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3-2

「ねえ、あなた達」


 整備士の波乱に満ちた半生を聞き終えた所で、ぼく達の所へ馬主来アミコがやって来た。

 後ろには、ケーキ皿を持った長留内ルチエがいる。

 二人でスイーツあさりをしている途中で、なにかぼく達に用事ができたらしい。


「隊長が呼んでいるわ。全員集合してくれって」

「何かあるのか?」

「州局長に私達を紹介してくださるんですって!」


 興奮した様子で馬主来アミコは言った。


「局長自ら? マジかよ」

「それだけ私たちが期待されているって事じゃない。あっちにいるから、比羅夫を連れて来てちょうだい」


 そう言うと長留内ルチエと連れ立って行ってしまった。

 州局長に会えるのが余程うれしいらしい。

 この機会を利用して、州局長に取り入るつもりなんだろう。

 ホント、わかりやすい女だ。


「まいったな」

「どうしたよ?」

 

 大喜びのアミコと違い、ぼくは憂鬱だった。

 なんていうか、ぼくは堅苦しい事が大嫌いなんだ。

 何しろぼくは昨日まで引きこもり生活をやっていたんだ。

 研修生の仲間たちならともかく、目上の人と話すことに慣れていないんだ。


「州局長って、州で一番偉い人なんでしょう? そんな偉い人に会うの、ぼく始めてだよ。どうしよう挨拶の仕方とか知らないよ」

「別に偉くなんかないさ。州局長だからって、特別偉いってわけじゃない。俺達と同じ管理局の職員さ」

「そういうもんなの?」

「そういうもんさ。だから、緊張することないって。普通にしていればいいのさ、普通に」


 その普通っていうのがぼくには理解できないんだよ。

 何しろぼくは普通な人間じゃない。ニートだからだ。


 ぼくが悩んでいると、向こうから比羅夫オシノがやって来た。

 どうやらバーカウンターに居たらしい。

 右手にグラスを持って千鳥足でこちらに歩いてくる。


「おうオシノ。探しに行くところだったんだ」

「何かあったのか?」


 声をかける音標マルトに、座った目で答える。

 相当飲んでいるようだ。

 いいのかよ、一応勤務中なのに。


「集合だってよ。隊長が州局長に合わせてくれるって」

「局長が、直接? よっぽど暇なんだな」

「……お前、その言い方はないだろう。俺たちのような新人相手に局長自らお言葉をかけてねぎらって下さると言ってるんだ。ありがたく拝聴しようじゃないか」

「ねぎらいの言葉よりも、人員の補充をしてくれる方が俺には有り難いね」


 班長殿と違ってオシノは局長に謁見できることをそれ程名誉なことと思ってはいないらしい。

 酒の力もあってか、オシノは上層部への不満をぶちまけ始めた。


「管理局は慢性的に人手不足だ。今日の出動だってそうだ。増援が来てくれればもっと楽に制圧することが出来たのに。俺は危うく死ぬところだったんだぞ」


 そう言うとオシノは、犯罪者に撃たれた胸元に手をやった。

 怪我は無かったとはいえ、当たり所が悪ければ死んでいただろう。


「それなのに、司法局は人員の増員をする気配が無い。今年入局したのは俺達五人しかいないんだぞ」

「局長にあたっても無駄だぜ。人事権は〈グノーシス〉が握ってるんだ」

「その〈グノーシス〉のこさえた案山子にねぎらわれても嬉しくもなんともないだろう」

「まったく、口の減らねぇ奴だなお前は。局長の前で余計なこと言うなよ? 局長を怒らせてもなんともないが、アミコを怒らせるとうるせぇからな」

 

 班長様の名前を出すと、つまらなそうに鼻を鳴らし沈黙する。

 そんなにあの女がおっかないのかよ。


 話ながらパーティー会場を歩いていると、やがて隊長のいる所にたどり着いた。


「お、来たな」


 ぼく達の姿を見つけると、礼文華隊長は傍らに立つ初老の男を振り向いた。

 どうやらこの人が州局長らしい。

 階級章を一杯貼り付けた制服から見てまず間違いないだろう。


「局長、彼らが今年入局しました、新人の司法官です」

「おお、そうか!」


 隊長が言うと、州局長は親しげな笑顔をむけた。

 州局長はとても気さくな人だった。

 偉ぶったところも無く優しい顔立ちをした紳士で、緊張していたぼくは一先ずほっとした。


「やかん職人殺しの事は聞いている。初日から早速、活躍したそうだね。素晴らしい。いや実に素晴らしい!」


 ぼくたちの今日の働きぶりを称えると、州局長はぼくの方を振り向いた。


「それで、君が待機労働者センターからスカウトしたという新人かね?」

「はあ」

「礼文華君がわざわざスカウトしに行くとは、余程優秀な人材らしいね。今後も活躍を期待しているよ」

「どうも」


 我ながら気の抜けた返事であったが局長は満足したらしく、うんうんとうなずいた。


「優秀な人材は経歴を問わず積極的に活用していかねばならん。管理局内の組織改革が必要性を感じておるのだよ」

「早急にお願いしたいですな」


 州局長の訓示を、オシノが挑発的な態度で遮った。


「我が国の周辺諸国の動静も日増しに緊迫しており、それと共に州内における治安も悪化の一途をたどっております。殉職する司法官も後を絶ちません。第一戦で働くものとして司法官の人員の増強と装備の拡充を要請します」


