第十四話 本当に、普通のひと、なんですね
週一更新、ギリセーフで間に合いました
少しキリの悪い所で切ってます
キリ良く読みたい方は次話更新後に読んだ方が良いかもです
「おはようございます」
「…オハヨーゴザイマス?」
…知らないひとだ。
思ってから、そう言えば護衛が増えたんだったかと思い直す。後ろに後藤さんが居るし、居てはいけないひとではないはずだ。
新しい護衛さんか…昨日の今日だが、顔なんざ覚えてない。我ながら、非道いな。
まあ、良いかと適当に流し、何時もの朝食を胃に流し込んだ。
「朝ご飯、其だけ、ですか?」
「朝、固形物を食べると吐きます」
数ヶ月前にもやった気がする会話をなぞる。
カフェインに牛乳にバランス栄養食だ。食べ合わせに目を瞑れば、其処迄驚かれる朝食じゃないと思うんだが。
栄養も取れて、目も覚める。時間も掛からないし、朝食としては優秀じゃないか。枯れてるけど。
電子レンジの横でオブジェと化して居る炊飯器から、目を逸らしつつ考える。引っ越し祝いに貰ったお米券を使い切ってから、お米を買った記憶が無い。
冷蔵庫の中身が牛乳とゼリー飲料だけなのは、昼夜の食事を配給制にされたからだ。前なら冷凍食品とか豆腐位なら入ってた、はず。同じ大豆食品だが、味噌が置かれた事は無い。味噌汁?世の中にはインスタントと言う偉大なる文明の大発明が存在する。
名誉の為に言えば、出来ないんじゃなくて、やらないんだ。面倒だし、メシマズと迄は行かないながら、上手くも無いから。
「ああ、そうなんですね。オレ、朝はちゃんと食わないと目が覚めなくて」
「居ますね、そう言うひと」
適当に話を流しながら、ちゃっちゃと出掛ける準備をする。
朝起きて三十分。女子にあるまじき支度の早さだ。
「じゃ、行きましょうか」
目の前のフレンドリーな彼の名前がわからない儘、声を掛ける。
案外名前なんて知らなくても、会話は成り立つものだ。
もの言いたげな後藤さんが半笑いなのは、見なかった事にした。
「あn、」
「白波瀬さん」
お昼の時間。配給のお弁当を、研究所の小会議室のひとつで護衛さん達と食べる。どうやったか知らないが、お昼の時間は此処を取ってるみたいなのだ。
あの、と声を掛けようとして来たフレンドリーな彼の言葉を食って、後藤さんが声を出した。
わたしにお弁当を手渡しながら、顔が笑って居る。
お弁当手渡されるって、文字で考えるとなんか愛妻弁当っぽいな。後藤さん、男だけど。
残念ながら支給のお弁当は繰り返し使える専用の入れ物、よくお食事配達サービス?みたいなので見掛けるやつ、なので手作り弁当感は皆無なのだけれど。
「彼の名前、言えますか?」
「…」
何でそう言う事訊くかな。
チェシャ猫みたいな笑みを浮かべた後藤さんを、少し眉を寄せて見上げる。
言える訳無いじゃないか。
「言えません」
面と向かって名前覚えてない宣言なんて、失礼じゃないか。
宣言したわたしを、フレンドリーな彼が驚いた顔で見た。其の彼の頭を、後藤さんが軽く小突く。
「朝、コイツ誰だって顔されたの、気付かなかったか」
お気付きでしたか。
小突かれた彼の方は、気付いてなかったみたいだ。益々驚いた顔で、わたしを見詰めた。
「…白波瀬さんは外面が良くて、基本的に愛想良く対応してくれるけど、興味無いことは覚えない。春田二佐に言われただろう?ぼくらだって、六人全員名前覚えて貰える迄ひと月掛かったんだから」
春田さんと後藤さんは直ぐに覚えましたよ?
