ゲームの終わりと小説の始まり
こうして彼女は、彼女の騎士たちに守られて、幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
心の中で呟き、目の前で見目良い男子達に囲まれて、卒業の記念写真を撮ろうとしている愛らしい少女を見る。満面の笑顔の少女に手招きされて、俺も口元だけに笑みを浮かべて写真の枠内に歩み寄る。
俺は前世の記憶を持って、この世界を乙女ゲームの世界だと知っている攻略対象者だ。転生というより、本来のこの人物に憑依した、といった方が正しい。先に何があるか知っていても、あまり逆らわずに彼女に誘われるままに逆ハーレム要員となった。逆らおうとすると耐えられないほど頭痛くなるのと、正直面倒臭いからだ。
別に死ぬようなことも破滅するようなこともなく、ただ生理的に好きになれない女に、心にもない愛の言葉や嫌悪すら感じる口づけを我慢すればいいだけだ。
それも、今日まで。この記念写真のスチルを撮り終われば、全てのイベントが終了して、ゲームが終わる。はず。
そうしたらこのハーレムを離れて、我慢して待っていてくれた婚約者のところへ行く。
これで最後だ。微笑んで写真に写ってやろう。
男子生徒が構えたカメラがフラッシュと共にカシャリ、と音を響かせる。
終わった。周囲を見回すと、すぐ近くまで婚約者の少女が来ていた。彼女との約束通りに、今まで一番の笑顔で抱きしめてキスするために一歩踏み出した。
瞬間。
――――きみたちでいいや。―――
背後からの衝撃と同時に、ひどくどうでも良さそうな声が聞こえた。
「な、」「い、いやああああああっ!!!???」
目の前で喜色を浮かべて、俺に手を伸ばしていた婚約者が悲鳴をあげた。恐怖と悲哀の混じった表情の婚約者と自分の顔の間に、誰かの手に握られた《赤黒い塊》が掲げられている。
視線を下げて、その腕が自らの左胸から伸びていることに気づいたが、急速に視界が滲む。
ドクドクと脈動を続ける塊が、自分の心臓であることは直感できた。痛みは感じられなかった。
最期に見たのは、血と涙で顔をぐちゃぐちゃにした、最愛の婚約者の顔だった。
「やーやー。成功した、成功しちゃったよ、ね!」
非常に明るい、幼い少年の声がする。明るいというよりはしゃいだ声が、耳に障る。
ジタバタと足をばたつかせてるらしい音もする。
「な、んだ……は?」
目を開いて、いつの間にか倒れていたらしい体を起こした。ふと、視界に入った胸元は血塗れで、一瞬呆けてすぐに妙なあの記憶を思い出した。
「う~…なんなのよ~」
「ここは…え?え?」
「はぁ?なんだ、ここ?つか、なんだこの血!?」
「っ、なんだ!?血?ここは?」
俺の他にも、発言した順に生徒会庶務、会長、風紀委員長、書記もいた。副会長である俺も含めて庶務の女のハーレム要員だったわけだが、俺以外は本気で惚れてるらしいから、今も少女を守るように固まっている。
更に視線を巡らせれば、真っ白でどこか床がわからないが、視線の高さに寝転んでいる小さな男の子がいた。
この場の唯一の先客らしきこの子供に、話しかけないわけにはいかない。
「なぁ、ここは「いやぁ、まさかうまくいくなんて!」」
「俺たちはなんで「でもやっぱ憧れだもんね!おかしくなったら台無しだよ!」」
「この状況は「苦労したもん!これでこそってもんだよ」」
……俺の言葉、全部食い気味で無視してきやがった。
そこで、交渉する余裕もなかった風紀委員長が、進まない話にか子供の声にか苛立って、声をあげた。
「うるっせぇんだよ!!てめぇ、何モンだゴルァ!!?」
現役ヤンキーの風紀委員長が、語尾巻き舌で恫喝気味に誰何すると。
急に、空気がギシリと音を立てて止まった。同時に背筋に悪寒が走る。
「……なぁにー?ボクにその態度」
男の子が、人形じみた動きで起き上がり、風紀委員長を見た。先ほどまでのご機嫌にはしゃぐ無邪気な子供らしさは消えて、得体のしれない圧力が発せられている。
彼は、いつの間にか手の中で弄んでいたハート型の赤い宝石に爪を立てた。
「ぎ、ぎゃあああああっ!!??」
その途端、風紀委員長が血で真っ赤な胸元を押さえてもだえ苦しみ出した。庶務はオロオロと苦しむ風紀委員長をどうすることもできず、書記は怯えて後ずさる。
「こ、こいつが非礼な真似をして申し訳ありませんでした!許してください!」
会長はその優秀な頭脳に柔軟さを発揮させて、すぐに元凶で上位者らしい男の子に謝って許しを請う。
男の子はすぐに笑顔になって宝石をポンポン投げて遊びながら、うなずいた。
「うん、いいよ。さて、混乱しているだろうから説明してあげるね」
ようやくの状況説明に、みんな黙って男の子の言葉を待った。
「まず、きみたちは適当な世界を適当に選んで、適当な人数で固まってるそこそこ優秀?なグループだったから適当に選ばれてここに来ています。
今、勇者召喚を行っている世界の国の王のところに放り込むつもりなんだけどね、その前にボク個人の実験台に使ってみちゃいました、てへぺろ♪お詫びと言ってはなんだけど、ちゃんとチート能力あげたからね。あとで確認してね」
ずいぶん《適当》を強調しながら、時折あざとい仕草を交えつつ、まくしたてる。
