第九話 取り敢えず自分の腹滅多刺しにします
捕獲後の事情聴取
そのに
滅多刺しはしませんが
怪我の描写は多少出ます
古傷ですので痛い表現は無いです
多少ですが暴力表現も在ります
苦手な方はご注意下さい
元居た部屋に担ぎ込まれ、わたしは悄然と椅子に腰掛けた。
後藤さんに連れられて来た夏川晴史が、わたしを見留めて目を丸くして居る。
…非番に出動させてごめん、後藤さん。
「…ご迷惑お掛けして、済みませんでしたざまぁ」
項垂れ、申し訳無さそうな声を装って言う。
「…何か余計な台詞が、付いてなかったかな?」
「何の事ですか?」
「気の所為なら良いんだ。それで、どうしてこんな事をしたのか教えて貰える?」
顔を上げて空惚けた後、問い掛けられて悲壮な顔を造り上げた。
片手で口許を覆って、肩を震わせる。
「不安、だったんです。春田さんが付けて下さった護衛の方々ですけど、本当に守って頂けるのかっ…。済みません…。わたし、命を狙われるなんて、全然関わり無くて生きて居て…怖、かったんです。幾ら護衛されてても、敵がもっと上手だったら…」
口許の手に、空いて居た片手も足して目許を覆う。
唇を戦慄かせ、声すら震わせた。
「不安で、だから、試してみようって…。国に逆らおうって言う人達に対峙する護衛さん達だから、わたしがちょっと逃げ出そうとしたなんて、直ぐ気付いて捕まるだろうって…。まさか、成功するなんて、思って無かったんですっ…!そんな、素人に逃げ出せる様な護衛なんて、まさか地球防衛軍二佐が付けて下さった護衛が、そんなに質が低いなんて、思っても見なくてっ」
自分を守るみたいに、身体を丸めた。
「直ぐ見付かる、直ぐ保護されるって思ったのに、全然そんな気配無くて…余計、怖くなって…。誰かに助けて欲しくて、気付いたら此処に…っ。でも、わたしを知ってる其の男が、わたしを殺そうと思ってないかなんてわからなくてっ、やっぱり、怖くて…っ、うぅっ…」
目からほろりと流れる滴も気にせず、椅子を蹴倒して春田さんに縋り付いた。
揺れる手を伸ばしてぎゅうっと掴んで、高そうなスーツにシワを刻み込む。
「ほんとに、だっ、大丈夫、なんですかっ?わ、わた、し、やっぱり、殺されるんじゃ、ないですかっ?護衛なんて、意味、在るんですか…っ?」
縋り付くわたしを見下ろして、春田さんがそっとスーツを掴む右手に触れた。
「せめて右手の目薬隠そうよ、萩沙ちゃん」
「あ、流石に気付きました?良かったー其処迄無能じゃなくってー」
春田さんの掌に使いきり目薬のゴミを置いて、わたしは彼から離れた。
んーっと伸びをして、親指で目から零れた目薬を拭う。
ぶはっ
後藤さんが、思いっきり噴き出して笑い始めた。
…其で良いのか護衛代表。
「…え?」
ぽかーんとする夏川晴史は黙殺して肩を竦める。
怖い?泣いた?演技だ演技。
「あ、でも丸きり嘘って訳じゃないですよ?後藤さん居ないし成功するんじゃないかとは思いましたけど、まさかこんなに簡単に逃げられるとかね。此、お金だけ持って上手く逃げたら逃亡成功したんじゃないですか?護衛なら兎も角、監視が目的でしょう。大丈夫なんですか?」
「ちょっと、軟禁も視野に入れ始めたかな」
「軟禁するなら取り敢えず自分の腹滅多刺しにします」
人間、腹を刺した位じゃそうそう死なない。
でも、もしも敵さんが“女”としてのわたしを求めてるなら、生殖機能を失う可能性の在る行動は取らせたくないはず。
春田さんを睨み上げて言った台詞に、春田さんが額を押さえた。
「本当にやりそうな気がして怖いんだよ、萩沙ちゃんは」
春田さんはわたしのパーソナルデータを持ってる。
わたしの脇腹に自分でぶっ差した刺し傷が残ってる事も、知ってるんだ。
刺した理由が、何と無くやってみたくなったからだと言う事も。
あの時は、急性胃腸炎で入院中だったからやった。刺した瞬間ナースコール押して。
軟禁中なら監視が付くし、負傷したら即座に対処されるだろう。
其の条件ならわたしが自傷してもおかしくない事を、春田さんならちゃんと理解出来るはずだ。
…やった後怒られるわ泣かれるわ精神科に連れて行かれるわで大変だったから、理由も無く大怪我する自傷はもうやらないけど。
他傷もやらないし、やった事無い。なんかあなたの背中にボールペンぶっ差したいんだけど、って言ってどん引かれた事なら有るけど。後、精神的にざっくりやってしまった事なら多々。
悪気は多分無かった。許せ。
「…軟禁はしないよ。でも取り敢えず、此ね」
かちゃん
ハギサは首輪を装備した。てってれーん!