 ……ヤバイ、完全に酔っ払っているわ。

 新入りの分際で州局長に意見するオシノをぼくは緊張しつつ見守った。


「うむ。確かに君の言う通りだ」


 現場からの忌憚ない意見に、感じ入ったように深く頷いた。


「私も増員は急務と感じているとも。新しい装備を支給するつもりだ」

「新しい装備って、もしかして《ヴァリアント》ですか?」


 興奮した声でマルトが口を挟むと、局長はうなずいた。

 整備担当のマルトが喜んでいるのを見ると、《ヴァリアント》って言うのはどうやら新型の武器のようだ。


「まだ試験段階で、実用化は随分先だ。この新型装備が支給されれば、現場で働く司法官の負担も大幅に軽減されるはずだ。若い君達ならば新装備にも柔軟に対応できるだろう。実用化が決まったら君たちのチームに優先的に配備しよう。期待して待ってくれたまえ」

「格別の計らい恐縮であります、局長。ご期待に沿えるよう、精勤に励みます」


 これにはさすがの酔っ払いも、感服せざるを得なかった。

 局長に向かってオシノは背筋を伸ばし、ビシッと敬礼をした。

 さすがは州局長。大物だね。

 現場の意見にも真摯に耳を傾け、受け入れる度量があるんだ。

 ウチの自称、リーダーとはえらい違いだよ。


「苫務、ちょっと来て!」


 なんてことを考えていると、ウチのへっぽこ班長が声をかけて来た。

 ぼくたちの話が一段落するのを待っていたらしい。なんだか知らないが急かす様に手招きしている。

 女性陣は一足先に挨拶を済ませてしまったようだ。

 二人とも少し離れた場所で、別の女性と談笑していた。

 年の頃は五十代ぐらいだろうか。

 着ている服から察するに、かなり裕福な暮らしをしているご婦人のようだ。

 彼女たちの元へ行くと、馬主来アミコはご婦人にぼくを紹介した。


「彼が今話していたニートです」


 しかしなんつー紹介の仕方だよ。

 言っとくけど、ぼくはもうニートじゃない。司法官だからな。


「あら、あなたがそうなのね!」


 そう言うと、ご婦人はぼくに向かって深々と頭を下げた。

 つられて僕も頭を下げる。なんだかとっても礼儀正しい人だ。

 

「初めまして、主人がお世話になっています」

「主人?」

「局長の奥様よ」


 馬主来アミコが素早くぼくに耳打ちした。

 言われてなんとなく納得した。

 似たもの夫婦、って奴かな?

 人懐っこそうな目とか、夫である州局長によく似てる


「今あなたの事を話していたのよ。奥様はあなたに興味があるんですって」

「興味、……ですか?」

「そうなの。色々とお話が聞きたいのよ。待機労働者センターのこととか。元ニートが司法官に抜擢されるなんて異例の事ですもの。きっと、大変な努力をなさったのでしょうね」


 努力?

 したっけ? 努力?

 バーチャル・ゲームと深夜アニメで一日中遊んで暮らしていた記憶しかないんだけど?


「わたくしね、ボランティアで知的障害者の職業支援をしているの。障害者たちが社会的に自立出来るように、職業訓練をするための施設を運営しているのよ」

「職業訓練ですか?」

「そう。知的障害者の中には特殊な能力を持っている人間がいるのよ。私が支援している施設では障害者の能力開発を行うと同時に、それらの能力を社会に還元する手段を確立しているの。たとえば、そう。これを見て頂戴」


 そう言うと、局長夫人は振り返った。

 夫人の背後。多目的ホールの壁には数枚の絵が掲げられていた。

 油彩絵具で書かれた風景画は、恐らくは郊外にある農村地域を書き写した物のようだ。


 麦畑の上空に浮かぶ鰯雲。

 藁ぶき屋根の民家。

 二つ並んだ巨大なサイロ。

 牧場で草を食む牛。


 ありふれた農村の風景は、恐ろしく緻密でまるで――


「まるで、写真のようでしょう?」


 絵を凝視するぼくに、局長夫人が得意げに語り掛ける。


「この絵を描いた生徒は、映像記憶能力の持ち主なの。一度見た風景を完璧に記憶し、細部に至るまで完全に書き出すことが出来るのよ。すばらしい能力だと思わない?」


 確かにすばらしい能力だ。

 素人のぼくが見ても、この絵の作者が卓越した技術の持ち主であることははっきりとわかる。

 

 だが、それだけだ。

 

 明暗のコントラスト。質感の表現。色相の配置。構図と、どれをとっても的確で正確ではあるが、それだけだ。

 写真に出来るようなことを人力でこなしたところで、それが果たして芸術と呼べるだろうか?