他のひとは…、ひとの名前を覚えるのは苦手なんだ。印象に残ったひとは覚えられるけど、後は一回じゃ無理。何とか覚えても直ぐ間違えるし、忘れるし。失礼だとは思うけれど、出来ないものは出来ない。
歴史の授業、大っ嫌いだった。無理ゲーだ、あんなもの。漢字も書けないし。何で名前を覚えさせるんだ。出来事を知ってれば誰がやったかなんて如何だろうと良いじゃないか。名前を漢字で書かせる、意味がわからない。
後藤さんが苦笑してわたしを見下ろした。
「此方の都合ですけど、出来れば顔と名前は覚えて欲しいです。特に顔は。間違って誘拐犯にでも付いて行かれたら困りますから。明日から朝に其の日の担当者を名乗らせる様にするので、覚える努力をして下さい。渾名でも何でも良いので」
「…善処します」
「よろしくお願いします」
確かに顔は覚えた方が良いんだろうけど、十人、十人か…。
全員後藤さんだったらわかり易いんだけどな。全員蛍光ピンクとかに頭染めて貰えないかな。
「と言う訳で、名乗れ、八郎と、田中一曹」
言いつつ自分はお弁当を食べ始める後藤さん。投げっぱなしか!
対抗してわたしもお弁当を開くと、他の護衛さん達も続いた。
と言うか、八郎?今、八郎っつった?
今日は男女ひとりずつの、新護衛さんに目を向ける。
箸を手にしつつフレンドリーな彼が口を開いた。
「あ、えっと、神崎八郎です。階級は曹長。すんません、覚え易い名前なんで、覚えて貰えてるとばかり」
「田中未桜。一曹です」
ふんふん。タナカさんと、八郎さんはカンザキって言うのか。八郎の名前だけ印象に残って顔を覚えてなかった。
どちらも多分わたしと同し位の歳?で、タナカさんは無口そう、八郎さんはフレンドリーそうな印象だ。わたしの、ふぁーすといんぷれっしょん、はあんまり良くないと思うのだが、二人とも嫌悪を露わにとかはして居ない。
ん?カンザキ?
「カンザキって、漢字は?」
「神様の神に、崎は普通に、えっと、竜ヶ崎とかの崎です」
「うっわ、めっちゃカッコイイ苗字じゃないですか。良いなー」
小学校だったか、中学校だったか、同級生に神崎君が居て、憧れた記憶が有る。
何か、格好良くない?神崎って。
「否、白波瀬さんだってカッコイイ苗字だと思うんですけど」
「うーん。わたし、名前にさんずい多過ぎて、習字嫌いだったんですよね。バランス良く書き難いし」
筆でさんずいって、難しいと思う。瀬だけやけに大きくなっちゃうし。
「あー、難しいですよね。さんずい上手く書くの」
「後、三文字ってテストの時タイムロスな気がしません?」
「ああ、似た様な事、高校ん時に勅使河原ってヤツが言ってました。名前も、喜ぶに似た嘉の字に那覇の那にさんずいに太いの汰で嘉那汰。勅使河原嘉那汰って七文字で。同じクラスに漢数字の一に永遠の永の二文字だけで一永ってヤツが居て、平仮名だと同じ文字数なのに漢字だとこんだけ文字数違うのはおかしい、不公平だって文句垂れてました」
其は、うん、確かに不公平だわ。
「一さんは、狡いですよね」
「画数少ないと其は其でバランス難しいらしいですけどね」
其も、何かわかる。
結局、隣の芝は青く見えるって話か。
「でもやっぱり、神崎は苗字として、格好良いと思うんですよ。過不足無く、適度に完成された感じ。白波瀬とかちょっと、厨二っぽいじゃないですか。こう、狙い過ぎた感じがして、逆にダサい、みたいな」
「でも、名前、八郎ですけど?つか、名前じゃなく苗字に感想言われたのは初めてですよ。大抵、八郎に突っ込まれるのに」
あ、そうか。彼は八郎さんだった。神崎ショックで忘れてたぜ。
「否、えっと、うー…、ひとつの事が気になると、気を取られちゃうんですよね。昨日は八郎って名前に驚いてましたよ?」
「八郎に気を取られて、他の名前聞いてませんでしたもんね」
何故バレて居る。
怖いよ後藤さん。
「ぼくも、八郎は覚えて貰えたんじゃないかと思ったんですけど、今朝裏切られましたね。名前だけ覚えて、顔を覚えないとか、新し、っ」
笑う前に、せめて言葉は言いきろうよ、後藤さん。
お箸を握り締めてぷるぷると震える後藤さんを、お弁当を食べながら残念なものを見る目で見る。真面目にしてたらナイスミドルなのに。
ご飯を飲み込んでから、口を開く。
「十人一気に紹介されて、覚えられる訳無いじゃないですか」
「ひとり、位、っく、覚えよう、よ…くはっ」
「無理ですね」
笑いに堪えつつ頑張って言ってくれた台詞だが、一刀両断させて貰う。
笑い堪えきれてないし。
「自慢じゃないけど新学期やら年度始めやらの自己紹介で、初対面のひとの名前覚えられた試しが在りません」
「…其、困りません?」
八郎さんが苦笑いして居る。
其の笑いは、後藤さんへの苦笑だよね?わたしに呆れた訳じゃないよね?
