第十二話 こんな風に死ぬ為に、生きて来たんじゃない。
また間が空いてしまって済みません
…何であんたが居るんだ。
居心地悪い研究所から逃げる様に定時で退社し、連れられる儘に何やらテナントビルへと案内され、ずらりと並んだ新護衛の中に見覚えの有る顔を見付けて顔をしかめた。
…否、好き嫌いを語れる程の知り合いじゃないけど。
でも、特に理由は無いけどなんか嫌いなひとって居ない?もう初対面から、コイツダメだわーって思うヤツ。
或は、たった一点でどんな魅力も消し飛ぶ様な、許せない欠点や行い。他人にとっては大した事無い言動でも、自分にとっては一発アウトな何か。
言わば地雷的な相手とか言動って、無いだろうか。わたしの心が狭いだけ?まあ、兎に角わたしは初対面から嫌いだとか苦手だとか、思ってしまう人種が居る訳だ。
…典型的コミュ障?言っとけ。
何でも良いさ。アイツが気に入らない。其だけだ。
女性二人男性八人と偏った男女比の中にひとり、わたしを見てふわりと爽やかスマイルを浮かべた体育会系男子。
黙殺して、春田さんを見上げた。
因みに春田さんや朝日奈も、実は苦手な人種だったり、する。と言うか基本的にひとが苦手で嫌いなんだけど、イケメンやチャラ男、ギャルやリーダーキャラは特に苦手なんだ。コミュ障だから。
…苦手でも会話は出来る。一応、大人だから。と言うか、馬鹿だからかな。
一点に重点を置けば他は忘れられる、事も多い。
「本当に護衛増やすんですね」
「嘘だと思ったの?」
「いえ」
春田さんから目を移し、窓を背に立つ地球防衛軍の隊員さん達を見渡す。
差し込む夕陽で逆光になり、あまり表情が読めない。流石は、黄昏時か。
逢魔が時とも呼ばれる此の時間は、大昔には神隠しとやらが頻発する時間だったはずだ。出歩くひとが減り視界の利き辛い時間が、わかるはずの道を見失わせるのか、人攫いを呼ぶのか、はたまた真実神や化け物を呼ぶのか。
神隠しなんて聞かなくなった今は、神さまなんて日本から消えてしまったのかも知れない。守護者を蔑ろにして愛想を尽かされたから、こうして未曽有の危機なんてものに襲われて居るのかも。
無意味に思考を飛ばして、苦笑する。
黄昏時だろうが何だろうが、此の人数が連れ去りを決断したら逃げ様が無いな。
行方不明者一丁上がり、だ。研究所のひと達は地球防衛軍を訴えてくれるだろうか。
敵は国だから、助けなんて来ないでわたしはお空の星だけど。
「早く死んで欲しいと思ってる自己中クソ女を護衛するのって、どんな気持ちなのかなって」
眩しい夕陽に目を細めて居たら、後藤さんがさり気無くブラインドを閉めてくれた。
瞬間、暗度の変化に目を瞬いた。
俯いて、目を擦る。ついやってしまう癖なのだが、真面目にアイメイクをして居ないから出来る芸当だ。
たまにアイシャドウとか入れると、うっかり思いっきり擦ってしまって内心悲鳴を上げる事になる。
がっつりメイクで毎日生きて居るひとは、尊敬する。マジで。アイメイクすると目が疲れて肩凝り促進するし、髪と顔造る時間で睡眠が削られる。
とか言っちゃうから、非モテ女子なんだろうな。
「…ニュース、聞いたんだ」
「心優しい同僚が教えてくれました。お前が犠牲にならなきゃ世界が滅びるのに、研究なんか進める意味在るのかって」
此方に目を向けた後藤さんの視線が強い。
何時、誰に言われたかに予測が着くからだろう。後藤さんがわたしから離れたのは、トイレを除けば朝日奈と実験して居た間だけだ。
もの問いたげな後藤さんの様子には気付かず、春田さんが苦しそうな顔をした。
演技が、本心か。
