第十三話 其がぼくの、仕事ですから
前話投稿から間が空いてしまって済みません
「白波瀬さんって、時たまとんでも無い爆弾発言かましますよね」
帰りの車で運転しながら、後藤さんが呟いた。
ひと先ず今日は最初の六人から四人、新しい護衛さん達は明日からふたりずつ投入されるそうだ。
「…考え無しに発言してますからね。浅慮なんですよ基本的に。相手を思い遣ると言う事をしないんです」
そして、後悔はするが改善はしない。出来ないと開き直る。
やれば出来るのかも知れないが、やろうとしないのだから出来ないのと同じだ。否、努力すらしないのだから、出来ないよりタチが悪いか。
十年以上前ながら国語の授業も道徳の授業も受けた気がするのだが、全くもって実生活に役立てられて居ない。文字の読み書きが出来れば良い、と言う問題では無いと思う。読み書き出来れば良いのなら、書き取りの練習だけして居れば良いのだから。
文章を読んで書き手の意図や登場人物の気持ちを読み取れ、と言うのは、つまり他人にも考えや心が在る事を理解し、配慮しろと言う事なんだろう。
「まあ、普段は気も遣ってるんですけど、苛立ったり怒ってたりすると駄目ですね。思い遣りが無くなるどころか、わざわざ選んでひとを傷付けに行きますから」
「傷付けようとしてたんですか?」
「さあ」
肩を竦めて笑う。
「どうなんでしょうね?」
傷付ける為に言葉を発する事も在れば、単純に思った儘の行動がひとを傷付けただけの事も在る。
後藤さんはバックミラー越しにちらりとわたしを見て、困った様に片目を眇めた。
「…少なくとも、今回の件は春田二佐の認識外で起きた事ですよ」
「そう言われて、素直に信じられると思うんですか?」
「信じられませんか?」
信じられる。
付き合いも浅いし根拠は大して無いが、春田さんならこんな回りくどい手は使わないだろうと思える。真っ向から脅すなり実力行使するなりして、正々堂々わたしを犠にするだろう。
狡賢い様で、変な所で真っ直ぐなひとだ。
けれどわたしは天の邪鬼を発揮して、皮肉な笑みを浮かべた。
「民間人を、理不尽に脅す様なひとですよ?」
「まあ、外道な所が有るのは否定しませんけど」
…其処は否定してやれよ。
わたしがどうこう言えない位、後藤さんもぶっちゃけるひとだと思うぞ?
ほら、あんたの左隣の佐原さんと、わたしの左右の護衛さん達が困った顔してるじゃないか。
胡乱な目をしたわたしに、右隣に座る椎垣さんが苦笑を浮かべた。護衛増員の所為で二日連続護衛になった哀れな二人だ。
後藤さんが語る。
「一応庇っときますと、あのひともなかなかに難しい立場なんですよ。本当に、敵さんの好みと言うか考え方が謎で、犠として求めるのは白波瀬さんだけ、交渉役として認められる相手も少なくて、日本でまともに交渉の席に着けるのは春田二佐位で、他は二佐の付き添いは出来ても会話は成り立たないし、春田二佐無しだと顔すら見れない在り様なんです。だから春田二佐は周りにやっかまれて居るし、あのひとの台頭を快く思わなくて足を引っ張ろうって馬鹿に、」
「ごほん」
ぶっちゃけ過ぎる後藤さんへ、佐原さんがさり気無く咳払いと言う渾身の突っ込みを入れた。
ちらりと目線を流す後藤さんに、佐原さんが口の動きだけで発言が過激過ぎると注意する。鼻で笑う様な顔付きの後、後藤さんが改めて口を開いた。
「失礼。国を沈没させようと考えて居られるとしか思えない大変頭が軽くていらっしゃる方々に」
…内容変わって無いぞ後藤。
横で佐原さんが瞑目して額を押さえて居る。
そんな佐原さんを気にした様子も無く後藤さんが続けた。
「色々邪魔されたり、言い掛かり付けられたりしてるんです。抗戦派からの妨害行為も在るし、穏健派からは早く白波瀬さんを差し出せって圧力掛けられる。敵さんは何としても白波瀬さんを寄越せ其以外は認めないの一点張りで、色々と代替案出したりお願いしても断固として譲らない。でも、春田二佐としては嫌がる白波瀬さんを無理矢理犠にするのは、出来れば避けたい」
