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吁、無情  作者: 調彩雨
18/43

第十七話 一見まともな事言ってる様に聞こえるのに

怪我の描写や軽い自傷表現が在ります

苦手な方はご注意下さい

 

 

 

「…?」


 目が覚めると、身体が縮んで居た!

 なんて事も無く。


 白い天井。白い壁。白いベッドに、白い布団。

 悪意を感じる程に白で統一された、生命力の無さそうな部屋。


 …病室?なんで?


「っつ…」


 取り敢えずと身体を起こそうとした瞬間、左腕が引き攣れた様な感覚を覚えて顔を顰めた。


 がたんっと近くで音がし、誰かに背中を支えられる。


「…さはらさん」


 状況が掴めない儘、目に入った相手の名前を呼んだ。わたしの顔を覗き込んで居る。身体を支えてくれたのは、椎垣さんだった。

 椎垣さんに支えられて、身を起こす。左腕に、違和感が有る。


 ああ…そうか。

 自分の左腕をペンでぶっ刺すと言う暴挙に出て、病院に運ばれたんだったか。

 …我ながら、馬鹿の極みだな。


「済みません…ご迷惑を」


 車に乗ってから、記憶が無い。

 重たい身体を運ばせない為に気力で車迄歩いたのに、結局誰かに運ばれたのか。


「いえ。具合、悪かったりしませんか?」

「…だいじょうぶです」


 多分。なんか熱っぽい気もするけど。

 腕を見ると、創傷部が透明の被覆剤で覆われて居た。縫った様な痕も在る。

 …見えてるよ、傷。恐いな、最近の治療は。


「痛そう…」


 眉を寄せると苦笑される。


「否、麻酔切れてるはずなんで、痛いですよね?見た目だけじゃなく」


 痛い…か?

 暫く傷を眺めてから、佐原さんを見上げる。


 うーん?


「お腹、空いた様な…?」

「ソレ、傷の話じゃないですよね。まあ、もう午後三時過ぎなんで、気持ちはわかりますけど。兎に角、大事無くて良かったです」


 佐原さんの顔には呆れと安堵が浮かんで居た。

 心配掛けてしまったのか。まあ、車で気を失ったんだろうし、焦るよな、そりゃ。


「取り敢えず、病院の人間を呼びますね。椎垣、後頼むな」


 椎垣さんが頷くのを確認して佐原さんが出て行く。ドアの向こうに夏川晴史の姿が見えた。見張り、だろうか。


「背中、もう大丈夫ですよ?」


 ずっと背中に触れた儘の椎垣さんを見上げた。背後に倒れたパイプ椅子が在った。椅子を蹴倒して、支える手を伸ばしてくれたのか。


「あ…はい」


 わたしから離れて振り向き、倒れた椅子に気付いて直した。其の儘ちょこんと、椅子に腰掛ける。


 散々迷惑掛けて。佐原さんや椎垣さんこそわたしを嫌悪しても良さそうなものなのに、此のふたりは酷く気遣ってくれる。


「「あの、」」


 呼びかけが揃って、目を見開いた。

 ぱちくり、と目を瞬いた後で口を開く。


「何ですか?」

「あ…えっと、あの…」


 言葉を探す様に、目を泳がせる。

 不意に泳いで居た視線が一点で止まり、痛ましげに顔が歪められた。


 …体型を哀れんだんじゃなければ、怪我、か。

 怪我以外に、何か、忘れてる様な?


 ふと、自分の恰好が目に入る。部屋では半袖ブラウスの上に薄手のパーカーを羽織って居たはずだが、今はブラウスだけになって居た。治療の段階で脱がされるなり切り刻まれるなりしたのだろう。まあ、穴空いただろうし、洗濯で血は落ちてももう着られない…ん?洗濯?