後藤さんや春田さんなら兎も角、他の隊員さんなら表情が読めるかも知れない。
「僕等の、地球防衛軍日本支部の不手際だ。謝罪する。訴えて貰う訳にも行かないし、名誉毀損に対する慰謝料は、」
「お金貰っても、流れた情報は戻せません」
針の筵はお金で解決出来ないだろう。引き籠もるなら別だけど。
言葉を遮って、首を振る。
無垢を装って微笑んで見せ、そっとあからさまな罠を張る。
「寧ろ感心した位なんですけど、違いました?」
「感心?どうして?」
「え?」
驚いたー。と言う顔で、部屋を見渡して首を傾げた。
どっかの爽男と目が合った。
「春田さんの指示でわざとバラしたんじゃないんですか?」
流石に、春田さんはエリートだった。
わたしの言わんとする意味を理解して、くわっと一瞬瞠目した。直ぐ険しい顔になってわたしを見据える。
「其は無い。絶対に」
心持ちゆっくりと、言い聞かせる様に断言する。
…多分事実なんだろう。わたしの言った意味に気付いた顔をしたのが春田さんと後藤さんだけだから。彼処の爽男なんか、訳もわからずぽかーんとして居る。
知らされて居ないだけと言う可能性は、十二分に考えられるけれど。
もう一歩、踏み込む。
「利用すれば、良いんじゃないですか?」
「萩沙ちゃん」
微笑んで吐き出した言葉を留める様に、春田さんが硬い声で名を呼ぶ。
誰かが息を飲む気配がした。
そんなもの無視して、吐き続けた。
「どうせ問い合わせが殺到してるんでしょう?認めちゃえば良いじゃないですか。ハギサ・シラハセを差し出せば、隷属じゃなく友好と言う関係を築くと言われてるって」
「萩沙ちゃんっ」
「大々的に発表しちゃえば良いじゃないですか。ハギサ・シラハセは再三の説得にも応じず、全世界人口より自分ひとりの命が大切な、とんでも無い自己中馬鹿女だって。住所も電話番号も、メールアドレスも晒して。そうすれば、地球防衛軍に来てる苦情全部、わたしに、」
「萩沙ちゃんっ!!」
ぱし、と両手で顔を挟まれて、間近で見据えられた。
きっ、と其の目を睨み返す。
「数え切れない苦情に脅しに恐怖して、外に出る事も出来なくなって、誰も信じられなくなって、そうして絶望して壊れたわたしに頷かせて、犠に差し出せば良いじゃないですか。少なくとも今迄春田さんがやってきた下らない説得よりも、よっぽど現実的で効果的ですよ」
「君が、他の方法を探せって言ったんだ!!」
「あなたが、わたしに付き纏って日常打ち壊してるんですよ!!」
怒鳴り声に怒鳴り返した。
八つ当たりだ。結局、わたしの決断が生んだ結果なのに。
同僚達は噂するだろうか。彼奴が世界と心中しようとして居る女だと。
信頼を得るのは難しく、失うのは容易い。大した信頼に足らないわたしが不信を買って、再びまともに相対せる日は…来ないな。
多分引っ越した方が早い。引っ越すお金も当ても無いが。
大人しく受け入れるか、いっそ死んだ方が楽かも知れない。
…死ねば良いのに。
死にたい。生きたい。消えたい。消えたくない。
ふとした瞬間、如何仕様も無く、消えてしまいたくなる。
いっそ、最初から受け入れて居れば…。
駄目だ、違う。そうじゃない。
首を振って春田さんの手を退け間合いを開け、拳を握り締めた。
わたしだけは、わたしだけはわたしを生かしてやりたいと思わなくちゃいけない。
こんな風に死ぬ為に、生きて来たんじゃない。
「殺したいなら殺せば良い。犠にしたいならすれば良い。こうして追い込むって言うならとことん追い込めば良い。屈しない。わたしは、屈しない。あなた達がどんなにわたしを殺したいと思っても、わたしだけは、絶対に其を受け入れません。他の方法を探してくれるなら好都合です。代替案の模索を諦めてわたしを差し出すと言うなら、力に無理矢理従わされても、心だけは抗い続けてやります」