じゃなくて。
「え、何ですか此。もしかして春田さん、そう言う趣味が?やだこわーいぃ!」
「は!?趣味じゃないからっ!!」
「嘘吐きぃい!!やだー、取って下さいよー。怖いー不潔ー変態ーっ!!」
「だから違うって。笑うな後藤っ!!」
馬鹿っぽく叫んで後藤さんの背後へGO。
笑う後藤さんの背中に隠れて首輪を引っ張る。取れない。
首輪。そう。首輪。
丁度自転車のワイヤーロックみたいな何かを、首にがっつり装着された。ダイヤルは無い。…取れない。
条件反射でふざけて見たけど内心滅茶苦茶焦って居る。
だって何か、こんな爆弾で首吹っ飛ばされた事件とか在ったじゃんか!?
「取れない」
「取れない様に作って在るからね。特注の防犯ブザーだよ」
如何にかして取ろうと弄って居たら、突如首輪が凄まじい騒音を奏で始めた。
煩い!!と言うかヤバい、爆発する!?
わたわたするわたしの横で後藤さんが腹を抱えて笑って居る。
ちょ、ふざけんな後藤っ!!
「そ、首輪の赤いボタンを押すとそんな風に警告音が鳴って、此方の機械に救難信号が送られる」
近付いて来た春田さんが何かGPS端末っぽいものを取り出して操作すると、けたたましい音が収まった。
み、耳痛い。
「警告音無しで救難信号を送りたい時は青いボタン。ボタン二つ同時押しで音停止。わかった?」
「わかりました外して下さい」
「駄目」
「外して下さい」
「駄目」
「けち」
「けちって…」
ぎょっとした春田さんが絶句する。
響く後藤さんの笑い声。
ごん。
「萩沙ちゃんが逃げるからでしょう。其の首輪の操作主導権は此方」
拳骨落として後藤さんを黙らせた春田さんが端末を振る。
「今度逃げたら容赦無く大音量で鳴らして居場所捜すから」
「人権侵害ですよ」
「人命救助が優先」
取り付く島も無く宣言すると、春田さんは端末を仕舞い込んだ。
「因みに、無理に外そうとしても警告音が鳴るし、此方にわかる様になってる。首輪が嫌なら研究室の中もトイレもお風呂も監視付きにするしか無いけど、其で良いの?」
っ。
此の人は本当に…。
「っかりましたよ春田此の野郎!」
苛立ちに任せて後藤さんの鳩尾に拳を叩き込もうとして片手で受け止められた。綺麗に横から拳をキャッチされてる。
「…受け止められるから良いけど、此本当に当たったら痛いからやめて下さいね?」
「どうせ受け止めるんだから良いじゃないですか。当たれば良いのに減るもんじゃ無いんだから」
「ぼくのヒットポイントが激減しますって」
中指を立てた独特の握り拳を指差して後藤さんが言う。春田さんには大人しく殴られるくせに。不公平だ。
「僕は殴らないでね」
「えぇー?わたし人を殴ったりしないですよぉー」
きゃぴきゃぴ。
春田さんが視線を逸らして溜め息を吐く。
「…首輪は、外せないから」
「っち」
「女の子が舌打ちしないの」
頭を撫でようとした手を払う。
「女の子に首輪付ける変態に言われたくないです。お願いですから触らないで貰えますか?」
「萩沙ちゃん、僕も傷付くよ?」
「はっ、ざまぁ」
吐き捨てて椅子に身を投げた。
意趣返しにもならない。とうとう首輪付きだ。
「…はぁ。で?結局何で逃げたの」
「気分転換です」
「…気分転換になった?」
「逆効果でした。むしゃくしゃしてやりました今は後悔しています!!」
苛つく爽男に捕まった挙げ句首輪付きだ。
大人しく買い物とかにしとくべきだった。
「春田二佐?流石に首輪はやり過ぎでは…」
「彼女は何時誘拐されて殺されてもおかしくないのに?保護対象に逃走を許した君が何を言うの?」
ささくれ立ったわたしを見かねたらしい夏川晴史が口を挟むが、そんな配慮をする人だったらそもそも犠なんて話了承するだろうか。
「…良いんですよ。本来問答無用で侵略者に突き出されておかしくない所を選択肢与えられてるんですから。春田さんは不十分でもわたしの人権に配慮してます」
「其処は十分って言ってよ」
「何処が十分だって言うんですか?」
首輪を引っ張って言う。
軟禁されるのも完全にプライベートが無くなるのも嫌だから、不承不承受け入れただけで、納得した訳じゃない。
わたしが美人に分類される外見だったら、マスコミに袋叩きされてもおかしくない行為だと思う。