「チート能力とは別に、きみたちは不死身です。バラバラにされても、ドロドロ溶けちゃってても、教会でボクに祈りを捧げておけば復活できるよ!自動で蘇るよ。前回セーブしたところまでだけどね?ほら、ゲームでよくある、『死に戻り』ができるようになってるんだよ!すごいでしょ!」
「「「「「……。」」」」」
「でもね、せっかく魔王とか作って勇者としての能力を与えたけどさ。実験の結果、きみたちの性能壊れ気味になっちゃってさ~弱点を作ったんだよ!」
じゃじゃーん、と自ら出した擬音と共に見せてきたのは、色とりどりのハート型の握り拳ほどの宝石。
赤、青、緑、黄、桃のそれらにさっきのことを思い出してぎくりとする。
「てゆーかね、きみたちを不死身にする時のついでってゆーかね?ねぇこれがなんなのか…なんとなくわかるでしょう?」
「……俺たちの、心臓……」
俺が答えると、宝石は脈動のようにポウポウと光を放ち始めた。男の子はニコニコと頷く。
「そーそー。心臓をね、ぶちゅっと取り出してね?ぎゅぎゅっと石にしてみた。でね、コレが壊れない限り、きみたちは不死身。すっごいでしょー」
「それを弱点にするってことは……まさか」
「せーかーい!!それでね、これをーこの中に入れてー……」
会長が顔面蒼白で男の子の手の中の宝石をみている。宝石は虹色の透明なボールの中に個別に入れられて、中心で浮いている。
宝石の入ったボールを両手に抱えて、男の子はその場でくるりと踊るように一回転する。
現れたのは、世界地図のような、精巧なジオラマのようなもの。しかし、見たことがない地形だ。
「これがね、きみたちがこれから行く世界だよ。ここに……」
ニヤニヤと、男の子は、こちらを見ながら笑う。そのままジオラマのようなものに近づく。
何をするのか、わからない者半分、分かって青ざめる者半分。それでも誰も、動けない。
「ポーーーイ♪♪」
無駄に可愛らしい掛け声と共に、俺たちの心臓は異世界に投げ込まれた。まるで遥か高いところから落ちてゆくように、みるみる小さくなってバラバラ広がってゆく。
「あ、ああああああっ!!?」「な何を!?」
「……っ」「なにすんだっ!!」
女の悲鳴を皮切りに、いくつもの声があがる。あれが本当に異世界の大地だとして、あんな高所から落とされて宝石が無事であるとは考えられない。爪で引っ掻いただけであんなに苦しむほど、石のように見えて肉塊のままのように脆いのに。
俺たちの反応を見て、男の子はけらけら笑っていた。
「だーいじょーぶだよー。あの玉は、ちょっとやそっとじゃ壊れないからぁ。きみたち、これで不死身の不老不死だよぉ?どこに行ったか、ボクでもわかんないけどね~」
壊れないものに保護されてるから大丈夫、と聞いて、4人は目に見えて安堵した。
「……それじゃ、私たちは、こまめに教会で貴方に祈りを捧げておけば、死んでも何回でも教会で生き返ってやり直せる、と?しかも、不老不死?」
「そうだよぉ?この世界の神といえばボクだから、基本どこの教会でも大丈夫だね~」
会長が説明を簡潔に繰り返すと、男の子…この世界の神様は笑顔で頷いた。
チート能力、不死身、不老不死、勇者と聞いて、庶務がパァッとさっきまでの不安顔は演技だったかのような笑顔を見せた。
「すごい、すごい!!エンディングに入ったのに、訳わかんない状況になって怖かったけどこれなら凄いじゃない!勇者として魔王を倒しに行くなんて、なんてファンタジーで王道!!ゲームの世界を二つも体験できるなんてサイコ―!!」
はしゃぎだす庶務に、会長と書記と風紀委員長は目を細めて同調している。
というより、この女もやっぱりあの世界が乙女ゲームの世界だと分かってたらしい。どうりで的確にイベント入りのキーワード言うと思った。もはやどうでもいいけど。
「さぁ勇者たちよ。魔界より来たる魔王を倒し、この世界の人々を救っておくれ」
神様は、非常にわざとらしく口調を厳かなものに変えて、いつの間にか出現させた光の扉を示した。
光の扉は勝手に開き、その向こうは眩しくて見えない。
庶務はニコリと、生徒会メンバーたち振り返って上目遣いをした。
「ねぇ、あたし。この世界を救ってあげたい。一緒に来て、手伝ってくれる?」
あざといほどの仕草だが、愛らしい美少女らしくよく合っている。彼女を愛している男たちは、一も二もなく頷いた。
「ええ、そうですね。一緒に世界を救いましょう」
「けっ。しょーがねーなぁ。付き合ってやるよ」
「貴女の行くとこなら、どこだって一緒に行くよ!」
実に気前のいい台詞を吐いて、少年たとは少女を囲む。俺は、微妙な顔でその光景を眺めているのには気付かれなかった。
そうして少女とそのハーレムは扉を潜っていった。残った俺はその背を見送ってから、意味ありげにニヤニヤ笑っている神様に視線を向けた。
「あれぇ?きみは行かないの?」
「聞きたいことがある」
小首を傾げてくる神様に、俺は厳しい視線をむける。この、胡散臭い雰囲気の神様に。
「……あんたの、本当の目的はなんだ?」
「暇つぶしだよ?決まってるじゃない」
一瞬の躊躇も誤魔化しもなく、あっさりと即答した。しかも、さっきまでの喜劇を見ているような笑みから、急に馴れ馴れしい笑みに変わって、姿そのものすら子供から俺と同じぐらいに変化する。
「さぁ。きみはより面白そうだから特別になんでも答えちゃうよ?」
ニヤニヤ、とやっぱり胡散臭さ漂う笑みで神様は手を広げた。
流行に乗ったような、乗ってないような……