他人の目が何だ。針の筵が何だ。
此処に、確実に、自分の味方をする存在が居るじゃないか。
春田さんが、爽男が、何か言おうとするのを遮って吐き捨てる。
「わたしはもう、あなた達を信じません」
驚き、悔恨、嫌悪、憐憫。
取り取りの表情を、其々の顔が浮かべる。
こう言う物言いがひとを傷付け、味方を減らすのだと知って居る。わたしは、救い様の無い馬鹿でガキだ。
其でも、周り全てが敵だとしても、わたしにはわたしと言う味方が居る。元々、其の唯一にして絶対の存在を失わない為に、こうして抗って居るんじゃないか。
わたしにとって、わたしを脅かすもの全てが敵だ。
此のひと達の仕事は、犠として有用なわたしの保存。最終的な目標は、わたしを犠にする事なのだ。
「あなた達の仕事は、わたしじゃなく地球を守る事でしょう?他人の為に命を懸けられる。立派だと思います。素晴らしい心掛けですね。でも、わたしはそうじゃない。わたしは他人の為に命を投げ出したりしないし、わたしを脅かすあなた達は、敵です。誰があなた達を讃えようとわたしだけは、女ひとり守れなくて何が地球防衛軍だと、罵り続けてやります。仕方無いですよね。あなた達は現在進行形でわたしを脅かして居るんですから」
にっこりと微笑んで言い切る。
あなた達は、敵なのだと。
今はわたしの意志を尊重してくれて居る。でも、切羽詰まったら?
敵は国。此処は日本。飛行機と船を抑えられてしまえば国外逃亡の手段も無い、島国だ。
そもそも何処かに逃げたとして、先が安全とも思えない。
世界中が敵で、わたしは何時牙を剥くとも知れぬ相手に頼って生きて居る。
笑える状況だ。苛々する。
ぐるりと部屋を見渡して、春田さんに微笑み掛けた。
守ってくれるかも知れない相手に、牙を剥く。
「こんな最低な女を守らなきゃいけないのは、どんな気持ちですか?」
首を傾げて、後藤さんに目を移す。
「こんな女を、あなたは守るって言うんですか?」
ゆっくりとひとつ瞬きして、爽男、夏川晴史を睨む。
「こんな女でも、あなたは生かすべきだと思うんですか?」
「思うよ」
即座に答えたのは、夏川晴史だった。
許可も得ずに歩み出て、春田さんの横に立った。
「萩沙ちゃん、きみには生きる権利が有る。ぼく達地球防衛軍は、地球に住む民間人全員を守る為に居るんだ。その中には、萩沙ちゃん、きみも入ってる。心配しなくても、きみは守られるべきただの民間人なんだよ」
「…わたしの所為であなたの、あなただけじゃない、世界中の人間の大事なひと達が死ぬのに?」
「萩沙ちゃんの所為なんかじゃないでしょう。悪いのも、殺すのも、萩沙ちゃんじゃなく、侵略して来た宇宙人だ」
吁、
なんて、
なんて優しいひとなんだろう。
素晴らしいひとだ。
見習うべき、聖人君子の様なひとだ。
吁、
なんて、
なんておぞましい綺麗事だろうか。
虫唾が走る。反吐が出る。
そんな綺麗な話だけで、世界が成り立つなら、世界規模の戦争が三回も起こるはず無いじゃないか。
あんたが貧困に喘いでお金の為に命を投げ出す必要なんか、無いはずじゃないか。
水清ければ、魚棲まず。余りに綺麗過ぎる言葉は、寧ろ不快感を覚えさせる。
後ろで嫌悪を露わにして居るひとの方が、余程好感を持てるわたしは、汚れて居るのだろうか。
「…お綺麗な、志ですね」
嫌味混じりの口調になる。
やっぱり、嫌いな相手だ。
