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仕事をはっきりとした目的だと思ってやっているやつにとって、結果はたいした問題では無い。
〈志賀直哉〉
§
本庁に帰還したぼく達は、その足でパーティー会場へと向かった。
会場は管理局庁舎内の多目的ホールだ。
名目上は新人局員の歓迎会ということになっているが、実際の所は地域住民との懇親会だった。
会場には管理局の職員以外にも、財界の名士や芸術家などといった人間も出席していた。
こういった管理局主催のパーティーは、ごく頻繁に行われているらしい。
管理局と地域住民とのふれあいの場と言うか、癒着の構造と言うか、税金の無駄遣いと言うか――まあ、そんなようなものだ。
何がすごいって、これも公務に含まれるってことさ。
喰って飲んで、残業手当まで貰えちゃう。まったく、公務員は最高だね。
パーティー会場に到着すると、ぼく達は先輩局員たちを相手に挨拶をして回った。
会場に来ている局員たちの数は少ないので大した手間では無い。
なにしろ管理局の局員と言えばエリートだもん。その人数は極端に少ないんだ。
一通り挨拶を済ませた所で、ぼくたち新人研修生は料理に取り掛かることにした。
パーティーは立食形式のビュッフェスタイルだ。
長テーブルにずらりと並んだ料理は、どれも国家資格を持つ調理師が作り上げた逸品だ。
和・洋・中華と素材を吟味して作られた各種の料理は、どれも一般人が口に出来ないような高級品だ。
フカヒレの姿煮。ローストビーフ。北京ダックと、電子情報の中でしか見たことが無い珍しい料理を眺めていると、音標マルトがぼくの肩を叩いた。
「おい、見ろよ。ニート! あっちでマグロの解体ショーをやっているぜ」
今朝まではぎくしゃくしていた隊員たちも今日一日、共に仕事をしたことですっかり打ち解けた感じになっていた。
やっぱり、ちゃんと仕事をしていれば、人は認めてくれるもんなんだな。うん。
お互いを愛称で呼ぶほどに親しくなっていた。
……でもニートって愛称はどうにかならんものだろうか。
「隣で寿司を握っているぞ! せっかくだ、取って来る」
そう言うと、マルトは会場の隅へと走って行った。
解体されたマグロの横では、職人さんが寿司を握っている。
国家認定の寿司職人の手際は、素人のぼくが見ても鮮やかなものだった。
寿司職人は流れるような動作で次々と皿の上に握り寿司を並べて行く。
そこから一皿取り上げ、マルトはこちらに戻って来た。
早速、一つ口の中に放り込むと、ぼくに向かって寿司の乗っかった皿を差し出した。
「ホラ、食べて見ろよ。うまいぜぇ」
程よく脂の乗った中トロの握りを見てぼくは思う。
なんて野蛮な食べ物なんだろう。
死んだ魚をバラバラにして生のまま寿司飯にのせて食べるなんて。
しかも素手で握った物を口にするなんて不衛生だよ。
「いやぼくはいいよ。生魚、苦手なんだ」
「魚が苦手なら肉はどうだ? あっちで霜降り肉のステーキを焼いているぜ」
別の場所では鉄板の上で肉を焼いていた。
マルトの言う霜降り肉のステーキという食い物もまた、気味の悪い食い物だった。
鉄板の上に並んだ牛の焼死体は脂身たっぷりで、いかにもコレステロール値が高そうであった。
もうもうと立ち上がる煙の匂いを嗅いだだけで病気になりそうだよ。まったく。
「いや、肉も苦手なんだ。ぼく」
「そんなこと言ってお前、さっきからまるで食べてないじゃないか。腹減って無いのか? 今日一日、何も食べてないんだろう?」
「ああ。大丈夫なんだ。ぼくは一日、一食で十分なんだ。待機労働者センターでは朝食しか出ないからね。」
「マジかよ? なあ、待機労働者センターではどんな食いもんが出るんだ?」
「健康ドリンクと、栄養ゼリーと、カロリースティック。たまに、カフェイン剤や向精神薬を出してくれる」
「何だ? その不健康なくらいに健康的な食生活は!?」
待機労働者センター音標マルトは酷く驚いたようだ。
そんなにヘンかな?