 って、


「あーっ!」

「えっ?」


 思い出して、叫ぶ。

 椎垣さんがびくりと肩を揺らし、夏川晴史が病室に飛び込んで来た。


「何か、」

「洗濯物!回しっぱなし!!うわー…回し直し…」


 緊迫した顔で問う夏川晴史の声を無視して頭を抱える。除菌も出来る洗剤を使っては居るが、流石に数時間放置してしれっと干せない。


「洗濯、物…?」


 夏川晴史が呆然と呟く。


「帰って、回して、干して…夜迄に乾かないよなぁ。部屋干しか…」

「気にするの、其処なの?」

「洗濯物放置するとね、カビるんですよ!カビるんるんですよ!」


 そして、カビは洗濯で落ちないのだ。除菌洗剤だからとか、過信してはいけない。経験談である。

 早急に帰宅して干したい。


 夏川晴史の突っ込みに噛み付いてから、椎垣さんへ目を向ける。


「もう治療済んでるんだから日帰りですよね?帰れますよね?早く帰りましょう!」

「え、いえあの、」

「大事を取って五日間入院。研究所には、もう連絡したから」


 答えたのは椎垣さんじゃなく、医者らしきひとを引き連れた春田さんだった。


「そんな馬鹿な!?見て下さいよ此、超軽傷!!入院とか、おかしいですって」

「縫う様な怪我してた上に気絶しておいて、何で軽傷を主張出来るの。見た目に小さい傷でも、深いんだよ?五日間でも妥協してるんだからね?本当は治る迄病院に入れときたい位なんだから」

「何其の過保護発言!?深くないでしょう。刺さったのシャーペンで、ほんの先っちょだけですよ?」


 普通の長さのシャーペンを、握り込んで居たのだ。拳からはみ出た先端はそう長くない。深くても、2 cm行かない程度だろう。と言うか、負傷部位腕だし、シャーペンが貫通して居たとしても、入院が必要とは思えない。

 気絶したのは傷の所為じゃなく、単に負傷に驚いてのパニック症状だろう。


「軽傷です。軽傷。入院不要!!帰りましょう!!」

「…取り敢えず、直ぐ帰れはしないから。主治医の話を聞きなさい」


 くっ、正論だ…。

 渋々黙ったわたしの前に、春田さんが連れて居た医師らしきひとが立った。

 …つか、何だか偉い立場っぽいひとなんだけど、往診とか、良いのか?


今日こんにちは」

「コ、コンニチハ…」


 別に威圧されてるとかじゃないのに、何か怖…。

 無駄に怖じ気付くわたしに、何処かぞっとする笑みを浮かべて其のひとは名乗った。


「あなたの主治医を勤めさせて頂きます。森田もりたと申します。よろしくお願いします」

「ヨロシクオ願イシマス…」

「怪我に関してですが…」


 森田先生は丁寧な口調で説明してくれたが、どうにも其の口調と笑顔に不気味さを覚えてしまうわたしは話半分で聞き流してしまった。

 取り敢えず、奇跡的に重要な血管は傷付いて居ない事、出来るだけ努力はするが、恐らく傷が遺ってしまう事、被覆剤は防水なので入浴も可能だが、あまり弄ったり長時間水に付けたりは望ましくない事は、理解出来た。

 大事でない事はわかったし、腹にざっくり刺し傷が遺って居るのに、今更腕に増えた所で大した違いは無いだろう。どっちも自傷と言う所が、問題かも知れないが。


 森田先生の言葉に頷きながら、恐る恐る口を挟んだ。


「話を聞く限り、入院が必要な怪我とは思えないのですが…」

「出来る限り取り除いたつもりですが、シャーペンの芯等が残って居る可能性も在ります。感染症に罹患したり化膿してしまった時に迅速な対応をするには、入院して頂くのが良いかと」

「…そんなにご自身の治療に自信が無いんですか」


 ああっ!何をつるっと怖いひとに失礼な事を…!

 否、でも、だよね?おかしいよね?おかしくないのか?