「わたしはそうは思いません。だって、侵略して来た彼等は強過ぎるしどんな相手かはっきりしなくて、敵意や憎悪を向けるには遠過ぎで不明確な目標ですから。槍玉に上げるなら、適度に身近で弱い相手が、わかり易くて丁度好いです」
わたしは無垢じゃない。
輝かしい志を語るには暗闇に染まり過ぎて居るし、祈る様な神も持たない。愛に生きる様な相手も居なければ、貫くべき信念も無い。
自分から死ぬつもりは無いから生きる。其だけの存在だ。
「誰が悪いってはっきりしてると、安心するんです。其が自分より下位の存在で、はっきり卑下する事が出来るものなら、もっと安心出来ます。明確に死ぬべき人間が定義されるなら其に則って、わたしは死ぬべきじゃないから生きるべき人間だって自分を慰められる。ひとりの為に世界を滅ぼして良いなんて、不安で仕方が無くなります。わたしみたいな人間は大人しく生贄にされて、其の他大勢を安心させてあげるべきなんですよ」
驚いた顔が幾つも在る。
当たり前だろう。わたしは先刻の自身の言と真逆の事を言って居る。
口を開こうとする夏川晴史から目を移し、春田さんににっこり笑い掛けた。
発言は、させない。
「ま、一般論ですけどね。わたしが死ぬなら話は別です。他人の安心より自分の命。やってくれるって言うなら引き続き、代替案の模索をお願いしますね。情報統制も頼みますよ?出来れば研究所の人間にも黙秘徹底させて欲しいです。下手に情報流されたら殺されちゃいますもん、わたし」
「敵を信じるの?萩沙ちゃん」
「利用するんですよ。わたしが動いて何になるって言うんですか?どうせ敵わないんだから、逃げたって敵対したって無駄です。疑ったって他に出来る事なんか無いんだから、防衛ライン越えない限りは大人しくしますよ」
溜め息を落としてから、護衛の面々を見渡す。
嫌われただろうか。殺されるだろうか。
せめて愛想良く、笑って見せる。
「殆どの方が初めましてですよね?博士研究員をして居ります、白波瀬萩沙と申します。こんな最低女ですけど、あなた達が頼りです。哀れんで、守って頂けると助かります。よろしくお願いしますね?」
「…」
何だか、凄く微妙と言うか複雑と言うか、な表情をされた。
「…全員、名前名乗って。と言っても多分一度や二度名乗っただけじゃ覚えて貰えないから、萩沙ちゃんに名前覚えて欲しかったら護衛中積極的に話しかけると良いよ。…大事な人材だから、傷ひとつ付けずに守る事。敵は外だけとは限らない。少しの油断が命取りだと思いなさい。良いね?」
春田さんが額を押さえて言った。
…敵は外だけとは限らない。含蓄に富んだ言葉だ。
春田さんの指す外以外が、内なのか、護衛対象なのか、はたまたもっと別の何かなのか。
護衛の方々は此の何処にでも居そうな外見の護衛対象が、目を離したら自傷しててもおかしくないキチ女だと知って居るのか。
知らせてなかったら春田さん鬼畜だな。
裏側で色々企んでそうな腹黒エリートさんを横目で見ながら、わたしは新護衛さん達の自己紹介を聞き流した。
爽男と八郎さん以外の八人の名前が覚えられなかったのは、言う迄も無い。
八郎!?やべぇ!!ぱねぇ!!まじかっ!!って思ってたら、他は頭に入らなかった。八郎さんの苗字も。
…短い付き合いなのに良くわかってらっしゃるわ、春田さん。
拙いお話をお読み頂き有難うございます
サブタイを結構真剣に
八郎!?やべぇ!!ぱねぇ!!まじかっ!!
にしようとしてたなんて言えません
作品内で珍しくネームドキャラなのに八郎さん
其の内フルネームが登場する予定なので
続きもお読み頂けると嬉しいです