生魚や焼き肉なんかよりよっぽど健康的に思えるんだけど。
「俺には絶対に耐えられそうにないな。決められたモンしか食えない生活なんて、ぞっとするね」
「慣れればどうってことないよ。むしろ、普通の食事のほうがぼくには苦痛だね。高カロリーで、不健康な食い物を摂取することに何の意義があるのさ。必要な栄養源なら栄養剤だけで十分賄えるはずなのに」
「食事は栄養源を補給するだけのものじゃないぜ。特に和食は『目で食す』と呼ばれるくらいに、芸術性が高いものだ」
唐突に日本の食文化について熱く語りはじめた。
「食文化って言うのは俺達の生活や経済と様々な分野に密接な関わりがあるんだ。陶芸や漆器といった、産業の発展と無関係ではない。また、米食を中心とした食生活は農村社会の経済を支える重要な役割を担っている」
その話を聞いて、ぼくは今日起きた事件を思い出した。
誰も使わない調理器具を作り続けるやかん職人。
相場の空売りで荒稼ぎをする米商人。
広い意味でとらえれば、これらの仕事も食文化に関わりがあるといえるだろう。
「そして水田を主体とした農地開発は水と緑が溢れる特色ある景観を作り上げ、国民の原風景として心の中に息づいて行くと言うわけだ。お前もこの機会に日本の食文化に触れてみてはどうだ?」
「随分と、詳しいね」
「まあな。ここにくる前は料理人をやっていたからな」
整備担当の意外な経歴に、ぼくは目を丸くする。
昼間見た無人兵器を巧みに操る彼の姿からは、板場で包丁を振るう姿は想像できない。
「すごいじゃん。それじゃ、板前ってこと?」
「いや、板前って呼ばれるほどの腕前じゃない。調理師免許を持っているだけの、ただの料理人さ」
照れくさそうに、マルトはぶんぶんと手を振った。
「ガキの頃から漠然と職人の道に進もうって思ってはいたのさ。技術を生かして生きていくって生きざまにあこがれていたからな。職業適性診断でも俺は職人としての適性ありと判断された。そこで俺は料理人の道を選んだってわけさ。料理人になれば一生、食うに困らないと思ってさ」
音標マルトは若いうちから将来の目標を決めていたようだ。
何の目標も、やりたいことも見つけることも出来ずに義務教育を終えたぼくとは大違いだ。
「義務教育終わって俺は料理学校に入学した。だけど、やっぱり料理人の世界ってのも楽じゃないんだよな。修行は厳しいし、競争率が滅茶苦茶激しいんだ。それでも何とか頑張って卒業して、食品加工場に勤めたんだ。そこで割り振られた仕事って言うのが、刺身の上にタンポポ乗せる仕事だったんだ」
「……噂には聞いていたけど本当にそんな仕事があるんだ」
「正確には食用菊なんだけどな、アレ。要するに失業者対策の閑職だな。それで毎日毎日、ベルトコンベアから流れてくる刺身にタンポポを乗せる仕事を繰り返しているうちに、何だか空しくなってきちまってな……」
そう言うと、音標マルトは何かを悟ったような笑みを浮かべた。
そりゃねぇ、毎日毎日、来る日も来る日もひたすら刺身の上にタンポポ乗せ続けていれば、悟りの一つも開けようってもんだよ。
そんな仕事、ぼくだったら一日でバックれるね。うん。
「それでもうちょっとやりがいのある仕事に就きたいと思ってさ、工場を辞めてあらためて学校で勉強しなおしたのさ。せっかくだから、新しい事を始めようと思って機械工学の道を選んだってわけさ。専門学校で無人機械の扱い方を教わったんだけど、これがまた水が合うっていうかうまく行ってな。気が付いたら管理局からスカウトが来るまでになっていてさ、司法官に採用されたってわけ」
待機労働者センター出身のぼくほどではないが、異色の経歴だ。
馬主来アミコの話じゃ司法官はエリート揃いだと言っていたが、必ずしもそうではないようだ。
「おかげでこんな旨い飯が食えるってわけさ。うん、やっぱ料理ってのは作るより喰うほうがいいな」
口の中に寿司を放り込み、マルトは満足そうな笑みを浮かべる。
「食は人間の生活の基本だよ。人はな、食うために生きているのさ。少しでも旨いもんを食うために一生懸命働く、それが人間らしい生活ってもんさ。お前もいつかきっと、働いた後の飯の旨さにきがつくはずだぜ。ニート?」
そういうもんだろうか?
働こうが働くまいが、飯は飯だ。
旨かろうが、不味かろうが、栄養が摂取できれば構わない。
そんな風に思ってしまうぼくは、きっと何かが壊れているんだろうな。