「万一異常が見られたら即治療に来る事、其で済む話だと思うんですが」


 本当に、可能性が万一ならね!限り無く低い可能性の為に五日間入院なんて、明らかにおかしい。


「ですが、創傷部が腕ですので不便も…」

「家事と言えば洗濯のみの一人暮らしに、どんな不便が?創傷部は防水の被覆剤で覆われてて、動かすのに問題も無いんですよね?其なら、突然五日間も入院なんて言われた方が不便です。替えの服も何も用意して居ないし、持って来て貰う当ても有りません。何か異常が在ればきちんと診察を受けに来ますし、通院が必要なら指定された日時に訪れます。今日の所は帰宅を許して下さい」


 ベッド上で申し訳無いが、深々と頭を下げた。

 大きな手術をした訳でも無く、歩くに困る負傷でもない。大事を取って、の入院なら、不要と突っ跳ねる我が儘位許されるはずだ。


「何かやってはいけない事が在るなら絶対にやりませんし、注意事項が在るなら遵守します。入院を拒否した事でこうむる如何なる損害も、自己責任として一切受け入れますから」


 受け入れるから、家に帰してくれ。洗濯機の中の衣服が懸かってるんだ。


 怖じ気付いて居た事も忘れて、顔を上げたわたしは森田先生に言い募った。


「…何で白波瀬さんこんな帰りたがってんの?」

「放置した洗濯物が、心配みたいです」


 背後でぼそぼそと交わされた佐原さんと椎垣さんの会話を、耳聡く聞き咎めた春田さんが溜め息を吐く。


「一見まともな事言ってる様に聞こえるのに、理由が洗濯物って…」

「洗濯物大事ですよ!?服って、高いんですから」


 呆れた様に言われて、思わず振り向いて噛み付く。


「必要なら女性隊員に干して貰いに行く。着替えも、持って来させる。入院費は此方で出す。此でも不満?」

「不必要な入院を強いられる意味がわかりません。勝手に、職場に迄連絡して」

「主治医の判断は受け入れなさいよ」

「だから森田先生に直談判してるじゃないですか」


 言い争いに口を挟まず微笑みを浮かべて居る森田先生。うっ、怖い…。


 でも、でも、洗濯物が懸かってるんだ!


「お願いします。如何しても入院が必要だと仰るなら、一度帰宅して入院準備するだけでも構いませんから…!」


 自分が居ない所で、他人に部屋を弄くり回されるなんて、耐えられない。増して、着替えや洗濯物だ。喩え女性隊員だとしても、許せるものじゃない。両親にだって、私物に触られるのは嫌なのだ。実家に居た時、母親に洗濯物を触られるのが嫌で洗濯を請け負って居たなんて、異常と思われるだろうか。


 他人に洗濯と荷造りをさせる位なら洗濯物をカビさせ、五日間同じ服と下着を使い続ける方がマシだ。嫌だけど。


 無意識に左上腕を握り締めようとして居た右手は、森田先生により止められた。


 穏やかな声で、傷に障りますから、と咎められる。そうして森田先生は、わたしの目を見据えた。


「わかりました。お洗濯と荷造りだけして、直ぐ戻って来て頂けるならば、一時的な外出を許しましょう。ご自覚が無い様ですが、随分と深い傷なのです。細い傷で、貫通して居ないからこそ治療も難しい傷で。万全は期しましたが、感染症の恐れが無いとも言い切れません。罹患した場合は一刻も早い対応が必要となります。ご不便をお掛けして申し訳有りませんが、入院はご承知下さい」

「…森田さん、」

「心的ストレスは、身体の治りにも影響します。不満を飲み込ませ従わせて、患者の心を省みない医者は医者ではない」


 怖いとか、言ってごめんなさい、森田先生。あなたはお医者様の鏡です…!