「うーん。取り敢えず、言える状況だったらですけど、名前覚えるの苦手なんで度々訊くと思いますって、予め断って置きますね。まあ、名前わかんなくても案外何とかなったりもしますしね」
「ああ、確かに」
「後藤さんが余計な突っ込み入れなければ、バレなかったのに」
むうぅ、とむくれつつご飯を口に運ぶ。唐揚げ美味しい。
後藤さんが笑い過ぎて瀕死だ。此の話題はもう止めよう。
八郎さんに目を向けて、首を傾げる。
「神崎さんは八郎さんですけど、実は八男じゃないみたいなサプライズ在ります?長男だけど、親御さんがサトウハチローリスペクトで、八郎って名付けたみたいな」
え、何でそんな、驚いた顔されたの?
「何でわかったんですか」
図星かっ!!
「え、マジで?」
「マジです」
マジか…。
「八男は珍しいなと思っただけだったんですけど」
「二人姉弟で姉は愛子です」
「徹底してますね…」
此の驚きは、上からロリーナ、アリス、イーディスの三姉妹に出会った時以来かも知れない。弟はルイスだった。両親共に日本人だ。君嶋ロリーナ。
大学時代にカテキョで行った家だが、我が教え子たるロリーナちゃんとアリスちゃんは、名乗るのが恥ずかしいと言って居た。
…そう言えば、彼女等に会った時も初対面で、名前見て思ったんだけど君嶋って苗字格好良いよねって言って驚かれた気がする。変わってないな、わたし。
「まあ、名前覚えて貰い易くて良いです。からかわれますけど」
「軍人より、営業とかの方が良かったんじゃないですか?印象に残る名前って、有利ですよね。なんだかんだ言って、花子とか太郎とか一郎とか、覚え易いし呼び易いしわかり易いし、下手に当て字とか難読文字とか使うより強くて格好良いと思います。あ、八郎さんって呼んで良いですか?」
苦笑気味の笑みで言う八郎さんに、名前呼びの許可を求める。
愛子に八郎。八郎は驚くけれど、良い名前だと思う。
凝った名前も良いと思うし、折角漢字の国なのだから綺麗な漢字を使って凝りたい気持ちは良くわかる。でも、シンプルでわかり易い名前も、其は其で良いと思う。
あんまり理解の範疇を超えた名前は流石に驚くけれど、でも、他人の名前を批判するひとを見ると不快に思う。
そりゃ確かに、名乗るのが恥ずかしい名前を付けるのは良くないかも知れないけど。ペット感覚で子供に名付けるひとも居るかも知れないけど。
でも、名付け親なりに、想いを込めた名前かも知れないじゃないか。
其の名を名付けられた本人なら兎も角、他人に親の気持ちを否定する、どんな権利が有るって言うんだろう。
「どうぞ。じゃ、オレも萩沙さんって呼んで良いですか?」
さん付け。しかも、許可制。
うん。八郎さんは常識人だ。感動した。
どっかの爽やか共とは大違いだ。
「良いですよー。さん付けにすると舌噛みそうな名前ですけど」
友人は呼び捨てか、はぎとかはぎーとか、はぎさんとか呼ぶ。
「渾名、はぎさん、でしたっけ?」
何時の間にか、状態異常:笑い、から復活して居たらしい後藤さんが言う。
何故其を。やっぱり、あの無駄に詳細なパーソナルデータを読んだな?個人情報保護法、何処行った。
「はぎさんとかはぎーとかですね。名前が珍しいんで呼び捨てで呼ばれる事が多かったですけど」
はぎさ、と言う珍しい名前だったので、別に拘った呼び名が要らなかったのだ。逆に、“あや”なんちゃらさんとか、“み”なんちゃらさんとかだと呼び分けに困られ居た。みーちゃんって呼ぶと皆振り向くんだもんな。
「確かに、珍しい名前ですよね、萩沙」
かっちゃん。
おおう。
普段、白波瀬さん呼びの後藤さんが突然呼び捨てするから、ついどきっとしてお箸落としたじゃないか。何もはさんでない時で良かった。
「うわー突然呼び捨てしないで下さいよー。びっくりしたじゃないですかー」
机の上だからセーフ。
ぱたぱたと手を振って誤魔化して、お箸を拾う。
顔が熱いのは、あれだ、お箸落としちゃったのが恥ずかしいからだ。
ナイスミドルからの名前呼び捨てにときめいたからジャナイヨ。ウン。
…チガウカラネ?