わたしは美人じゃないし、世論の暴力で犠にされるのも嫌だからマスコミにリークしたりしないけど。
「最低限の配慮は認めますが、感謝はしてません。そもそもあなたが犠なんて方法握り潰せば、監視も何も要らなかった話なんですから。夏川晴史でしたっけ?あなたも、犠の話を潰さない以上やり過ぎも何も元々見限ってるんですよ。下手に口出しされて仕事に行けない状況になる方が、って、逃げ出して迷惑掛けたわたしが言えた事じゃないですけど」
頭を掻き回し鋭い嘆息と共に立ち上がって頭を下げた。
結局わたしは彼等に頭を下げ、諾々と従って慈悲を乞うしか無いのだ。
「軽弾みな行動でご迷惑をお掛けして済みませんでした。今後は大人しく従いますのでどうか命と仕事だけは奪わないで下さい」
「…うん」
傷付けたくてやった行動が思ったよりも相手を抉って居て少し困る。
あんたが、監禁だの犠だの言って居るくせに。
何処か気不味い空気が流れる。気付けば何時の間にか、太陽が傾き始めて居た。
困った顔で部屋を見回した夏川晴史が、気を取り直した様ににっこり微笑んでわたしに手を差し伸べる。
「折角だからさ、見て行ったら良いんじゃないかな?地球防衛軍の基地に入る機会なんて、そうそう無いでしょう?」
唐突な、話題転換。彼なりの、気遣いなのだろう。
確かに、わたしの目的のひとつとして地球防衛軍について知る事も含まれて居たけども。
夏川晴史の言ってる事は合って居るけども。
何でお前が言うんだ。
提案するとしたらわたしか春田さんだろう。
無性に苛つかされたわたしは、夏川晴史の差し出した手を手の甲で払った。
「仕事、戻らなくて良いんですか?」
我ながら冷たい声が出て、流石に不味いかと思った気遣いは、杞憂でしか無かった。
「あ、うん。そうだね。春田二佐が居るんだから、萩沙ちゃんはもう大丈夫か」
へらりと笑った夏川晴史に、安堵よりも苛立ちが勝った。
嫌いなタイプだ。真剣に。
否、多分わたしが幼稚で狭量なだけだけども。
わたしの苛立ちを察したらしい春田さんが、さり気無くわたしの後ろに立った。
「…白波瀬さんの事は気にせず、職務に戻りなさい。夏川二曹」
「はい」
夏川晴史が敬礼して、部屋から出て行く。行きがけにじゃあねと、わたしに手を振りながら。
何でこんなに、神経を逆撫でして来るんだろう。
「どうする萩沙ちゃん、ちょっと、見てみる?僕が一緒なら視察名目で見学出来るよ」
わたしの前に回り込んだ春田さんが手を差し伸べて言う。
迷惑掛けられても八つ当たられても気遣う。大人な対応だ。
此の儘気不味くても面倒かと、頷いて手を取った。
「…じゃあ、少しだけ」
先刻はちらっと見ただけだった訓練の様子を、堂々と見る。
「此の訓練、何の意味が在るんですか?」
折角解説役が居るんだから、疑問はどんどん投げ付けよう。
「意味が在る様に見える?」
「見えないから訊いてるんです」
「…本土決戦になったら意味が在るんじゃないかな」
リアル竹槍高女生ですか。素敵ですね。
「大陸破壊出来る兵器持ってる敵さんに?機関銃で?」
「そうならない為に、僕みたいなのが頑張ってるんだよ」
「駄目だったら、戦うんですか?機関銃で?」
目の前では、様々な火器を持った隊員さん達が、必死に走り回って居た。
彼等は此で、勝てると思ってるのだろうか。
地球人対地球人なら、こんな戦いも意味が在るだろう。
戦略兵器は強力になり過ぎて、使えないから。
被害を減らす為には、こうして生身で戦う方が良いのだ。
けれど、侵略者相手に、何の意味が在る?
土に塗れて、汗だくになって、駆け擦り回って。
役に立つかもわからない、一瞬で散らされるかも知れない命だと言うのに。
「…こんなに懸命に地球守ってる人達が居るなんて、知りませんでした」
真っ赤な夕陽が目に刺さって、痛かった。
「馬鹿馬鹿しい」
わたしひとり死ねば、こんな努力要らなくなるかも知れないなんて。
拙いお話をお読み頂き有難うございます
階級とか出してますが軍隊に詳しい訳ではないので
大体の目安程度に思って下さい
イメージとしては
春田さんはキャリア持ちのエリート
夏川さんはノンキャリアの叩き上げ
な感じです
続きも読んで頂けると嬉しいです