信号で止まったのを良い事に、後藤さんが振り向いてわたしを見る。
「あのひとは、なんだかんだ言って気に入った相手に甘い。白波瀬さんを気に入ってしまったから、なかなか非情な手段に走れなくなってるんですよ。だから、対象との接触は他の人間に任せて、春田二佐は一切関わらないべきだと言ったのに」
「え」
唖然として、後藤さんを見返す。
気に入ったって、
「気に入ったって、誰を?」
名前は聞こえて居たのに、信じ難くて訊いて居た。
後藤さんが皮肉げに笑って答える。
「白波瀬さんを、ですよ」
「…馬鹿じゃないの」
其が本当なら、趣味が、悪過ぎる。
条件反射的に吐き捨てて居た。
信号が青になり、視線を前に戻した後藤さんがははっと笑った。
「一刀両断。容赦無いですね」
「否、だって、嘘でしょう?」
「本当ですよ」
「なんで」
犠に選ばれた時より不可解な気がする。
異星人の趣味は地球人とずれてるのかも知れないが、日本人の一般的な価値観から見て、わたしを気に入る意味がわからない。
「なんでって」
訊き返される意味もわからない。
だって、
「わたし、ひとに気に入られる様な資質無いじゃないですか」
「白波瀬さん、自己評価低いですよね」
「低くない。妥当な評価ですよ」
首を振って断言する。
「見た目も悪ければ頭も良くないし、才能も無ければ愛想も無い。性格も悪いし我が儘だし、春田さんに気に入られる様な態度取った事無いですよ」
「萩沙ちゃんは表情がころころ変わって見てて飽きないし、感情表現が大きくてわかり易くて可愛いって、春田二佐が」
其はアレだ、動物観察的な。
…ペットのミニブタを観察してる気分か。
「あー…、食用に育ててたブタに愛着が湧いちゃった的な?」
ぶっは。
後藤さんが思いっきり噴き出した。
ちょ、ハンドルに突っ伏すな!!
「前、見て!前!!運転中!!」
叫ぶと前を向いてはくれたが、未だ爆笑中。此の、笑い上戸めが。笑いの沸点が低過ぎるんだよ!
「ぼくは好きですよ、白波瀬さんのそう言う所」
「むっちゃ笑ってるじゃないですか」
正しく表記すると、『ぼくはwww好きwwwwwwですよwwwwwwww白波瀬wwwさんのwwwそうwww言うwwwwww所wwwwww』だ。草だらけだ。
求む、草刈り機。
はあっと大仰な溜め息を吐く。
「別にフォロー要らないですよ。ロクでもない人間なのは理解してるんですから。そもそも、ロクな感性持ってたら、とっくの昔に世界の為に此の身を捧げてるんじゃないですか?ほら、どっかの、えっと?アンドロメダ?姫とか、みたいに」
確か、母である王妃がウチの子世界一可愛い発言をして、海の神サマ達を怒らせ、怒った神サマが国を水没せない様に自分を差し出した王女サマだったはずだ。子煩悩も大概にしないとあかんぞ、と言う教訓話だな。限度は大事だね。うん。
国民を守る為に命を差し出した王女サマは立派だと思うが、見習おうとは思わない。
アンドロメダ姫は美人だったからイケメン勇者が助けに来たけど、わたしには来ないからね。
「自分の命を守ろうとするのは、人間の、と言うか、生物の性でしょう。どうして其が否定されなきゃいけないんですか?」
ぱちくり、と後藤さんの後ろ頭を見詰める。
わたしなら兎も角、後藤さんからそんなあさましい台詞が出るとは思わなかった。
「否、まあ、うん。其は、そうなんですけど」
自分が良くする考え方なだけに、否定も出来ずもごもごと肯定する。
生きたいと願うのは、ひとの性。生存本能と呼ばれる程の、原初の願いだ。
でも、公人、其も軍人が、其を言って良いのか。
「そうなんですけど、でも、ほら、公共の福祉的な。最大多数の最大幸福的な。在るじゃないですか」
「白波瀬さんが其を言うんですか」
おっつ。
み、身も蓋も無い事を…!