うう…と唸ってぼそりと言い訳する。
「あーびっくりした。あんまり慣れてないんですよ、男性に名前呼び捨てされるの」
中高女子校だったのだ。
そして、大学でも女子とばかりつるんで居た。
社会人にもなると、女性を名前呼び捨てにするひとなんて居なくなる。
「…ぼくは白波瀬さんの其のピュアな反応に驚きました」
「中高女子校出身者の、異性に対するコミュ障力を舐めないで下さい」
否、女子校出身でも普通に男子とからめるひとは居るけども、そもそもわたしは対人が苦手なんだ。
「だって、普通に会話成り立ってるじゃないですか」
「一応此でも社会人なもんで」
別に男性恐怖症な訳じゃない。会話位出来る。
「…白波瀬さんって、何か、良いひとですよね」
「え、後藤さん、頭大丈夫ですか?」
わたしが良いひととか、無いわ。
「ちょ、酷…。大丈夫ですよ。人付き合い苦手だからかも知れませんけど、外面良いじゃないですか。何て言うか、対人関係を円滑に進めようと言う、努力が感じられます。本当に悪人ならそんな事出来ないですよ」
「自分の為に世界を見捨てようって人間が、悪人じゃないと?」
対人関係を円滑に進めようとするのは、其の方が面倒が少ないからだ。
基本的に、わたしの行動を突き詰めれば利己的な理由に辿り着く。
「其ですよ」
我が意を得たり、とばかりに後藤さんが左手でわたしを指差す。右手にはお箸。
ひとを指差すのは良くないが、お箸を振り回さなかった事は、誉めてやろう。
「どれ」
「罪悪感」
後藤さんがお弁当の最後の一口をお箸でつまみながら言う。
食べるの早いよ、後藤さん。わたしまだ、半分も食べてないのに。
「罪悪感ですか?」
眉を寄せて聞き返した。
最後の一口を食べて飲み込んでから、後藤さんが続きを口にする。
「罪悪感を覚えてるじゃないですか、白波瀬さん。周りを、気にしてる」
「罪悪感と言うより、わたしが小心なだけですけど」
「本当に他人なんて如何でも良いひとは、周りなんて見ないですよ。周りの人間に心が有るとも、気付きません。周りにひとが居る事すら、気付いて居ないかも知れない」
そう言うひとが居るのは否定しないけど、そうじゃないから善人と言う訳じゃないだろう。
不服そうな顔のわたしを見て、後藤さんが笑った。
「しない善よりする偽善って話ですよ。気付かない善人より、気付いて気遣える白波瀬さんの方が、ぼくには良いひとに見えます」
「気遣いとか、わたしには欠けた技能なんですけど」
「気遣いが出来ない人間は、外面が良いなんて評価貰えないでしょう」
…如何しよう。舌戦で後藤さんに勝てる気がしないよ。
誉められるのは慣れてない。苦手だ。
怒られるのも苦手だけど。と言うか、怒られるのは嫌いだけど。
困ったわたしを救ったのは、無意識に漏らされた様な呟きだった。
「本当に、普通のひと、なんですね…」
ぽつりと言葉を漏らした八郎さんは、半分程しか食べられて居ないお弁当なんて忘れたかの様に、完全に手を止めてわたしを見て居た。
拙いお話をお読み頂き有難うございました
八郎さんは神崎さんでした
作中の名前は実際の知り合いとかではなくフィクションです
続きも読んで頂けると嬉しいです