 毅然とした態度で春田さんに反論する森田先生に、わたしは尊敬の眼差しを向けた。

 春田さんは少し顔を歪め、森田先生とわたしを見比べました。

 森田先生が目を細め、掴んだ儘になって居たわたしの右腕をそっと引いて伸ばした。


「白波瀬さんの腕に此程大量の痣が出来て居る事、あなたはご存知でしたか?此、恐らくですが自分で握り締めたり抓ったりした痣ですよ?右腕も左腕も痣だらけ。もしかすると身体の他の部分にも在るかも知れませんね。自傷癖ではないと言う話でしたか。では、何故彼女は此程、自身の身を痛め付けて居るのでしょうね」


 ストレスが貯まった時、出易い症状はひと其々だと思う。食欲の増減や、飲酒喫煙の増加、肩凝りや胃痛、幼児返りや凶暴化、躁鬱症状等々。そんな中、わたしに出易い症状は、行動の変化、なのだ。兎に角、手許に在るものを握り締める。無意識に。

 言わば、幼児の指しゃぶりに近いのかも知れない。


 着替えに同行する女性隊員さんは気遣いで目を逸らしてくれるから気付いて居ないけれど、腿やらお腹やらにも所々痣が出来て居る。

 敵さんの調べたパーソナルデータには、載って居なかった情報だ。何せ知って居るのはわたしだけ、親兄弟や親しい友人すら知らない情報だからな。

 わたしがストレスフルな状況で陥るのは、ネガティブ方向や危険思想な独り言。知人達が一様に持つわたしの印象だ。其も間違いじゃないけれど、其方は成長するにあたって身に付いた癖で、年季で握り癖に負けて居る。まあ、握って痣を作ってしまう様になったのは或程度握力が育ってからで、だからこそ親にも気付かれて居ないのだけれど。


 唇を噛み締めるとか、拳を握り締めるとか、頬を平手打ちするとか、見え易い位置を負傷する癖じゃないから、自分で直そうと思って居ない。常に腕に痣が在る所為で、此処数年夏でも常に長袖だけれど。


 腕の痣だけで其処迄予測してしまった森田先生、やっぱり怖いですごめんなさい。


 握り癖が無ければ腕の負傷も無かっただろうと思うと、やっぱり何であれ危険な癖は直すべきだったのかも知れないけど。


「既にストレスを溜め込んで居る患者に、此以上のストレスを与えるべきではない。私は何か、間違った事を言って居ますか?」


 此のひとは、何処迄知って居るんだろう。

 春田さんを悠然と見据える森田先生を見上げて、わたしは思った。


 …名札を見て今気付いたけれど、森田先生、院長なのだ。まさかの、主治医、院長。此の病院の規模はわからんが、本来わたしなんかの怪我診てて良いひとじゃない気がする。どんなVIP待遇だよ…!?


 道理で怖いはずだし、身長で勝る上に軍人の春田さんに、気迫で勝って居る。


 だからこそ、気になった。

 森田先生は、わたしが“何か”知った上で庇って居るのだろうか。


 思い出すのは、朝日奈の顔。

 自業自得とわかって居る。其の覚悟、世界中を敵に回すと理解した上での、決断だったはずだ。世界を敵に回しても、自分を守ると、決めた。

 けれど。

 其でも、優しかったひとに責められるのは、味方だったひとに掌を返されるのは、辛い。


 わたしは、我が儘で、甘っちょろい、お子様だから。


 左手の先には幸いにも薄いながら掛布が在った。

 握り締められてシワの寄った掛布に、気付いたひとは何人か。


「わかりました。森田先生、入院中はよろしくお願いします。萩沙ちゃん、洗濯物を干して、入院準備したら直ぐ戻るからね?良い?五日間ちゃんと入院して、仕事は休む事。大事な身体なんだから、傷付かないで」


 “大事な身体”ね。

 春田さんの側は寧ろ、居心地が良い。最初っから、信じるに値しないひとだから。

 最初からわたしを犠にしようとしてたくせに、やたら気遣いを見せる変なひと。わたしにとって春田さんは、そんな立ち位置だ。


「お気遣い、有難うございます」

「本当は、病院で安静にしてて欲しいんだけどね…」


 溜め息を吐いた春田さんは、わたしを立ち上がらせる為に手を差し伸べた。






拙いお話をお読み頂き有難うございます


病院の描写に関してですが

病院の組織や怪我の治療について詳しい訳ではないので

多少おかしな点が在っても大目に見て頂けると助かります

多少どころでなかった場合は…ごめんなさい


続きも読んで頂けると嬉しいです

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