「否、あの、アレですよ、一般論として。ディベート的に、自分はそう思わなくても、そう言う主張をするひとも多いだろうと言う意見ですよ」
功利主義はわかり易いし、利己主義よりもまともに聞こえる。
個人の主張よりも場の空気を貴ぶ日本人には、意外に受け入れ易い考え方だったり…しないか。
アイツが悪だ排除しろ!なんて主張、出来る日本人は少ない気がする。
「其に、後藤さんは軍人じゃないですか。しかも地球防衛軍所属の。世界の平和の為に命を懸けるヒーローが、そんな事言っちゃダメなんじゃないんですか?」
「そう思いますか?」
思うかと、問われても困る。
わたしなら、国の為に命を張ろうとは思わないし、そもそも運動は苦手だから自衛隊に所属なんて考えもしなかったのだ。
「否、別に、好きな考え持って言えば良いと思いますけど…」
自然と曖昧な口調になったわたしに、後藤さんは微笑んだ。
「白波瀬さんの自由主義っぽい所、安心します。多分ぼくも白波瀬さんと同じ位、性格が悪いんですよ。自衛隊に入ったのは、知らないヤツに命任せる位なら自分で戦おうって思ったからです。他人を、あまり信じられないんですよね」
「あ…」
似て居る。
わたしが、研究職を目指した理由と。
資源枯渇や、人口増加に伴う諸々の問題、自然環境の様々な激変。
知りながら、何もわからない出来ない状態が怖くて、自分から携われる道を志した。他人任せで漫然と生きる事が、不安だったのだ。
ぽかんとするわたしをミラー越しに見て、後藤さんがくすりと笑う。
「ほら、似て居るでしょう?だから、実は少し、期待して居るんです。あなたが重圧に負けず、自分の意志を貫いてくれる事を。あなたはあなたの手段で、世界を守れば良いんです」
ちょっと、待って。
顔が上げられない。泣きそうだ。
此も、策略だろうか?
後藤さんも春田さんと同じで、わたしのパーソナルデータを知って居る?
だから其のデータを使って、巧くわたしを操ろうと?
後藤さんなら出来そうだ。でも、なら、生き残れと言う台詞はおかしい。
「でも…わたしは、そんな、大それた事が出来る様な、研究者じゃ、なくて、だから…」
だから、役立たずと言われても、仕方無かった。
弱々しい声で、呟く。
車が停まり、俯いた頭に温かい手が乗せられた。
大きくて骨ばった、武骨な手だ。
「そんなの、誰だって一緒じゃないですか。世紀の偉業を成し遂げられる人間なんて、ほんの一握りです。あなたはあなたの仕事をこなして、国防なんてぼくらに任せておけば良いんです。先刻、直ぐに答えられなくて済みません。ぼくは、何が在ろうと白波瀬さんを守りますよ。其がぼくの、仕事ですから」
ごつごつした、戦うひとの手が、少し不器用に頭を撫でる。
ううぅ、流石後藤さん、ナイスガイ過ぎて惚れそうだ…。
「つ、つまり、殺す方針に、変わったら、容赦無く殺すって、事ですね」
頼むから、オチを付けて欲しい。
後藤さんの手が、瞬間強張るが、直ぐに何事も無かったかの様に動き出した。
「まあ、其がぼくの、仕事ですから」
「デスヨネー」
うん。後藤さんならそう言ってくれると思って居た。
何とか取り繕い、顔を上げて笑う。
「じゃあ精々、其を命じられて居る間はわたしを守って下さい。頼りにしてますから」
「勿論」
最後にぽんとひと撫でして、後藤さんはわたしの頭から手を離した。
拙いお話をお読み頂き有難うございます
不定期投稿で済みません
出来る限り週一話以上の投稿が出来る様に努力します
オチは決まって居ますので
エタだけは絶対しません
最後までお付き合い頂けると嬉しいです