この絵をどれだけ見つめようとも、心に響く物は何も感じなかった。


「こういった特殊能力を誤解と偏見で埋もれさせてしまう事は、社会にとって大きな損失だと思うの。障害者との共生社会は、あらゆる可能性を秘めているわ。そもそも、健常者と障害者を隔てて考える事すら間違いなのよ。だってそうでしょう? 誰もがみんな、特別なんですもの。あなたのようにね!」


 よくもまあ、恥ずかしげも無くこんなことを言えるもんだ。

 自分の言葉に酔ってるんだな。


 賭けてもいい、この女は障害者の事なんかこれっぽっちも考えていない。

 壁に並んだ絵を愛でるように、障害者たちに芸を仕込んで楽しんでいるだけ。

 手前勝手な自己陶酔に浸っているだけさ。


「待機労働者センターから社会復帰したあなたは、まさしく特別な存在と言えるわ! あなたは全ての障害者たちの模範となるべき存在よ。ぜひ、わたし達の活動に協力して欲しいわ。」


 そして、この女はぼくを障害者動物園の客寄せパンダに仕立て上げたいらしい。

 冗談じゃない!

 

 社会復帰して一日目。

 傲慢な班長や、殺人狂の米商人とか、気に食わない奴はいろいろ見て来たけど、この女は極め付けだ。

 本人に悪意が無い分、始末に負えない。


「今後の活躍に期待しているわよ。あなたならきっと、立派な司法官になれるはずよ。あなたたちも――」


 幸いな事にぼくの嫌悪感は彼女に気取られることは無かった。

 ぼくを激励すると、彼女は二人の女性司法官に向き直った。


「あなた達のような女性が司法官として働くことはとても意義ある事よ。危険な職場で男たちと肩を並べ働くあなた達の姿は、世の中の女性たち全ての励みになるはずよ。同性としてとても誇らしいわ――そうそう、これを召し上がって頂戴な」


 そう言って局長夫人は、ハンドバッグから紙袋を二つ取り出した。


「ビスケットよ。これも施設の子供たちが作った物なの」

「うわぁ、美味しそう」

「ありがとうございます、奥様」


 女司法官達は満面の笑みを浮かべ、甘い香りが漂う紙袋を受けとった。

 お菓子は女達の共通言語だ。

 初対面であっても甘いものを分け合えばあっというまに仲良こよしだ。

 いいよな、女は。気楽で。


「今度、みなさんで家に来てくださいね。ゆっくりとお話ししたいから。それでは」


 最後にありきたりな社交辞令を残して、夫人は立ち去った。

 夫である局長と連れ立ってパーティー会場から出て行く。


「……何よ、あの女」


 夫人の姿が会場から消えた途端、馬主来アミコは豹変した。

 余所行きの一オクターブ高い声をやめて、局長夫人を罵倒しはじめた。


「何が『同性として誇らしいわ』よ! 専業主婦の分際で偉そうに。専業主婦なんてニート以下じゃない。自分は働きもしないで旦那の収入で食っているくせに、働く女の苦労の何がわかるって言うのよ!」


 馬主来アミコは局長夫人の女性問題について

 まあ、これがフェミニズムの限界って奴なんだろうね。

 フェミニストって言うのは『女性』の社会進出を目指しているわけじゃない。

『自分』という個人を認めてもらいたいだけなのさ。

 そんな我の強い連中が『女性』というカテゴリーだけで連帯するわけが無い。

 女の敵は、常に女だ。女性同士の同族嫌悪によって内部から崩壊していくのさ。


「挙句の果てには障碍者を社会参加させようですって!? 役立たずを社会に出してどうするのよ! 周りに居る人間がどれだけ迷惑すると思っているのよ!?」


 とうとう、障害者差別まで始めやがった。

 こいつの差別主義的な考え方は、ここまでくるといっそ清々しさすら感じるね。

 普通の人間ならば、思っていてもなかなか口に出来ないもんさ。

 ある意味、この女も障害者だな。

 周りの空気を読まないで、思った通りの口にせずにはいられない。

 アスペルガー症候群とか、自己愛性パーソナリティー障害とか、そういった類の心の病だ。


 局長夫人の言葉じゃないけど、健常者と障害者を隔てて考える事すら間違いなんだ。

 多かれ少なかれ、誰もがみんな心の病を抱えて生きているんだ。


「ちょっと、それ、食べるつもり?」

「ええ、おいしいわよ」


 熱弁を振るう馬主来アミコの横で、ルチエが早速、局長夫人からもらったクッキーの袋を開けていた。

 良い根性してるよな、この女も。

 チームの中でアミコを恐れないのはルチエだけだ。


「だったら、あたしの分もあげるわ」


 ポリポリとクッキーを齧るルチエに向かって、アミコは自分が貰ったクッキーの袋を放り投げる。


「食べないの?」

「いらないわよ、そんなの。気持ち悪い。障害者の作ったクッキーなんて、食べられるもんですか。中に何が入っているかわかったもんじゃないわ」

「…………」


 表面上、平静さを装ってはいたが、それ以上ルチエはクッキーを口にすることは無かった。


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