーだ」

「〈オーバーサイト〉?」

「司法局が最も危険視する敵性組織だ。最古参の組織で、活動理念や組織構成に至るまで一切が謎に包まれている」


 テロ事件などの情報は原則、非公開だ。

 暴力的な手段を用いて社会に混乱をもたらすのがテロの目的だ。

 犯行声明なんかを公開すればテロリストたちの思うつぼだ。


「〈オーバーサイト〉は襲撃の際、一人の科学者を拉致した。そこで、君たちの班で――というよりも、君自身の手で博士を救出しテロリストを殲滅してもらいたい」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 真剣な顔でとんでもない事を口にする礼文華体調を慌てて遮る。


「ぼくは今日、任官したばかりなんですよ。他の皆も研修中の新人だ。誘拐事件にテロリストの殲滅なんて、そんな大仕事を任されても無理ですよ」

「今から話すことは、機密事項だ。一切口外してはならない」


 そう前置きしてから、礼文華隊長は説明を始めた。


「反体制組織の中でも〈オーバーサイト〉は古くから活動している。指導者の名前から思想・信条に至るまで、組織の全容は謎に包まれている。ただ一つ、はっきりしているのが構成員の大半が待機労働者センター出身者、つまりニートだということだけだ」

「ニートが、テロリストに?」

「能力的に問題が無いとはいえ、待機労働者センター出身者を白眼視する傾向があるのは否めない。社会復帰に失敗したニートが犯罪行為に手を染めると言う事はよくあることなのさ」


 その話を聞いて今朝、馬主来アミコとやりあった事を思い出した。

 いままで真面目に仕事をしていた一般市民から見れば、待機労働者センターで燻っていたニートと同格に扱われることは屈辱に他ならないだろう。


「我々、司法官にとって犯罪者となったニートほど恐ろしいものは無い。待機労働者センターで高度な教育と軍事訓練を受けたニートは優秀な戦士だ。おまけに、ニートには特権まである」

「特権?」

「ところで、苫務。今日一日、お前は司法官として働いた。そうだな?」

「え? ええ」


 唐突に話題を変えた隊長に、ぼくは目を瞬かせる。


「殺人事件を解決し、密輸組織を壊滅させた。社会に対して大いに貢献したということになる。そうだな?」

「はい」

「仕事を終えてから、自分のRPを計測したか?」

「いいえ」

「では、これからRPを計測してみよう。いいか?」


 断りを入れてから、礼文華隊長は携帯端末をぼくに向けた


「やはりな。見て見ろ」


 深くため息をついて、隊長は携帯端末を差し出した。

 液晶画面をのぞき込む。

 

【苫務ネイト:RP 0】


 表示された数値にぼくは愕然とする。

 今日一日、ぼくは司法官として働いた。


「……これは、どういうことですか?」

「待機労働者センター出身者はRPが一切、変化しないんだ。どれだけ働いても、社会に貢献しても、RPはゼロのままだ」


 つまりぼくは、いくら働いても報われないってこと?

 昇進も、昇給も無し?

 一生、ヒラの職員のまま?

 なんだよそれ! ひどくね? 


「逆に、待機労働者センター出身者は犯罪や反社会的行為に及んでもゼロのままだ。マイナスになることは無い。お前は昨日、安足間タンジを殺害している。テストとはいえ殺人を犯したんだ。本来ならばRPは減算され、マイナスになっていなければならないはずだ。しかし、お前のRPはゼロのままだ――これが何を意味するか分かるか?」

「……つまり、ぼくは人を殺しても市民権をはく奪されることがないってことですか?」

「そういうことだ。〈グノーシス〉の管理体制の隙をついたある種のバグだな。このバグを逆手にとって犯罪に手を染めるニートが後を絶たないのさ」


 そう、〈グノーシス〉の支配は完全だが、完璧では無いんだ。

 待機労働者センターで薬をちょろまかす様に、

 米商人が合法的に殺人を犯す様に、

〈グノーシス〉の管理には必ずどこかに抜け道がある。


「完全自動の武器に頼り切りでまともに訓練もしていない司法官では到底、太刀打ちできない。その武器もニートには通用しない。司法局で支給される武器は、一般市民を殺傷しようとすると自動的にロックされてしまう。ニート犯罪者と出くわしたら、司法官は為す術も無く一方的に殺されるしかない――だが、お前は違う」


 そう、アウトローは彼らだけでは無い。ぼくだって同じだ。

 礼文華隊長がぼくを特別な存在だと呼び、司法官に引き抜いた理由がようやくわかった。

〈グノーシス〉の管理体系から外れたぼくならば、自由な捜査で奴らを追いつめることが出来る。


「ニートを倒せるのは、ニートしかいない。やってくれるか?」

「やりましょう!」


 礼文華隊長の申し出に、ぼくは力強くうなずいた


 システムバグの話なんか関係ない。

 これはぼくの仕事だ。

 ほかの誰にもできない、ぼくにしかできない仕事だ。


 ぼくは道を踏み外した同族たちへの怒りで燃えていた。

 同じニートとして法の盲点をついて犯罪行為に手を染める〈オーバーサイト〉の存在を許すことが出来なかった。


 ニートは、自己責任なんだよ!

 どんな経緯があるにしろ、働かないという選択をしたのは自分自身だ。

 自己責任を放棄して世の中のせいにするなんて、自分自身の生き方を否定するようなもんじゃないか!

 例えるなら、大都会の隅にひっそりと咲くタンポポのように。

 世間様の邪魔にならないようにつつましく生きるのが、それがニートの品格ってもんじゃあないか。

 それを何だい? 

 社会に爪弾きにされたからと言って、テロ活動なんかやらかして世の中に物申すなんて何様だよ。

 ニートの風上にも置けんよ。ぷんすか!

 

 待ってろよ、〈オーバーサイト〉のニート共! 

 ぼくがこの手で根絶やしにしてやる!


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